6−5
学校が終わり、あたりが薄暗くなった時刻。
彰は、富田史康という人物の家に来ていた。
そこは、古いがかなり広さのある日本家屋だった。
畳の部屋に布団が敷かれ、老人が寝かされている。
「17時42分、ご臨終です」
部屋にいた医者が、その老人――富田の手首を触って言った。
その言葉を受けて、富田の妻が堰を切ったように泣き始める。
そうした光景を、彰は部屋の隅から眺めていた。
彼の耳に、イヤホンを介し、レンゴクアプリの声が届く。
『登録者の情報が更新されました。富田史康、消滅までの時間、0秒。消滅しました。領域解放までの時間、47時間59分』
医者が、富田の妻と、彰に向かって言う。
「よろしければ、故人にお別れを言って差し上げてください」
富田の妻が、亡くなったばかりの夫の手を握った。
彰もまた、おそるおそる近づき、彼に声をかける。
「富田さん……」
その時、袖に隠したスマホを、死体に向けた。
『貴様、何者だ! まさか、我が家の財産を狙った、詐欺師じゃないだろうな!』
彰だけに届く声が、彼を罵倒する。
「大丈夫です、何もしません。どうか、安らかに」
そうつぶやき、彼はスマホのシャッターボタンを押した。
医者や妻が、何事かと彰を一瞥するも、深くは気に留めていないようだった。
不意に、部屋の襖が開き、中年の男が入ってきた。
「親父……」
発言から、故人の息子なのだろうと、彰は察した。
それに伴い、彼の鼓動は、次第に加速をし始める。
息子が、医者にお礼の言葉を述べた。
その後、彼は彰を見て、不思議そうに言う。
「失礼ですが、父とはどういう関係で?」
彰は、目を伏せながら言った。
「数年前になりますが、富田さんには以前、すごくよくしていただいて。
今朝、本当に久しぶりにお宅を訪ねたら、ご病気をされていたと知り……
本日が峠かもしれないと、奥様からお聞きしたところ、いてもたってもいられず、学校終わりに来てしまいました」
そう言って、すみません、と頭を下げた。
すると、それまで泣いていた妻が、嬉しそうに語り始める。
「この子、秋月くんって言うらしいのだけど。
彼、過去には不登校になってしまったりと、色々とご苦労をされたらしいの。
そうして日中、町をぶらぶらしていた時に、うちの人に会って、よく励まされたりしてたんだって」
「親父が? それは意外だな……」
「でしょう? 私も全然知らなかったわ。
そんな彼が、今日この日に、わざわざ家を訪ねてきてくれるなんてね。
きっと神様が遣わした、運命か何かなんじゃなかって、そう思ったの」
妻の言葉に、彰はただ、うつむくしかできなかった――
彰が富田家を出ると、近くの物陰にいた吹雪が、彼のそばまでやってきた。
「――どうだった?」
「……うまくいったよ。一応ね」
と、彰は吹雪に、スマホを返した。
「一応って、どういう意味よ?」
彰は、先ほどまでのやりとりを思い返す。
まったく見ず知らずの、赤の他人である自分が、ありもしないエピソードを騙り、家に上がり込んで主の死に目を看取った。
ただでさえ、罪悪感に苛まれていたところに。
妻の、いかにも無邪気な一言で、彼はさらに追い打ちをかけられた。
(神様は神様でも、僕を遣わせたならば、それはきっと死神ですよ……)
レンゴクアプリを自分に授けたのは、そうした存在なのだろうか。
深雪を助ける術を得たことに、彰は感謝をする一方で、彼女を素直に生き返らせない彼らのことを、少しだけ恨めしく思った。
「何も問題はないよ。今日はもう帰ろう」
「ならいいけど……ひどい顔してるわよ。
中で、辛い目にあったんじゃないの?」
歩き始めようとする彰の袖を、吹雪が掴んだ。
「――ねぇ。もうやめない?」
2人の視線が、交錯する。
「……やめるって、どういう意味?」
「もう、深雪のことは放っておいて、普通の生活に戻ろう、ってこと」
彰が、吹雪の腕を振りほどく。
「やめたいなら、きみはやめたらいいよ。
最初から、それほど当てにしてないし」
「あたしがもう、スマホを貸さないって言ったら?
あんた、この先どうするの?」
「自分のスマホを使うよ」
「ドラゴンに、見つかるかもしれないでしょ?」
「別に……うまくやるよ」
彰が、吹雪を睨む。
彼女は、泣き出しそうな顔でうつむいた。
「……ごめん。言ってみただけよ。忘れて」
それからしばらくの間、静寂が2人を支配した。
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