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3−5

 王子町にある、1棟のビルの前に、彰はいた。

 昨日、斉藤初音が飛び降り自殺をした建物だ。


(間違いない、ここだ)


 屋上に到着すると、柵の向こうに、人が立っていた。


「深雪!」


 彼女が、振り返る。

 彰が、踏み出そうとすると、


「来ないで!」


 と、悲鳴にも似た声を上げた。


「どうしたの、深雪。危ないから、こっちへ」


「……私、ここから飛び降りて、やっと死ねたはずなのに」


 深雪が、悲しそうに笑った。

 斉藤初音の死に顔を、彰は思い出す。


「ねぇ。どうして私、生きてるの? 早く死にたいよ」


 彼女の言葉が、彰の胸に突き刺さる。


「――何で。何でそんなこと言うの!」


 思わず、彰は叫んでしまった。


 今の深雪が、本来の彼女でないことを、彼は理解していた。

 しかし、よりによって本人の口から、そんな言葉を聞きたくはなかった。


 まるで、これまでの努力を、すべて否定されたようだ。

 自分がしていることは、余計な世話だと、そう言われた気持ちになる。


「僕は、深雪に生きていてほしい。

 そのためなら、何だってやるよ。


 だから、死ぬなんて、簡単に言わないでよ!」


 彰の瞳が、潤み始めた。

 深雪に泣き顔は見せまいと、必死にこらえようとする。


 しかし、ずっと溜めていた感情が、徐々に込み上げてきてしまう。

 やがて自身でも制御ができなくなり、遂には涙が溢れてしまった。


「彰、泣いてるの?」


 深雪の顔が、はっとなった。


「ごめん。私、この頃、ちょっと変で……」


 彼女が、不思議そうに自分の顔を触った。


「最近、たくさんの夢を見るの。

 私、何度も何度も死んでるの。色んな形で」


 今度は深雪の目蓋から、涙がこぼれ落ちた。


「今ではもう、自分がわからないの。

 頭がおかしくなったみたいで、怖い――」


 彰が、手の甲で目元をこする。

 自分が泣いていてはいけない、と気持ちを奮い立たせた。


(深雪も、闘っているんだ)


 彰が、一歩踏み出した。足早に、深雪の元へ近寄る。

 うつむき、涙を流す彼女を、しっかりと抱きしめた。


「大丈夫。何も心配ないよ。僕が守るから」


 その言葉をきっかけに、深雪が声を上げて泣き始めた。


 自分の言葉を、決して嘘にはしない。

 何があっても、彼女を守ると、彰は固く心に誓った。


「彰、深雪……」


 不意に、背後から声がした。


 振り返ると、屋上の入口に吹雪がいた。

 その背後には、生駒と凛が立っている。


 吹雪が走り出し、彰のそばまでやってくる。

 彼の襟元に手をかけると、力づくで深雪からはがした。


 そして、深雪の頬を、平手打ちした。

 ぱん、という音が、周囲に鳴り響く。


「深雪。あんた、何してるの?

 病院を、黙って抜け出して。皆、探してたのよ」


「吹雪……」


 2人が、無言で見つめ合う。


「これは、どういう状況っすかね?」


 近づいてきた生駒が、困ったような表情で言った。

 どう答えるのが正解か、彰は判断ができずにいた。


 そもそも、なぜ彼らが、この場所にいるのか。

 生駒と凛がやって来るなど、完全に想定外だ。


 少しの間、沈黙が続いた後、凛が口を開いた。


「ここで話すのも、何だ。

 お姉さん、病院を抜け出して来たのだろう?


 我々は車で来ているから、近くまで送ろう」


 生駒と凛が、彰を見る。

 悪い予感を抱きながらも、彰はやむを得ずうなずいた。

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