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5−1

今回より、第5話に突入です。

 その日の明神署は、普段とは比較にならないほど、慌ただしかった。

 昨日、管轄内で強盗事件が発生したことが原因で、捜査本部が設立されたためだ。


 幸いにも、被害者に怪我はなく、盗まれた物もないようだった。

 にもかかわらず、設置された本部は、予想よりも規模が大きいものとなっていた。


「先月、隣の白竜市でも、宝石店が強盗被害に遭う事件があっただろう?

 それと同一犯の可能性を睨んで、白竜署からも何人か応援が来ていてな。


 2つの事件の間に、繋がりが見つかれば、広域強盗として合同捜査本部とすることも、視野に入れているらしい」


 と、凛が言った。

 特に今朝、笠間町で見つかった、身元不明の遺体の影響が大きかったようだ。


「白竜市の事件だが、衆前で白昼堂々と行われたにもかかわらず、意外と手がかりが少ないようでな。

 捜査が難航していて、やや手詰まりになってきているらしい。


 そこに、今回の遺体発見だ。

 死因となった腹部の傷跡は、被害者の反撃による刺し傷である可能性が高く、上は昨日の強盗犯の1人であると見ているようだ。


 この遺体から、白竜市の事件との関連性を見出し、あわよくば連続強盗事件として解決の糸口を掴みたい、というわけだな」


「それはわかったっすけど……」


(なぜこの人は、部外者である自分に、捜査情報をべらべらと喋ってるっすか?)


 生駒が、暢子に視線を送る。

 暢子は、「やれやれ」といった様子で肩をすくめた。


 3人がいるのは、生活安全課の居室だった。

 生駒が自分の席で、いつものように暢子の長話に付き合っていると、凛が疲れた表情でやってきた、というわけだった。


 暢子が、口を開く。


「それにしても、強盗犯は3人組だったわけでしょう?

 現場から離れた場所で、ケガした1人が放置されていたということは、他の2人は仲間を見捨てて、逃げたってことよね?」


「上もそう見ています」


「ひどいことするわね。

 保身のためなんでしょうけど、そんなことをしたら罪が重くなるのに」


「どうなんでしょう……?

 死因となった傷を作ったのは店主で、彼らがしたことではないですし」


 そう言って、凛が生駒を一瞥する。


「……瀕死の仲間を見捨てた点に関して言えば。

 遺棄致死罪、もしくは、保護責任者遺棄致死罪に問われる可能性があるっすね」


 刑法第217条。

 老年、幼年、身体障害又は疾病のために扶助を必要とする者を遺棄した者は、1年以下の拘禁刑に処する。


 刑法第218条。

 老年者、幼年者、身体障害者又は病者を保護する責任のある者がこれらの者を遺棄し、又はその生存に必要な保護をしなかったときは、3月以上5年以下の拘禁刑に処する。


 刑法第219条。

 前二条の罪を犯し、よって人を死傷させた者は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する。


「遺棄罪が217条、保護責任者遺棄罪が218条に該当するっす。

 両者の違いは、加害者に『保護する責任』があるかどうかで、ある方が刑が重いっす。


 また、それぞれの罪を犯して、被害者が亡くなってしまった場合には、219条が遺棄等致死罪として定めているっす」


「ああ。確かにあったな、そんな罪が。

 ところで、『遺棄』とはどういう行為を指すんだったかな?」


(……本当に、知ってたっすか?)


「被害者を、安全な場所から危険な場所に移動させることや、被害者が危険な場所にいるのに、そのまま放置することを言うっす」


「今回のように、人気のない廃工場の駐車場へ、重傷者を車ごと置き去りにするのは、『遺棄』に当たるかしら?」暢子が言った。


「一概には言えないっすが……

 いかに町中とはいえ、被害者が移動困難で、通信手段もない等、助けを呼べない状況なのであれば、該当する可能性はあると思うっす」


「そういえば、被害者はケータイを持っていなかったな。

 足がつかないよう、仲間が取り上げたのかもしれない、と捜査会議で話題になった」


 凛の言葉に、生駒ははっとなる。


「ケータイを取り上げたということは……助けを呼べない状況を、その仲間たちが作り出したってことっすよね?

 しかも、『足がつかないように』ということは、被害者が死ぬことも予想もしていた……」


「だろうな。それがどうした?」


「だとすると、話は変わってくるっす。

 遺棄罪どころか、もっと重罪の可能性が出てくるっす」


「何の罪だ?」


「殺人罪っす」


 刑法第199条。

 人を殺した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の拘禁刑に処する。


「――それは本当か?」


 凛の目つきが変わった。

 生駒の肩が、掴まれる。


「詳しく、聞かせろ」


 彼女の握力に、生駒は思わず、うめき声をあげた。

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