4−4
終業の鐘が鳴ると同時に、彰は早々に学校を出て、電車に飛び乗った。
笠間駅に到着し、改札を抜けると、レンゴクアプリの表示を確認する。
『加賀民生。25歳。現在地、明神市笠間町三丁目。消滅予定時刻、本日19時26分』
それは、彰にとって想定外の情報だった。
この消滅予定が現れるようになったのは、つい数時間ほど前からだった。
(たぶん、この加賀という人は、市外に住んでいる人なんだろう)
レンゴクアプリの表示範囲は、明神市内に限られていた。
そのため、市外の住人が市内で亡くなる場合、情報が現れるのは、市内に移動してからなのだろう、と考えられた。
今のところ、深雪の残り時間は、まだ1日以上の余裕があった。
とはいえ、ここで領域取得ができるのであれば、それに越したことはない。
何しろ、深雪の命がかかっているのだ。
彰からすれば、備えはいくらあってもよかった。
深雪が退院した後も、彰の生活は相変わらずだった。
彼女を生かすための、死体を求めてさまよう日々だ。
とはいえ、彰にとってそれは、必ずしも苦痛ではなかった。
現に、彼女の傷は回復し、再び学校に来れるようにまでなった。
そのことが彰を、どれだけ勇気づけたか知れない。
今のところ学校では、彰と深雪の間に、会話らしい会話はなかった。
しかし、彰はそれを、仕方がないと割り切っていた。
(彼女の記憶は、いまだに不安定で、僕との約束も忘れてしまっているのだから。
もうすぐ、深雪の誕生日だ。
もう一度、約束を交わし、彼女の誕生日を、2人で祝いたい)
その想いだけが、今の彰を支えていた。
夕暮れが、あたりを包む。
現在、16時を過ぎた頃。消滅予定時刻まで、まだ3時間以上ある。
しかし、これまでの様々な失敗から、あらかじめ現場は確認しておきたい。
そうした思いから、アプリの表示を頼りに、彰は加賀の現在地へ向かっていた。
駅からしばらく歩くと、いわゆる下町と呼ばれる区域に辿り着いた。
昔ながらの古い店や工場が目に入るが、シャッターを閉めている建物が大半で、人通りはほとんどない。
そうした寂れた通りを歩いていると、前方から人がやってくるのが見えた。
この時代に取り残された、物憂げな街の風景に似つかわしくない、鬼気迫った表情の2人。
彰は少し距離をとり、彼らとすれ違おうとする。
2人は小声で会話をしており、彰はそっと聞き耳を立てた。
「クラウンが見つかったら、きっと騒ぎになって、俺たちも危なくなりますよね……」
「はい。なので至急、上と対応を協議します。
だから、ドラゴン。
私から連絡があるまで、あなたは極力、外出しないでください」
(――ドラゴン?)
すれ違ってから、彰は肩越しに、再び彼らの姿を見る。
1人は、眼鏡をかけた、長身の男。
そして、もう1人は金髪の、ネックウォーマーを巻く、ドラゴンと呼ばれた男。
(双竜のタトゥー?)
彰から、男の素肌までは確認できない。
しかし、深雪を刺した男も、あのようにネックウォーマーを巻いていた。あれは、本来は首のタトゥーを隠すためのものだったのだろう。
あの下には、双竜が潜んでいるのではないか。
もしかして、あの男は、深雪の仇ではないか。
(まさかね)
微かな疑念を抱きつつも、彰は2人を追いかけようとはせず、目的地へ向かった。
(まさか、こんな場面に出くわすなんて)
レンゴクアプリが示すのは、人気のない町工場の敷地内だった。
雑草が生い茂った駐車場に、1台のワゴン車が停められている。
その光景を見て、嫌な予感はしていた。
消滅予定時刻まで、まだ時間はある。
つまり、消滅予定者は車の中にいて、今も生きているということだ。
にもかかわらず、離れた場所から窺う限り、車内は人の気配が感じられなかった。
彰はおそるおそる車に近づき、窓から中を覗き込む。
すると、1人の男性が、後部座席に横たわっていた。
(あれは……もしかして、血?)
彼の下のシートは、どす黒い、大きなシミを作っていた。
「うっ!」
思わず、声が漏れてしまった。
遅れて、吐き気が喉元を駆け上がってくる。
その声が聞こえたのか、加賀が、苦しそうに蠢いた。
ゆっくりとこちらに顔を向け、胡乱な目で彰を見る。
(助けて)
声は、聞こえない。
しかし、彼の唇は、はっきりとそう示していた。
(ひょっとして、さっきの2人組の関係者?)
根拠はない。
しかし、おそらくそうだと、彰の勘は告げていた。
この物悲しい街で、緊張感を漂わせて歩く2人。
何かが発覚することを、恐れているような会話。
(あの人たちは何か、非合法な活動をしている集団なんじゃ……)
加賀の怪我は、あの2人に負わされたものだろうか。
そんなことをしでかす人物なのであれば、やはりあのドラゴンという男は、深雪を刺した犯人ではないか。
(どうする?)
瀕死の加賀を見つめながら、彰はしばらくの間、身動きができずにいた。
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