6−4
放課後の教室。
すべての授業が終わり、吹雪は帰り支度をしていた。
ふと、彰に目をやる。
例によって、彼は机に伏せたまま寝ていた。
吹雪も、今なら彼の事情がわかる。
彼女もまた、昨日の疲労が抜けず、今日の授業は眠くて仕方がなかった。
(こんなことを、1ヶ月も続けていたら、生活がおかしくなるのも当然ね)
吹雪は、彰がレンゴクアプリを手に入れて以来、深雪のために死体を求めて奔走していたことを知る。
深雪は一度、死んでしまっている。
それが、彰が再配置を続けることで、辛うじて命を繋いでいる状況だった。
彰が抱えていたものに、その重さに、吹雪は戦慄した。
それほどの苦労を、彼は誰にも言わず、1人で背負っていた。それに気づけなかった自分を、殴ってやりたい気分だった。
なぜ彰は、それほどまで、強くいられるのか。
なぜ彼は、それほどまで、深雪のために頑張れるのか。
(あたし1人だったら、きっと耐えられない)
もし、自分たちが再配置をやめてしまったら、深雪は本当に死んでしまう。
それが真実であることは、レンゴクアプリの表示を見れば、すぐに察することができた。
『森深雪、15歳。現在地、明神市祐徳町5丁目。領域解放予定時刻、本日19時26分』
残り時間は、あと4時間もない。
昨日は、レンゴクアプリの表示範囲内に、死亡する予定の人間がいなかった。
しかし、偶然にして、今からおよそ2時間後に消滅予定時刻を迎える人物が、学校の近所にいるようだった。
そのため、吹雪はこのあと、彰と現場まで行く約束をしていた。
その彰は、学校に来る前に、既に下見を済ませてきたとのことだった。
深雪のためなら、という彼の念の入れように、吹雪は狂気すら感じていた。
(このままだと、あいつ、壊れちゃうよ……)
吹雪が協力を申し出たのは、必ずしも深雪のためではない。
彰の負担を、わずかでも減らさなければ、と考えたからだ。
(バイトは、しばらく無理ね)
そんなことを考えていると、不意に教室の一角から声がした。
「深雪、今日って部活行くよな?」
涼風爽太が、深雪に声をかけた。
彼は1年生にして、既にサッカー部のエース格だった。
「うん、行く」
深雪も、女子サッカー部に所属していた。
退院して以来、毎日ではないが、体調に問題がない日は参加しているようだった。
その会話を皮切りに、他のクラスメイトたちが、2人に声をかける。
教室の中は、一気に賑やかになった。
吹雪は、その輪の中に、入ることができない。
彼らは、深雪を中心としたグループだからだ。
「俺、次の試合で、先発できるかもしれない」
おお! という歓声が、教室の中に響き渡る。
「そうなんだ。涼風くん、上手だもんね」
クラスメイトと談笑する深雪。
彼女のそうした姿を見るたびに、吹雪はふつふつと怒りが湧いてくる。
(どうしてあいつらのために、彰やあたしが、犠牲にならないといけないの?)
彼らは、何も知らない。
深雪をここまで回復させるのに、彰がどれだけ苦労してきたかを。
しかし、彰は感謝されるどころか、いつも蚊帳の外に置かれている。
こんな理不尽が、あっていいのか。
(彰は、どう思っているの?
深雪や、その周囲から、お礼の1つも言われないのに……)
吹雪が、再び彰を見る。
彼は依然として眠ったまま、起きる気配すらない。
しかし、日々の学校生活を送る中で、必ず見ているはずだ。
自分を差し置いて、深雪や涼風が、何の疑問も持たず、仲良くしている姿を。
(彰は、知っているのかしら)
吹雪が、うなだれる。
もし、知らないとしたら、どうなるのだろう。背筋がぞっとする思いだった。
(深雪と、涼風くんが、付き合っていることを――)
「面白い」「続きを読みたい」「作者を応援したい」と思ってくださった方は、ぜひブックマークと5つ星評価をよろしくお願いいたします。




