5−8
生駒と凛は、白笹駅近くのカフェにいた。
その駅は、彰と吹雪の自宅から最寄りの駅だった。
時刻は、既に夕飯時を迎えている。
しかし、彼らはコーヒーを1杯ずつ注文したのみで、今は彰と吹雪の到着を待っていた。
先日、入院先から脱走した深雪を、皆で保護しに向かった際に、凛は2人の連絡先を聞き出していた。
それを使い、「少し話せないか」とのメッセージを送ったところ、吹雪からのみ返信があった。
それによると、今は2人で外出しているようだった。
用事が済み次第、彰を連れてこのカフェに向かう、とのことだった。
やがて、店のドアが開く音がする。
彰と吹雪が入店し、生駒と凛のいるテーブル席に座った。
「やぁ、呼び出して悪かったね」
「いえ。でも、話って何です?」
凛の声かけに、吹雪が反応する。
彰は一言も発することなく、じっと生駒を見つめていた。
(自分を警戒しているのが、ミエミエっすよ)
生駒が、彰に向かって話し始める。
「単刀直入に言うっすね。
秋月くん。
きみは、昨日の夕方から夜にかけて、笠間町に行ってたっすね?」
「どうして、そう思うんですか?」
「駅の防犯カメラに映ってたっす。
そのあと、少ししてから、森さんが合流した。
あそこへは、何の用で行ってたっすか?」
「特には。ふらっと寄っただけです。
なぜそんなことを聞くんですか?」
「今朝、笠間町で、身元不明の遺体が見つかったことは、知っているっすね?
きみたちが、何か関わっているんじゃないかと、心配しているっす」
「僕たちが関わっていると思う、理由は何ですか?」
「2人はよく、人死にの現場に現れるからっす。署内でも、噂になってるっすよ」
この時の生駒は、自分の持つ情報や仮説を、素直に話すことを心がけていた。
余計な駆け引きはむしろ、彰を警戒させ、黙らせてしまう。
過去のやりとりから、生駒はそう学んでいた。
そのアプローチが、功を奏したか。彰の側も、生駒の指摘を闇雲に否定するような態度は見せなかった。
生駒の持つ情報を探り、何をどこまで話すか思案している。そんな様子に見えた。
「昨日の18時ごろ、現場で男性の話し声がしたという目撃証言もあるっす。
高校生でもおかしくない、若い声だったと、その人は言ってたっす」
「それだけの情報だと、僕とは限らないですよね?」
「じゃあ、これはどうっすかね?
その1時間後、今度は若い男女の話し声がしたそうっす」
「それが、僕と吹雪だと?」
「時間的にも、森さんが笠間駅に到着してから、現場まで徒歩で移動する時間と、大体同じくらいっす。
それに、そのあと2人は、電車で家に帰ったっすよね?
その時の映像も、駅の防犯カメラには残っているっす」
そこで、彰は黙り込んだ。
(追い詰め過ぎたっすかね)
生駒は、可能な限り小細工をせず、直球で攻めた。
それは、彰に歩み寄ってもらえるよう、自分なりに誠意を見せたつもりだった。
今回の件は、「殺人」事件のおそれがある。
それに、見つかった遺体やその関係者は、連続強盗犯と疑われている者たちだ。
そんな危険な場所に、この者たちを、近づけてはいけない。
そうしなければ、きっと将来、新たな犯罪を生んでしまう。
できれば、彼の情報源を知りたい。
それが無理ならせめて、今後一切、事件に関わらせないようにする。
そんな思いが、生駒を突き動かしていた。
「……わかりました、認めます。
昨日、笠間町のあの現場に、僕たちがいたのは事実です」
彰が、神妙な顔で言った。
凛が、意外そうな顔をした。
「でも、吹雪は僕を心配して追いかけてきただけです。
彼女には、特にやましいところはありません」
吹雪が、驚いた顔で彰を見る。
「素直に話してくれて、ありがとうっす。
そのお礼に、忠告っす。きみはもう、こういうことに関わるべきじゃないっす。
本当に、危険だから言っているっす。
昨日の昼頃、明神市内で強盗事件があったことは知ってるっすか?
今朝見つかった遺体は、その犯人の一味であると、警察は考えているっす」
生駒の話を、彰は黙って聞いていた。
「状況から見て、仲間は殺人罪に問われる可能性があるっす。
きみは、そんな凶悪な事件に首を突っ込んでいたんっすよ」
「殺人? 遺体で発見された人は、仲間に殺されたんですか?」
その問いを皮切りに、生駒は不真正不作為犯の話を始めた。
「……何もしない、というだけで、殺人になるのね」吹雪が言った。
「作為義務が認められると、不作為による犯罪が成立しうる、ということですね?
そして、仲間の強盗犯たちには、それが認められる可能性がある、と」
彰の問いに、生駒がうなずく。
「もっと言うと、きみだって認められる可能性はあるっす。
そのくらい、危ない橋を、秋月くんは渡っていたんすよ?
きみが到着した時、現場はどういう状況だったっすか?
まさか、被害者がまだ生きているのに、周囲の人払いなんてしていないっすよね?」
生駒は、以前の自殺事件のことを思い出す。
確証はないが、その時の彰の行動には、人死にが出るのを促す意図が感じられた。
生駒の問いに、彰はおそるおそるうなずいた。
しばらく様子を伺っていた凛が、口を開いた。
「当時の現場の状況については、私も聞きたい。
秋月くん。きみが見たことを、詳しく話してもらえないだろうか?」
今回で、第5話は終了です。
次回より、第6話「吹雪のブリザード」を開始します。
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