3−4
路肩に停めた車から、生駒と凛が降りる。
「実に快適な移動だったな」
凛が、満足げに言った。
「たまには、自分で運転してほしいっす。免許は持ってたっすよね?」
「下手だし、苦手なんだ」
表札に「森」と書かれた家の前に、2人は並び立った。
「天城先輩、本気なんすね……」
「私が、冗談を言ったことがあったか?」
今度こそ、冗談であってほしかった、と生駒は思った。
さすが、「明神署のイノシシ」の異名は伊達ではない。振り返れば、学生時代もこうして、散々振り回されたのだった。
こんな勝手をして、大丈夫だろうか。
話を聞くだけとはいえ、何の準備も根回しもない。しかも、相手は未成年だ。
(少なくとも、課長にはまた怒られるっすね)
生駒は、ひっそりとため息をついた。
「本当に、彼女からでよかったのか?」
彰と吹雪の家は、とても近い。
最初にどちらを訪問するか、車内であらかじめ相談していた。
「話を聞きやすいのは、きっと森さんの方っす。先に話すなら、彼女っす」
凛が、インターホンを押す。
できれば本人が出てほしい、と生駒は祈った。両親が相手となると、話がややこしくなるに違いない。
『はい?』
生駒の祈りは、通じたようだった。
「森吹雪さん。突然訪ねてきて、すまなかったね」
「いえ」
どうやら、両親は留守のようだった。
居間へ上がるのを固辞して、生駒たちは玄関で話を聞くことにする。
「昨日は、大変だったね」
凛が、吹雪を安心させるよう、穏やかな口調で言った。
意外にも、彼女はこうした相手の懐に入る術に長けていた。
しばらくアイスブレイクが続いたところで、吹雪が口を開く。
「それで、今日は何の用ですか?」
凛が、生駒に視線を送る。
それまで静かに会話を見守っていた彼が、ようやく口火を切った。
「あの現場にいた理由を、教えてほしいっす」
生駒は、あえてストレートに尋ねてみた。
「昨日、こちらの刑事さんにも話しましたけど」
「自分が聞きたいのは、本当の理由っす」
吹雪がうつむき、唇を閉じる。
やはり何かある、と生駒は感じた。
「そんなこと聞いて、何の意味が?」
「聞いてからでないと、答えようがないっす」
と、生駒が突き放すように返す。
凛は、責めるように彼を睨んだ。
(少し、冷たすぎたっすかね)
このままでは、埒が明かないかもしれない。
そう考えた生駒は、アプローチを変えることにした。
「これは、あくまで自分の想像なんですが、聞いてほしいっす」
と、生駒は自身の考えを話し始めた。
彰と吹雪は、あらかじめ人が死ぬと知っていて、現場に来ているのではないか。
それは、2人もまた法を侵し、犯罪者になりかねない、危険な行為であること。
情報源を明かしてもらえたら、この先の人死にを、未然に防げるかもしれない。
故に、ぜひとも警察に、協力をしてほしいと願っていること。
生駒の話を、吹雪は否定することなく、黙って聞いていた。
「話してもらえないっすか?」
「……あたしは、何も知らないです。本当に」
生駒が吹雪の目を、じっと見つめる。
嘘は言っていない、と彼の勘は告げていた。
(やっぱり、主導権を握っているのは、秋月彰の方っすね)
自分は知らない、と彼女は言った。
それは、他の誰かなら知っている、ということを示している。
なぜ、そんなわかりやすいサインを出したのか。
もしかしたら吹雪は、誰かに助けを求めたいのかもしれない。
不意に、彼女のポケットから、振動音がした。
スマホに着信があったらしく、吹雪が電話に出る。
「え? 深雪が?」
しばらくやりとりが続いたあと、電話を切ってこちらを見る。
「今、姉が入院中の病院から、連絡があって――」
(この子の姉、ということは、例の強盗事件の被害者っすか?)
「何かあったのかな?」凛が尋ねた。
「彼女、いなくなったみたいで……」
「いなくなった? 少し外出している、というわけではなく?」
「……姉は、先月の事件に巻き込まれてから、精神的にずっと不安定で。
何を考えていて、何をしでかすのか、まったく予想ができないんです」
生駒と凛が、顔を見合わせる。
「行き先に、心当たりは?」
吹雪は、しばらく考え込み、
「もしかして、彰なら……」
と、スマホを操作し始めた。
「面白い」「続きを読みたい」「作者を応援したい」と思ってくださった方は、ぜひブックマークと5つ星評価をよろしくお願いいたします。




