4−6
ワゴン車のそばに、彰はいた。
暗さにも慣れ、月明かりだけでも、誰かが来れば気づく程度には見えていた。
(ドラゴンと呼ばれていた男。
あの男が、まさかここに戻ってくるなんて。
救急隊を呼んだと言ったら、逃げるように立ち去った。
やはり彼は、車の中にいる人間の、関係者なのだろう。
やって来たのが、あの男だと気づいた時は、本当に肝を冷やした。
もし彼が、本当に深雪を刺した犯人なら、僕の顔を覚えている可能性がある。
あの事件の時に、僕たちは会っているはずだから)
自分が気づかれなかったことに、彰は安堵した。
さて、そろそろだ。
彼は、スマホに話しかける。
「レンゴクアプリ、登録者の残り時間は?」
『加賀民生、消滅までの時間、3分です』
実のところ、彰は、救急車を呼んではいなかった。
彼は、加賀を助けるべきか、しばらく悩んでいた。
男を生かすことができれば、ドラゴンの情報を聞き出すことができるかもしれない、と考えたからだ。
しかし、自分が手を尽くしたところで、加賀を救うことは不可能、との結論に至った。
なぜなら、彰がどんな行動をとろうとしても、レンゴクアプリの情報は変化しなかったからだ。
もちろん、実際に行動に移したわけではないため、絶対とは言い切れない。
アプリの情報が変化する条件を、確実に把握しているわけではないからだ。
とはいえ、加賀の出血量を見る限り、彼の死が確定しているのは、明白なように思われた。
加えて、通報にはリスクがある。救急隊員を呼んでしまえば、自分がまたも人死にの現場にいたと、警察に知られるのは避けられないだろう。
以前の、生駒とのやりとりを思い出す。
彼との接触を避けることは、彰の中で、優先度の高い項目となっていた。
(ドラゴンについては、まだ情報を得るあてがある……)
結果、彰は加賀の死を、領域取得に利用することを選んだ。
『登録者の情報が更新されました。加賀民生、消滅までの時間、0秒。消滅しました。領域解放までの時間、47時間59分』
彰が、スマホカメラを加賀に向けた。
『うあああああああっ!』
イヤホンを介し、加賀の絶叫が耳をつんざく。
画面を見ると、彼が車の窓に張り付いていた。
『何で、助けてくれなかったんだ! どいつもこいつも、僕を蔑ろにしやがって!』
彰が、加賀に語りかける。
「……救急車を呼んでも、あなたは助かりませんでした」
『なぜおまえにそんなことがわかる! デタラメ言うな!』
「わかるんです……。そういうアプリを持っているんです。
今あなたと話しているのも、そのアプリがあるからです」
『信じられるか、そんなこと!』
「あなたは、ドラゴンって人の仲間ですか?
あの人のこと、教えてはもらえませんか?」
『黙れ、黙れ、黙れ!
殺してやる……。日向も、長門も、おまえも殺してやる!』
(ダメか)
死亡した人間との、アプリを通しての会話は、過去にも試したことがある。
しかし、相手が平静を失っている場合がほとんどで、まともに会話ができたケースは今のところなかった。
諦めて、彰はシャッターを押した。
画面の中の加賀が、再び後部座席のシートに横たわる。
『対象者の情報が更新されました。森深雪、領域解放までの時間、47時間58分』
続けて、レンゴクアプリが言った。
『ランクアップしました。利用者、秋月彰は現在、シルバーランクです。地図機能の表示範囲が拡大されました。また、招待機能が解放されました』
(招待機能?)
新たなレンゴクアプリの機能に、彰は首を傾げた。
詳細を尋ねると、イヤホンから説明が聞こえ始める。
その途中で、不意に背後から声をかけられた。
「……彰」
振り返ると、吹雪が立っていた。
彼女が、足早に彰との距離を縮める。
手の届く位置に来るなり、彼の胸ぐらを掴んだ。
「あんた、こんなところで何してるのよ。
まさかあの車、中で人が死んでるの?」
彰は、答えなかった。
「一体どうしちゃったのよ。死体目当てに、いつも街をうろついて……
あんたのやらなきゃいけないことって、本当にそんなことなの?」
吹雪の目から、一筋の涙が零れ落ちた。
その様子を、彰は神妙な顔で見つめる。
なぜ、彼女にこの場所が知られたのか。
その原因を、実は、彰はわかっていた。
(吹雪は、僕のスマホに、位置情報アプリを仕込んでいる)
気づいたきっかけは、深雪が病院から抜け出した時だ。
吹雪が自分たちを、苦もなく探し出したことで、さすがに何らかの仕掛けを疑うようになった。
しかし、位置情報アプリに気づいてもなお、彰はそれを削除しなかった。
「吹雪。僕がやっていること、知りたい?」
彼女が、ごしごしと目元をこすった。
「たぶん、後悔するよ」
吹雪は、まっすぐに彰を見つめる。
「そんなの、聞いてみないとわからないでしょ」
12月の木枯らしが、2人の間を通り抜けた。
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