6−2
吹雪とともに、彰は帰路についていた。
生駒と凛の事情聴取により、彼は心身ともに疲れ切っていた。
事情聴取の前、彼は吹雪を伴い、白竜市にも行っていたのだ。
ようやく1日の予定が終わり、彰は一刻も早く休みたかった。
「ねぇ。どうして警察の人に、あんなに素直に喋ったりしたのよ」
吹雪が、不満げに言った。
警察に事情を話すのはリスクがあると、彼女も感じているようだった。
「深雪を刺した、ドラゴン……日向大我に、罰を受けさせたい」
あの事件以来、ずっと考えていたことだった。
深雪を殺した相手を、許すことなど断じてできない。必ずや、報いを受けさせる。
(できることなら、僕の手で殺してやりたい)
以前、彰はレンゴクアプリを使った殺害方法を、考えたことがある。
しかし結局、その実現は非常に困難である、というのが結論だった。
自分が知ることができるのは、誰がいつ死ぬということだけだ。
その現場に日向をおびき出し、死を肩代わりさせる。現実的な計画ではないという考えが、どうしても拭えなかった。
ならばせめて、警察に捕まえてもらう。
そのための一手として、生駒と凛に、わずかながら情報を開示したのだった。
「わざわざ、白竜市まで付き合わせたんだから。今度、何か奢ってよね」
「……別に頼んでないよ。きみが勝手に付いてきたんじゃないか」
彰と吹雪が白竜市へ向かったのは、もちろん、日向の素性を探るためだ。
昨日、加賀の記憶が残っているうちに、深雪にドラゴンのことを尋ねた。
それにより彰たちは、ドラゴンの氏名と、潜伏先の住所を知ることができた。
それと、もう一人。長門という人物。
こちらは、ファントムというコードネームらしい。
2人は、瀕死の加賀を、置き去りにした。
自分たちの素性が明るみになるのをおそれ、加賀を病院に連れて行くことなく、ケータイや財布を取り上げ、放置した。
たしかに、人殺しと呼んで差し支えない行為だ、と彰は思う。
生駒の話す、不真正不作為犯に当たるというもの、うなずける内容だった。
「日向って男を、レンゴクアプリにも招待できたし。これからどうするの?」
そう。彰は新たに解放された招待機能を使い、日向にアプリの利用者登録をさせた。
それは、彼の潜伏先へ向かう前から、考えていたことだった。
元々は、日向の住むマンション付近の張り込みを、数日に分けて行おうとしていた。
それが、1日で目的を達成できたことは、まさに僥倖だった。
彰は、招待した相手との間で、どんな情報が共有されるのかを、事前に確かめていた――
まず、招待者と被招待者は、互いにフレンド登録される。
フレンドは、消滅予想時刻に関係なく、位置情報が共有される。ただし、スマホの電源がオフの間は、相手にオフライン通知がされ、位置情報は共有されない。
次に、ブックマークは、招待者が被招待者に共有するものを、招待時に選択できる。
招待後については、それぞれのブックマークリストは独立しており、共有されない。
また、被招待者はアプリの基本機能を、招待者と同様、特に制限なく利用できる。
そのため、地図機能・会話機能・領域取得機能については、日向や吹雪も使うことができる。招待者のランクアップによる、地図の表示範囲拡大は、被招待者にも反映される。
最後に、被招待者には、ランクという概念がない。
そのため、ランクアップにより解放される招待機能は、利用することができない。
――この情報を得ることこそ、吹雪をアプリに招待した、主な理由の1つだった。
ブックマークについて、日向と共有したのは、深雪と吹雪、そして加賀を除外したものだった。
それ以外をあえて共有したのは、一見疑わしいレンゴクアプリの機能について、真実味を持たせるため。すなわち、彼にアプリを削除させないためだ。
(リストの人物を調べれば、その大半が死亡していることは、すぐにわかるだろう。
『死者の情報を閲覧・操作できる』という、アプリの信憑性が増すはずだ)
こうして、彰は日向の位置を、いつでも把握できる手段を獲得したのだった。
無論、氏名を知られるというリスクはある。しかし、市外に住む自分の素性を、名前だけで調べるのは困難だと思われた。
インターネットで情報提供を呼びかけられる、といった可能性もあるが、プライバシー侵害で通報される危険を考えると、日向にそうした派手な動きはとれないのではないか。
「しばらくは、様子見だよ。数日かけて、日向の動きを探る」
吹雪が、うなずく。
「日向に位置を知られないよう、僕のスマホは、電源を切っておくからね。
通話アプリだけは、別の機器に移したから、連絡はそっちで。
そういうわけだから、レンゴクアプリの操作は、吹雪のスマホでお願い」
白竜市への同行を許すにあたり、吹雪はある提案をしてきた。
それは、彰の領域取得の活動に、協力するというものだった。
正直、彰には、吹雪を巻き込むことへの迷いがあった。
それは、彼女を心配するというものではなく、彼女を信頼できるか、という理由だった。
今の吹雪と深雪の仲は、昔ほど良好ではない。
深雪の生死に関わる行為を、吹雪に頼んでいいものか。彰はかすかな不安を抱いていた。
とはいえ、彼女が協力してくれることで、助かるのは事実だった。
そうでないと彰は、日向に位置情報が知られるリスクを背負いつつ、自身のスマホでレンゴクアプリを使わなければならないからだ。
「……わかったわ」
そこまで話すと、気づけば吹雪の家の前まで来ていた。
彰の自宅は、もう数十メートルほど進んだ場所だった。
「じゃあ。明日また、学校で」
「待って」
彰が立ち去ろうとするのを、吹雪が呼び止める。
「さっきの話……あんた、深雪が刺された時も、現場にいたの?」
「……あぁ。いたよ」
「どうして? それもレンゴクアプリが教えてくれたの?」
「まさか。その時はまだ、インストールしていなかったよ」
「じゃあ、何でそこにいたのよ。
深雪と2人で出かけた、というわけではないんでしょ?」
吹雪の問いに、彰は視線を逸らす。
「きみには関係ないよ。これは僕と深雪、2人だけの問題だから」
「でも、ドラゴンの首のタトゥーのこと、どうして今まで黙っていたのよ?
その情報があれば、もっと早く犯人を捕まえられたかもしれないのに――」
彰の中で、彼に対する殺意が、改めて湧いてくる。
しかし、吹雪に対し、それを正直に言うのは憚られた。
「うるさい」
途端に、吹雪の表情が歪む。
それを無視して、彰は自宅の方へ歩き出した。
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