1−4
夕日が差し込む病室に、彰はいた。
ベッドの上には、深雪が横たわっている。
「深雪、調子はどう?」
そう、彰が尋ねる。
すると、彼女は虚ろな目で、首を傾げた。
「……あ、そっか。深雪って、私か」
と、彼女が急に、表情を和らげた。
「あなたは、昨日の夜に会った子よね?」
彰は、首を振る。
「何を言ってるの。僕だよ、彰だよ」
「……彰? あ、彰だ!」
深雪が、勢いよく体を起こした。
「昨日、アパートまで会いに来てくれたよね?
私、すっごい苦しかったから、嬉しかった」
彼女の反応に、彰は声を詰まらせてしまう。
できるだけ明るく接しようと、奮い立たせた彼の気持ちが、一気に沈みかける。
(深雪には、悟られないようにしないと……)
彰は、懸命に口角を上げた。
彼女が話しているのは、昨晩の老人の記憶だ。
レンゴクアプリで再配置をした直後は、こうして意識の混濁が顕著になる。
「そんなことより、もうすぐ深雪の誕生日だよ」
それを聞いて、深雪が目を細める。
「……そっか。もうそんな時期なのね。
懐かしいな。お婆さんが生きていた頃は、小さいケーキを分けて食べたりもしたけど」
「お婆さん」とは、老人の奥さんのことだろう、と彰は思った。
部屋の様子を見る限り、独り暮らしのようだったため、既に亡くなっているのだろう。
「今年は2人でお祝いしようって、約束したの覚えてる?」
「そう、だっけ?」
「忘れちゃった?」
深雪が、申し訳なさそうにうなずいた。
それから、記憶を絞り出そうとするかのように、指でこめかみを押さえる。
「……ねぇ、彰。今の私たちって、どういう関係なんだっけ?
そんな、2人だけでお誕生日をお祝いするような仲だった?」
「……うん。でも今は、無理に思い出さなくてもいいよ」
彰の言葉に、深雪が苦笑する。
その顔を見て、彼は胸が張り裂けそうになった。
彰にとってこの1年は、深雪との距離を縮めた、大事な時間だった。
それが、今の彼女にとっては、なかったことになってしまっている。
仕方のないことだ、と彰は理解していた。
あの日、死んでしまった彼女と、こうして話ができるだけでも、奇跡なのだから。
(でも……
勇気を振り絞って、交わしたあの約束を、簡単には諦めたくない)
2人の想いが、やっと通じ合った時間を、彰は失いたくなかった。
「また来るよ。約束、覚えておいてね」
彼が、やっとの思いで口を開く。
泣き顔を見られまいと、素早く立ち上がり、急ぎ足で病室を出た。
病院を出る彰の目は、少し赤くなっていた。
スマホを取り出し、画面を見る。
レンゴクアプリの地図上には、深雪がいるであろう位置に、灰色の点が表示されていた。
彰は、その点をタッチする。
『森深雪、15歳。領域解放までの時間、33時間24分』
そうしたテキストが、画面上に浮かび上がった。
まだ猶予が1日以上あることに、彰は安堵する。
それは、わかりきっていたことだった。
彼はその表示を、今日だけで何度も確認していたからだ。
しかし、彰にとってはこれだけが寄りどころ、唯一の支えだった。
(今日はもう、帰って休もう)
幸い、次の死者については、すでに目星がついている。
明日の夕方から動き出せば、それで十分なはずだった。
目もとを擦っていると、背後から声をかけられた。
「彰」
びくっ、と体を震わせる。
振り返ると、見慣れた女子高校生の姿があった。
「吹雪……」
彰は、不機嫌そうに視線を逸らした。
それを見て、吹雪が気まずそうに話しかける。
「あ、深雪のお見舞いよね。いつもありがとう」
「別に。きみにお礼を言われることじゃないよ」
なぜ、吹雪がここにいるのか。
普段は滅多に寄り付かないのに、と彰は内心、悪態をつく。
彰から見ても、深雪と吹雪の仲は、良好とは言えなかった。
しかし、昔からそうではない。彼女たちの距離が離れ始めたのは、やはり小学6年生の夏からだろう。
その日を境に、彰の吹雪に対する感情も、親愛から嫌悪に変わったのだった。
深雪とのやりとりで受けたショックや、寝不足のせいもある。
気持ちがささくれ立っていた彰は、大きく舌打ちをし、吹雪のそばを通り過ぎた。
「……ね、ねぇ。最近、ちゃんと休めてる?
深雪に会いに来るのもいいけど、もう少し自分のことも気遣いなさいよ。ね?」
吹雪が、彰の背中に声をかける。
彰は、振り返らずにこう言った。
「僕にはもう、二度と関わらないで」
彼女の心配が、今の彰にはただただ煩わしく思えた。
(休め? 自分のことも気遣え? 何もわかっていない。
僕が放り出してしまったら、深雪は本当に死ぬんだよ……)
苛立ちを押さえながら、彰は足早にその場を立ち去った。
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