6−1
今回より、第6話に突入です。
白笹駅近くのカフェ。
彰は吹雪と並び、生駒と凛から事情を聞かれていた。
「まさか、被害者がまだ生きているのに、周囲の人払いなんてしていないっすよね?」
生駒のセリフに、彰の心臓は激しく鳴動した。
何も言葉が出ず、うなずきを返すのが精一杯だった。
(……そうか。僕はとうとう、殺人まで犯してしまったのか)
現場に戻ってきたドラゴンを、救急車を呼んだと偽り、追い返した。
この行為は、生駒の話す不真正不作為犯の要件に、当てはまるように思えた。
「当時の現場の状況については、私も聞きたい。
秋月くん。きみが見たことを、詳しく話してもらえないだろうか?」
(とても本当のことは話せない。どうする?)
思案の末、彰は少しの嘘を交えて、昨日の現場の様子を説明し始めた。
「では、きみが到着した時にはもう、被害者は死んでいたと?」
凛の言葉に、彰はうなずく。
「はい。と言っても、車は鍵がかかっていたので、直接確かめたわけではありませんが。
外からいくら呼びかけても反応がなく、中の人の身動きもまったくありませんでした」
「しかしそれなら、念のため救急車を呼ぶ、という選択肢もあったのではないかな?
なぜ、通報しなかったのかね?」
「僕が到着してすぐに、人が来たんです。大柄な、金髪の男でした。
その人が、僕に話しかけてきたんです。何してるのか、って」
「その人は、現場近くの住人かな?」
「いえ。おそらく違います」
凛と生駒が、顔を見合わせる。
「それで、きみは何と答えたのかな?」
彰は、深呼吸をした。
「こう言いました。
けがをしている人がいるみたいなんです。なので、救急車を呼んで、今は到着を待っています、と」
凛が、目を丸くした。
生駒もまた、険しい顔で彰を見つめる。
「本当は、救急車を呼んではいないのだよね?」
「はい。もう亡くなっていると思っていましたし、僕も見つけたばかりでしたから」
「なぜ、そんな嘘をついたのかな?」
「その人を、怪しいと感じたからです。
実はその日、その男性と会うのは2度目だったんです。
僕が現場へ向かっている途中、駅の方に向かうその人とすれ違いました。あちらは2人組でした。
その時、もう1人の男性が、その人のことを『ドラゴン』と呼んでいました」
「ドラゴン?」
凛が、生駒を見る。
生駒は、静かに首を振った。
「その人は、ネックウォーマーを巻いていました。それで、ふと思い出したんです。
先月、白竜市で、宝石店強盗があったのは知っていますよね?
その時の、深雪を刺した犯人。
ネックウォーマーが少しだけずれて、ちらりと見えた首元に、双龍のタトゥーがあったことを……」
「きみは、あの現場にもいたのか!」
と、凛がテーブルを叩き、身を乗り出す。
吹雪もまた、驚いた表情で彰を見ていた。
慌てて立ち上がった生駒が、凛をなだめながら尋ねる。
「自分の知る限り、双龍のタトゥーなんて情報は、どこにもなかったっす。
なぜ、今まで言わなかったっすか?」
「……言う機会がなかったからです」
「現場に来た警察官から、事情を聞かれたりは?」
「いえ、特には……
それに、咄嗟のことで、自分の記憶にあまり自信がありませんでした」
椅子に座り直した凛が、息を整えて言う。
「それで昨日、きみと会話をした後、その男はどうした?」
「『人が来るなら大丈夫か』と言われました。
その後、『急いでいるから』と、すぐにその場を去っていきました」
「相手は、連続強盗犯かもしれない人物っすよ?
なぜ、そんな危険な相手と、口をきいたりしたっすか?」
「危険な相手、だからこそです。
向こうは駐車場の入口から来て、こちらに逃げ場はなかったですから。
救急車を呼んだと嘘をついたのは、その方が安全だと思ったからです。
けが人を助けようとしているとした方が、不審感を持たれないでしょうし……
これから人が来ると言えば、危害を加えてくることはないだろうと考えました」
「できれば、本当に通報してもらいたかったがな……」と、凛がぐったりした様子で言った。
「……すみません。
ただ、男が立ち去った後で、だんだんと怖くなっていったんです。
通報して、変に救急隊に事情を話すことで、あの人に狙われたりしないか。
他にも、被害者の死に僕が関わっていると、警察に疑われるかもしれない。
そんなふうに悩んでいたら、吹雪が現場にやって来て……
彼女を巻き込んではいけないと、すぐにその場から離れてしまいました」
全員の視線が、吹雪に集まる。
彼女は無言のまま、こくりとうなずいた。
「ネックウォーマーの男。駅の防犯カメラに映っているかもしれないっすね」
生駒の言葉に、凛がうなずく。
「最後に1つ。どうして秋月くんは、その現場に行ったっすか?
その場所で、人が死ぬかもしれないことを、知ってたっすか?」
「……」
彰は、押し黙ってしまう。
その問いには、答えることができない。話したとしても、信じてもらえるとは思えないからだ。
少し経ったところで、仕方がないといった様子で、凛が言う。
「……ずいぶん遅い時間になってしまった。
高校生の若者を、こんなに長く付き合わせて、申し訳なかったね。
今日のところは、これでお開きにしよう」
凛による会議終了の合図に、彰はほっと胸をなでおろした。
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