5−5
生駒と凛は、笠間駅の事務室にいた。
防犯カメラの映像を見せてもらうためだ。
「このパソコンから、観ることができます」
凛が駅員に頼むと、すんなり案内してもらうことができた。
2人より前にも、別の捜査員が来て、動画の提供を求めていたようだった。
「だったら、わざわざここじゃなくても。
署に戻れば観られるんじゃないっすかね?」
「いや、ここでやろう。
私に観せてくれるとは限らないからな」
(天城先輩、どんだけ嫌われてるっすか)
「強盗犯の襲撃があったのは、15時ごろだったな。
現場からここまで、車で15分くらいか?
ならば、15時半以降の映像を、まずは確認しよう」
そうして、2人はパソコンの動画を確認していった。
「飽きたな……」
(冗談っすよね?)
確認を始めて、まだ30分ほどだった。
パソコン操作は生駒に任せ、凛は椅子にだらりと寄りかかっているだけだ。
「それにしても、今回の件、殺人の可能性がある、か。
『不真正不作為犯』と言ったか?
いまだによくわかっていないが」
(さっき、さんざん説明したじゃないっすか)
「まず、不作為犯とは、『何もしないこと』で成立する犯罪っす。
例えば、親が赤ん坊の育児をしない、迷惑客が店側の求めに応じず退店しない、などが挙げられるっす。
これらの行為が犯罪となる根拠は、そうした不作為は罰すると、刑法が定めているからっす」
刑法第218条。
老年者、幼年者、身体障害者又は病者を保護する責任のある者がこれらの者を遺棄し、又はその生存に必要な保護をしなかったときは、3月以上5年以下の拘禁刑に処する。
刑法第130条。
正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、3年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。
「ところが、条文上は不作為が明記されていない犯罪であっても、不作為によって成立してしまう可能性が、現在の司法には存在するっす。
明文化されていない不作為犯、という意味で、不真正不作為犯と呼ばれているっす」
例えば、殺人罪は、殺人という作為を罰する罪である。
これが、不作為でも成立する可能性がある、ということだ。
具体的には、溺れている者を助けない、事故にあった被害者を救助しない、といった行為だ。
これらの行為を、被害者死亡の可能性を認識しながら、あえて行う場合、殺人罪として罰せられるおそれがある。
「しかしそれでは、たまたま事故現場に居合わせた野次馬にも、罪が成立してしまわないか?
それでは、あまりにも行き過ぎているように思えるが」
「先輩の言う通り、野次馬にまで広げるのは、やりすぎっす。
ましてや、不真正不作為犯は、条文には明記されていない犯罪っすからね。
なので、作為の場合と同程度の、悪質な行為のみが罰せられるよう、対象者に複数の要件を課して、限定するのが一般的な見解っす」
「その要件とは、どういうものだ?」
「重要なのは、作為義務と、作為可能性っすね。
作為義務のある人間が、作為が可能であるにもかかわらず、何もしないことを罰する、という考え方っす。
作為義務で代表的なのは、子を持つ親っす。
他には、事故の加害者や、救護を引き受けた者、などっすね」
「今回、発見された遺体が、本当に強盗犯の一味だったとして。
他の2人が、仲間を見捨てたという件に関しては、どうだ?」
「単に仲間というだけでは、作為義務があるとまでは言えないっす。
ましてや、被害者を刺したのは、彼らではないっすからね。
ただ、彼らは今回、刺された仲間を人気のない場所に運び、ケータイも取り上げた可能性があるっすよね?
これにより、被害者の生命は、全面的に彼らに委ねられてしまったと言えるっす。
なので仲間の2人は、被害者のために救急車を呼ぶなど、適切な治療を受けさせる行動をする義務があった、と判断される可能性は十分にあるっす」
「なるほどな。大体わかった」
(ちなみにこの話、4回目なんすけど)
「――待て、止めろ!」
動画を観ていた凛が、急に言った。
生駒は、慌てて一時停止の操作をする。
「この少年……」
2人が、顔を見合わせる。
画面に映っていたのは、彰だった。
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