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3−1

今回より、第3話に突入です。

 明神警察署内の、「刑事課」という札が掲げられた部屋。

 パーテーションで仕切られたスペースで、彰は吹雪と並び、ソファーに座らされていた。


 天城凛、と名乗った女性が、彰に向かって言う。


「秋月くん、だったね。

 きみは、突然悲鳴が聞こえてきて、何事かと向かってみれば、女性が地面に倒れていた、と」


「はい」


「女性とは、知り合いだったかね?」


「いいえ」


「なるほど。ちなみに、きみはどうしてあの場にいたのかな?」


「散歩です」


 ふむ、と凛は腕を組み、吹雪を見る。


「あたしも同じです。学校が早く終わったから、気晴らしに」


「そうして、きみたち2人は偶然、あの場に出くわした、と」


 そう言って、凛は持っていたペンを回す。

 紙を机に広げてはいるが、先ほどから記入は進んでいない。


 彼女は、どういう目的で質問をしているのか。

 今のこの状況の意図を、彰は測りかねていた。


 やましい事情はある。

 しかし、起きたことだけを見れば、自分たちは飛び降り自殺の現場に、たまたま居合わせただけの高校生だ。さほど聞き取るべき内容があるとは思えない。


 事実、聞き手である凛も、何を質問すべきか悩んでいるように見えた。


「うちの署の、生駒という男性を知っているね?

 事件の直前、彼に話しかけたのは、森吹雪さん。きみかな?」


「そうです」


「どうして、話しかけたのかね?」


「今日、あたしたちの高校で、警察の講習があって。あの人が講師だったんです」


 凛が、うなずく。


「学校が終わって、街をぶらついていたら、あの人が近くにいるのに気づいて……

 もしかしたら、後をつけられていたのかなって、怖くなったんです」


 凛が、苦笑しながら言う。


「それは、さぞかし気持ち悪かっただろうね。あいつには、よく言っておこう」 


 あいつ、という言葉から、凛は生駒の先輩なのだろう、と彰は思った。

 見た目の印象でも、生駒は20代後半、凛は30歳あたりと推測する。


 不意に、凛が身を乗り出して言った。


「ところで、森吹雪さん。

 きみは学校で、講習のあと、生駒に質問をしたそうだね?」


「……はい」


(何の話だ?)


「それは、どんな内容かな?」


 吹雪は彰を一瞥して、


「あたしたち、昨日も死亡事故に遭遇したんです」


「竹駒駅の近くで起きた、交通事故のことだね?」


「はい。その、実はあの車、事故の直前、あたしたちの方に向かってきていて……

 運転手の人が気づくように、彰が鞄を投げて知らせなければ、2人とも轢かれていたかもしれないんです」


 凛の眼光が、鋭くなる。


「車が進路を変えて、あたしたちは助かったけど、運転手は死んじゃって……

 あの人が死んじゃったの、あたしたちのせいかもしれなくて……」


「きみたちは悪くないよ。

 秋月くんの機転がなければ、2人は大変な目に遭ってたかもしれない。彼の行動は立派だった」


 瞳を潤ませながら、吹雪がうなずく。


「それで、生駒にはどんな相談を?」


 彰は、話の流れに不安を感じ始める。


「もしかしたら、誰も死なせないこともできたんじゃないか、って思って……

 だから、警察の人に、つい聞いてみたくなったんです。


 人が死ぬかもしれないと知りながら、それを止めようともしないのは、罪になりますか、って」


 彰の全身に、身震いが走った。

 彼女が何を聞きたかったのかを、彼はおおよそ察知した。


(遠回しな聞き方をしているけれど、最後の一言……


 吹雪は、間違いなく勘づいている。

 僕が、人死にに関する情報を得ていること。そこに、自ら足を運んでいることに。


 そのことに、犯罪性がないか不安になって、警察の人に相談したんだ)


 吹雪は生駒に、どのように話したのだろう。

 今、凛に話したような文脈なら、さほど違和感はない。死亡事故に居合わせてしまった少女が、不必要に自分を責めている。そんな風にも見える。


 しかし、もっと直接的な聞き方だったなら。

 それを、生駒が不審に思ったのだとしたら。


 彰の中で、この尋問の目的が、想像できつつあった。

 おそらく生駒と凛は、自分たちが頻繁に人死に現場に現れる理由を、訝しんでいるのだ。


(例えば闇サイトや、反社の人間との繋がりで、人死にの情報を得ているとか?

 それとも、もっと直接的に、自分たちの手で事件を引き起こしている、とか?)


 彰が、凛に探りを入れる。


「あの。僕たち、何か処罰されたりするんでしょうか。

 本当に偶然、居合わせただけなんですけど……」


 凛が、彰を見つめる。

 それから、ゆっくりと首を振った。


「昨日の事故も、今日の事件も、きみたちはただの目撃者だ。

 付き合わせて悪かったね。もう帰ってもらって大丈夫だよ」

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