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4−5

 長門と別れた後、日向は電車で移動していた。

 明神市の隣の、白竜市にある、潜伏先のマンションへ向かうためだ。


 周囲の目が、気になる。

 彼は、自身の上着の袖や、ネックウォーマーの具合を、何度も何度も確かめていた。


 スマホを開くと、今回の強盗の件は、既にニュースになっていた。

 しかし、今のところ襲撃者の身元に関する、具体的な報道はされていない。


 こうしている間にも捜査は進み、まもなく警察は、自分の元へ辿り着くのではないか。

 日向は、気が気でなかった。


(加賀さんには、申し訳ないことをした……)


 日向が、両手で顔を覆う。

 本当に、あのまま置いて行くべきだったのだろうか。


 自分たちも危険を犯すことなく、彼を助ける方法はなかったか。

 方法がないのならば、自分たちの安全を投げうってでも、彼の命を救うべきではなかったか。


 どうして、こんな仕事に手を出してしまったのだろう。

 日向は、自分の浅はかさを悔やんだ。


 彼は、今年で21歳になる。

 若い頃は多少、不良な行いもしてきたが、悪人というわけではなかった。


 高校生の時に、よく行動を共にした先輩がいた。

 いわゆる半グレ組織に属する人物で、日向が通った中学校のOBだった。


 面倒見が良いその男に、日向は憧れた。

 男を真似て、体にタトゥーを入れ始めたのも、その頃からだった。


 やがて、男が警察に捕まり、刑務所に入った。

 そのことをきっかけに、日向は一度、普通の生活に戻ろうとした。


 しかし、高校を中退した上、全身にタトゥーを施した彼に、社会は厳しかった。

 正社員どころか、アルバイトであっても、日向を雇おうとする店舗や企業は極わずかで、条件も悪かった。


 こうして、社会から爪弾きにされ……

 彼は、闇バイトに手を出したのだった。


 過去にも、些細な悪事なら働いてきた。

 しかし、今日の行いは、これまでとは一線を画するものだ。


 この一線を超えてしまったら、自分は一生、日常に戻れなくなる気がする。


(だめだ。このまま逃げてしまったら、俺はきっと後悔する)


 電車が、駅に到着し、ドアが開く。

 日向は、ホームに降り立つと、停車していた反対方向の列車に飛び乗った。





 笠間駅を出ると、あたりはすっかり暗くなっていた。

 ワゴン車を停めた駐車場は、街灯もなく、不気味な雰囲気が漂っている。


 道中で119番をしておいた方が、良かったに違いない。

 しかし、自身の関与が疑われる危険を思うと、日向は踏ん切りがつかなかった。とにかくまず、加賀がどういう状態か、現場を確認したかったのだ。


 薄暗い敷地内を、日向が歩き出す。

 すると、離れている時はわからなかったが、近づいていくと、車のそばに人影があることに気づいた。


「誰ですか?」


 まだ距離があるうちから、人影が言った。

 声の感じから、若い男子のように思えた。


「あ、ええと……。ここで何してるのかと思って」


「この車の、持ち主の人ですか?」


「……いや、違うね」


 そばまで近づき、やっと彼の全貌が見えてきた。

 その姿を見て、日向は少し前のことを思い出す。


(この子、さっきすれ違った子だ)


 長門と駅まで歩いた際、反対方向からやって来た少年。

 日向には、人の顔をすぐに覚えるという特技があった。


 地元の子だろうか、と彼は考えた。

 同時に、やばい、と焦りを覚える。


(地元の子なら、よそ者の俺がこんな場所をうろつくことを、不思議に思うかも知れない。


 この子は、車の加賀さんに、気づいているだろうか。

 その場合、俺は関係者だと疑われてるのではないか)


 日向は、覚悟を決めて言った。


「その車が、どうかしたの?」


「……中に、けがをしている人がいるみたいなんです。

 なので、救急車を呼んで、今は到着を待っています」


(――救急車!)


 日向は、肩の荷が降りた思いだった。

 既に誰かが呼んでいるのであれば、もう自分がすべきことは何もない。


 他方で、一刻も早く、この場を立ち去らねばと考えた。

 残っていると、やって来た救急隊員に、色々と事情を聞かれるかもしれないからだ。


「そっか。

 こんなところに誰かいるから、一応声をかけたけど、人が来るなら大丈夫か。


 じゃあ、悪いけど。俺は急いでいるから」


 そう言うと、日向は足早に、来た道を戻っていった。

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