6−3
翌日の、明神警察署。
生駒は自席で、パソコンを使い、ネットで調べものをしていた。
隣の席では、なぜか部外者の凛が居座り、笠間駅の防犯カメラ映像をチェックしている。
「しかし、秋月くんが、先月の強盗事件の現場にもいたとはな」
「……そうっすね」
「おまえは、どう感じた? 彼の話」
「……」
生駒は、昨日の会話を思い出す。
彼は、笠間町の遺体発見現場はおろか、先月起こった、白竜市の強盗致傷事件現場にもいたらしい。
もちろん、それだけではない。
自分が把握しているだけでも、明神市内で発生した2件の人死に現場に、彼は姿を現している。
生駒は思う。
こんなものは、氷山の一角なのではないか、と。
元々、署内で「死神」と噂をされるくらいなのだ。
彼の関わった事件・事故を、入念に調べれば、それは夥しい数になるのではないか。
(少し、認識を改めないといけないっすね……)
一度、彼の動向を、真剣に調べたほうがいい。
生駒はそう感じ、既にある布石を打っていた。
「生駒ちゃん、お待たせ」
そう言って、暢子が生駒の元へやって来た。
「鳥海さん、どうかされましたか?」凛が言った。
「生駒ちゃんに頼まれて、署の色んな人に聞いて回ったのよ。
例の、『死神少年』くん。彼を、現場で見たことはないか、って」
と、暢子は持っていたリストを、机の上に並べた。
「これは……想像以上だな……」
凛がそう言って、目を丸くする。
生駒も、思わず言葉を失っていた。
彼が現れたとされる現場の数。実に、23件。
2人の想像とは、文字通り、桁が違っていた。
「写真なんかを見せたわけじゃないから、絶対に本人、とは言い切れないけど。
でも、『人死にの現場で見た、明高の男子生徒』って聞くと、心当たりがあるって人が何人もいたわ。それくらい、印象深かったみたい。
目撃され始めたのは、先月の11月からみたいね。
大勢聞いてみたんだけど、10月よりも前に見た、という人はいなかったわ」
「ということは、このひと月ちょっとの間だけで、秋月くんはこれほど多くの現場に現れた、ってことですね……」
「現場で、彼が何をしていたかについて、情報はあったっすか?」
「『死体の写真を撮っていた』っていう目撃情報が、多かったわね。
中には、警察官の制止を振り切って、強引に撮影したケースもあったみたい」
写真。
数日前、王子町であった自殺現場でも、彼はスマホで写真を撮っていた。
「……趣味、なんでしょうか。
でも、それだけにしては少し……いえ、かなり度を超していますね」
生駒と暢子が、うなずく。
単なる嗜好を超えた、狂気とも呼べる感情を、全員が抱かずにはいられなかった。
「彼はなぜ、これほどの数の現場を、知ることができたっすかね……」
「生駒ちゃんのほうは、何かわかった?」
生駒は、首を振った。
彼は先ほどから、付近の死亡事故・事件に関する情報を、ネットで調べていた。
それこそ、ダークウェブと呼ばれる領域の、アンダーグラウンドなサイトまで。
しかし、明神市付近を対象とした、人死にに関わる情報。
暢子のリストにあるような事件・事故を、予測できるような情報は、ついぞ見つけることができなかった。
「彼の情報源がわかれば、捜査にも役立ちそうなものだがな」
「――令状とか、とれないっすかね」
生駒の発言に、凛と暢子が驚愕の表情を見せる。
「無理だな。今のままでは、情報が少なすぎる。
現時点で、彼に何かの容疑がかけられているわけでもないからな。
……どうした。そこまで踏み込もうとするなんて。彼が心配か?」
「それは、そうなんすけど……」
生駒の中で、彰の印象は、大きく変わっていた。
元々は、若者が意図せず犯罪に巻き込まれるのを防ぎたい、というつもりで、彼のことを気にかけていた。
しかし、今は。
彰が、凶悪な犯罪者に、自らの意思でなってしまうことを恐れている――
(彼は、危ないっす。
犯罪というものに、安易に近づきすぎているっす。
彼の動向はどこか、規範意識が欠如しているように見えるっす。
自分の行いを正当化できる、少しの理由さえあれば、あっさり犯罪に手を染めかねない。
そんな気がするっす)
「いた……」
不意に、凛がつぶやいた。
パソコン画面を、生駒に見せる。笠間駅の防犯カメラ映像だ。
(――ネックウォーマーの男)
「隣のメガネをかけた男は、仲間だな。
秋月くんの話が正しければ、片方の男は、このあと戻ってくるはずだ」
こうして3人は、しばらく映像の確認作業を進めた。
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