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3−8

 翌朝。

 まだ誰もいない教室に、彰は1人で来ていた。


 昨日は日曜日にもかかわらず、ろくに休むことができなかった。

 その原因は、深雪が病院を抜け出したせいだけではない。その後、21時頃に消滅予定を迎える者の死を、彼は見届けに行っていた。


 帰宅すると、疲労困憊だった彼は、風呂に入る余裕すらなく、ベッドに倒れ込んだ。

 しかし、全身の気怠さに反し、頭では生駒がした話が反芻され、一向に寝付くことができなかった。


『人が死ぬと知っていて、現場に来るきみたちは、そうとは知らず、法を侵している可能性があるっす』


 犯行を容易にする行為が、共犯にあたる可能性があると、彼は言った。

 そして、自分がした、吹雪と生駒を現場から遠ざけた行為が、一昨日の彼女の自殺を容易にしたのは間違いない。


(僕が、犯罪者……)


 その事実が、彰の肩に、重くのしかかる。


 深雪のためなら、何でもやる。そう思っていた。

 しかし、その思いの中に、自分が本物の犯罪者になるという覚悟は、はたしてあっただろうか。


 以前の彰は、犯罪とは無縁の生活を送ってきた。

 そういう生活を意識していた、というよりも、罪を犯すという発想自体が、そもそもなかった。


 ところが、レンゴクアプリを手に入れてから、そうした生活は大きく変化した。

 今後、より犯罪リスクの高い行動を、とらなければならない時が来るかもしれない。


(僕はいずれ、大罪人になってしまうんじゃないだろうか……)


 結局、彰の意識は、朝まで覚醒したままだった。

 そのため、彼は眠ることを諦め、予定より早く学校に来てしまった、というわけだった。


(でも、やるしかないんだ)


 深雪を守る。

 それは間違いなく、彰の最優先事項だった。


 必要に迫られれば、人殺しすら行う。

 彰は自分に、そう強く言い聞かせた。


(そして、双龍のタトゥーをした、あの男……)


 先月の宝石店強盗事件の犯人であり、深雪を刺した人物。

 報道で知る限り、彼はまだ逮捕されていないようだった。


 実のところ、彰はタトゥーの情報を、他の誰にも話してはいなかった。

 それは当初は、自分以外にも目撃者がいるだろうと思っていたからだ。


 しかし最近になり、ニュース等でそうした情報が出ていないことを知る。

 そこでようやく、自分が唯一の目撃者である可能性を、疑い始めていた。


 それでもなお、彼がその情報を秘匿しているのは――

 できれば犯人を、自らの手で罰したい、と考えているからだ。


 それは、深雪を守るという思いとは、別の感情だった。

 彼女を殺した男を、許すことは断じてできない。彰は個人的に、犯人に対し深い憎しみを抱いていた。


(もし、法で裁かれない殺害方法が存在するなら、今すぐにでも実行するのに)


 レンゴクアプリを使えば、できるのではないか。

 人の死を察知することができる、このアプリを利用すれば、男を巻き込み、殺すことは可能なのではないか――


「彰」


 突然、背後から声をかけられた。

 考えていた内容が物騒なだけに、彼は心臓が飛び出る思いだった。


 振り返ると、吹雪が立っていた。

 そこで彰は、最近の彼女にまつわる出来事を思い出す。


 吹雪により、再配置の予定が狂わされたこともあった。

 警察官を引き連れてきて、肝を冷やされたりもした。


 また、なぜか彼女は、自分の位置を的確に把握しすぎているように感じられた。


「吹雪、きみに話がある」


「は? 何?」


 彼女が、ぶっきらぼうに言った。

 機嫌が悪そうなその態度に、彰は一瞬たじろぐ。


「何度も言うけど、僕に関わらな――」


「おはよう、彰」


 吹雪の背後から、よく似た別の声がした。

 思いがけないその姿を見て、彰は我が目を疑った。


 そこにいたのは、制服姿の、深雪だった。

今回で、第3話は終了です。

次回より、第4話「ドラゴンの首」を開始します。


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