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2−7

 王子町のビル街を、生駒は歩いていた。

 それは、吹雪の後をつけていたからだ。


 明神高校で彼女と別れた後、生駒は共に講義に参加した警察官に、「当直明けなんでこれで上がるっす」と一方的に伝える。

 残りの片付けを放り出し、尾行用に少しでも外見を変えるため、持ってきていたコートを羽織った。


 そして、校門近くに潜みつつ、吹雪の下校を待っていた。

 待ち始めてから、下校する彼女を見つけるまで、15分ほどだった。


 吹雪は、時折スマホを確認しながら歩いていた。

 その様子から、家に帰るのではなく、どこかへ行こうとしているのだと生駒は察した。


 彼女の歩みは、傍から見ていてとても奇妙に思えた。

 目的地がまるで定まっていないかのような進み方だ。


 駅に着いたと思えば、スマホを眺めたまま動かず、何かの様子を伺っているようだった。

 そうかと思えば、慌てて走り出し、しばらくしてまた立ち止まる。


(誰かに、指示されているっすか?)


 王子町が近づいてくるや否や、またもや吹雪が走り出した。


 生駒は頭を悩ませたが、変則的な動きをする彼女に、不用意に近づくのは得策でないと判断した。

 吹雪が連絡をとっている人物に、気づかれるかもしれない。彼女を見失わない程度に、適度な距離を開けつつ、早足で追いかける。


 しかし、そうした配慮が、裏目に出しまった。

 そのまま吹雪はしばらく立ち止まることなく、おかげで生駒は、彼女を見失ってしまう。


(尾行は、苦手なんすよね)


 気づかれた様子はなかった。

 生駒は不自然ではない程度にあたりを見回しながら、ビルが立ち並ぶ通りを歩いていた。


 自分は一体、何をしているのか。そんな疑問が脳裏をよぎる。

 吹雪を追いかける理由に、明確な根拠があるわけではない。昨日の交通死亡事故現場に、たまたま居合わせたという彼女。そんな彼女が言ったセリフ。


『ある場所で、人が死ぬことが、事前にわかったとして……』


 昨日の事故を、予想していたということか。

 常識で考えて、そんなことあるはずがない。しかし、それならばあの言葉はどういう意味か。


 思春期特有の、ちょっとした妄想に振り回されているだけかもしれない。

 そんな、疑念と呼ぶのすらおこがましい、微かな違和感。警察が動き出すには到底足りない、ただの勘。


(課長にバレたら、また怒られるっすね)


 既に何件か着信があるが、生駒はそれを、すべて無視していた。

 明日、なんて言い訳をしようか。尾行が空振りに終わる結末が見えてきて、徐々にそんなことを考え始めていた。


「あの」


 不意に、背後から声をかけられた。

 振り返った先の、少女の姿に、生駒はぎょっとする。


「ああ、あなたはさっきの。名前はえっと」


「森吹雪です」


「そうだったっすね。どうしたっすか?」


「もしかして、あたしの後つけてない?」


 吹雪が、怪訝そうな顔でこちらを見ている。

 先ほど会話した時とは違い、やや乱暴な口調だ。


(うーん、これはまずいっすかね)


 生駒はできるだけ平静を装い、返す言葉を思案する。


「いえいえ、自分はパトロールの最中っす。こうして街を見守るのも、大事な仕事っす」


 実際に街を見回るのはよくあることだが、非番の人間のすることではない。

 そうした内情が知られれば、問題にされる可能性はあった。


「学校で講義をしたばかりで、こんなすぐ?」


「警察も人手不足で大変なんっすよ。ははは」


 我ながら、苦しい言い訳だと思う。

 しかし、一介の高校生である彼女に、自分の問題行動を深く追及するなどできないだろう、との見込みがあった。


 実際に、吹雪はそれ以上、何を言うかを迷っているようだった。


「そうなんだ。警察も大変なんですね」


 ふと、生駒に疑問が浮かぶ。


「森さんは、どうして自分に話しかけてきたっすか?」


「どうしてって……

 さっき話した警察の人が、すごい近くにいたから、まさか尾行されてるんじゃ、って」


「なぜ、この場所に?」


「は? 気晴らしに。散歩です」


 そんなはずがないことを、生駒は確信していた。

 後をつけていた自分にはわかる。彼女は明確な目的をもって、この場所に来たはずだ。


 なのに、わざわざ自分に声をかけてきて、嘘までつくのはなぜか。

 自分がこの場にいることは、彼女にとって都合が悪いのだろうか。


(ひょっとして、自分を追い払おうとしてるっすか?)


 尾行中、吹雪は誰かから指示を受けている様子だった。

 これは、その人物が何かを成し遂げるための、人払いなのかもしれない。


 その時、耳をつんざくような悲鳴があたりに響いた。

 ただ事ではない様子の、恐怖に満ちた甲高い悲鳴だ。


 ビル街のため、音が反射して、出どころがよくわからない。

 多くの通行人が足を止め、戦慄した表情で、声の主を探る。


 生駒は、その中で吹雪だけが、特定の方向を見つめていることに気がついた。


 その方向に、生駒は走り出す。

 交差点を曲がると、ビルの裏にある狭い路地を見つめ、凍りついているカップルがいた。


 おそらく、彼らが声の主だろう。


 生駒が、路地に入る。

 すると、道の中央に、1人の女性が倒れていた。


「その人、上から飛び降りてきて……」と、カップルの女性が言う。


 生駒が、倒れている女性に近づく。意識はない。

 折れている首の角度から、即死であろうことは容易に想像できた。


(自殺っすか? 早く通報しないと……)


 生駒の背後から、シャッター音がした。

 すぐさま、彼は音のした方へ振り向く。


 そこには、明神高校の制服を着た少年が、スマホを構えて立っていた。

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