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2−8

 彰にとって、それは賭けだった。


 斉藤初音の消滅予定が、なぜ消えたのか。

 状況からして、吹雪か生駒がついてきたことが原因、と想像できた。未来が変わるのは、未来を知る自分に関することだと思うからだ。


 その場合、どういった経緯で、斉藤初音が助かるのか。

 おそらく、2人のどちらかが、彼女を死なせないための行動に出るのだろう。


 であれば、彼らをまとめてビルから離しておけば、消滅予定は復活するのではないか。

 そこで、吹雪に生駒の足止めを頼むことで、2人を少しでも遠ざけようとしたのだった。


 結果は、当たりだった。

 吹雪が生駒のもとへ向かってしばらくすると、エントランスで待機していた彰の耳に、レンゴクアプリの通知が届いた。


『登録者の情報が更新されました。斉藤初音、消滅までの時間、34秒』


 エレベータの階数表示を見つめながら、彰は機を伺っていた。

 職場で急に人が死ねば、何か動きがあるはずだ。今すぐでなくてもいい。時間がかかったとしても、いずれ遺体は搬出されるだろう、と期待した。


 その期待は、裏切られた。

 彰にとってはいい意味で。


 ビルの外から、悲鳴が聞こえた。その必死さから、何かショッキングな出来事が起きたのだろうと窺い知れた。

 斉藤初音の死と結びつけるのは、自然な発想だった。


 裏口から外に出ようとすると、女性の死体が目に入った。


 彰は、レンゴクアプリの表示を確認する。彼女が消滅予定者で間違いない。

 血の四散具合から見て、ビルの上階から飛び降りたのでは、と推測できた。


 すぐそばに、生駒がしゃがみ込んでいた。


 彰は、スマホカメラを死体に向ける。

 警察官の前で撮影をすることに、抵抗はあった。ここで変に注目されては、今後の活動がしづらくなるかもしれない。


 しかし、そうした不安よりも、深雪の方が大事だ。


 スマホ画面の中で、死体の女性がこちらを見た。

 イヤホンを介して、彼女の声が彰の耳元に届く。


『これで、楽になれた。地獄の毎日から、私はやっと解放されたの』


 そう言って笑う彼女を被写体に、彰はシャッターを切る。

 画面の中の人物が、ゆっくりと、元の死体の姿に戻った。


「きみ、明高の生徒っすね?」


 生駒が、こちらを見ていた。


「――死神少年」


 彼が立ち上がり、彰に正対する。


 生駒の表情から、彰は何の感情も読み取ることができずにいた。

 無表情と言うのすら生ぬるい。喜怒哀楽の一切をなくした、不気味な視線に、彰は思わず目を背けそうになる。


「彰……」


 青ざめた顔で、吹雪が声をかけてきた。

 それにより、彰と生駒の間の緊張が、わずかに緩む。


「自分は、警察と消防に連絡するっす。

 お2人は、路地の向こう側から人が入って来ないよう、見張っててほしいっす」


 彰はうなずき、吹雪を伴って路地を進む。

 大通りに出たところで、人が通れないよう、入口を塞ぐように立った。


「……ねぇ。あの人、死んでるのよね?」


 吹雪が、声を震わせながら言った。


「そうみたいだね」


「彰は、知ってたの? あの人が死ぬこと」


「何で、そう思うの?」


「どうしてあたしに、警察の人の足止めをさせたの? 邪魔だったから?」


 彰は、吹雪から視線を逸らした。


「答えてよ、彰。あんたは一体、何をしているの?」


 吹雪の目から、涙がこぼれ落ちた。


 彰は、胸が痛むのを感じた。

 他人を死に追いやるために、彼女は片棒を担がされたようなものだ。そのことを、本人も薄々は感じているのだろう。


 彼には、返す言葉がなかった。

 まさか、真実を語るわけにもいかない。


 自分がしているのは、鬼畜の所業だ。

 地獄へ落とされても、仕方がないと思っている。


(それにしても、吹雪はどうやって、僕を尾行したのだろう?)


 疑問を抱きつつも、ここで彼女を問い詰めるのは、得策でないように思えた。

 再び口を開いてしまえば、吹雪は再び、自分を追及し始めるだろう。藪蛇だ。


 彰の疲労は、ピークに達していた。

 彼女の追及を、いつまでもかわし続ける自信がなかった。


 結果として、彼は沈黙を選んだ。


 そうして、しばらく静寂が続いた後……

 生駒が、彰たちのそばに寄ってきた。


「ご協力ありがとうっす。応援がやってきたんで、もう大丈夫っす」


 路地の奥を見ると、警察官の制服を着た数人が、いつの間にか死体を取り囲んでいた。


「少し、話を聞きたいっす。署に来てもらってもいいっすか?」


 彰の脳内に、警鐘が鳴り響いていた。

今回で、第2話は終了です。

次回より、第3話「幇助」を開始します。


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