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2−6

 失敗した、と吹雪は思った。

 これほどあからさまな形で、彰に見つかることを、彼女は想定していなかった。


 2日連続ともなれば、彰も警戒しているだろう。

 後をつけ回すのが難しいことは当然、予想していた。


 しかし、吹雪には秘策があった。位置情報アプリだ。

 昨日、帰りの電車で彰が寝ている隙に、彼のスマホにインストールしておいた。


 位置情報アプリで彰の居場所を掴んでいた彼女は、後をつける必要がない。

 捕捉している彼の座標に合わせて、少し距離をとりつつ、追いかけていた。


 しかし、この付近に来たあたりから、彰の詳しい位置がわからなくなった。

 おそらく、ビル街だったことが関係していたのだろう。


 それを「室内に移動したのかもしれない」と誤解した吹雪は、慌てて走り出し、あろうことか彰本人とぶつかってしまった、というわけだった。


「吹雪……」


 彰が、驚愕の表情を見せる。

 この場で自分に会うなど、完全に想定外、といった顔だ。


 やはり、尾行を警戒していたのだろう、と吹雪は思った。


 どう言い訳をしようか、吹雪は思考を巡らせる。

 位置情報アプリを仕込んだなど、到底言えるはずもない。プライバシーを蔑ろにする行為だ。犯罪の可能性だってある。


 熟考の末、どう言い繕っても誤魔化すことは不可能、との結論に至った。

 そのため、吹雪は黙秘を選ぶ。どれだけ問い詰められても、口をつぐんでいようと、彼女は固く心に決めた。


 しかし、吹雪の予想に反して、彰は何も言ってこない。

 それどころではない、といった様子で、やたらと背後を気にしていた。


 彰が、吹雪の手を掴む。


「こっちへ」


 ビルの壁沿いに並ぶ、植込みの影に隠れる。

 誰かから逃げているのだろうか。彼女にはわけがわからない。


 その時、ビルの影から、交差点を渡ろうとする男の姿が見えた。

 誰かを探しているのか、しきりに周りを見回している。


 吹雪は、その男に見覚えがあった。


「あの人、今日学校に来た、警察の人?」


 彰が、うなずく。


「尾行されているのかもしれない」


「何で? 心当たりはあるの?」


 彰が、首を振った。

 それにより、吹雪はある仮説に辿り着く。


「……あたしのせいかもしれない。今日学校で、あの人と話したから」


 彰のぎょっとした顔を見て、吹雪は顔を背ける。


 昨日の事故のことが頭から離れず、たまたま学校にやってきた警察官に、つい相談してしまった。

 あの一連の出来事の中で、彰のしたことは、何らかの罪に問われるのではないか。そう思わずにはいられなかったからだ。


 ましてや、彰はあの事故を、あらかじめ予期していたような節があった。

 最悪の場合、あの事故は彰が引き起こしたものである、ということも考えられた。


 しかし、生駒の話では、あの事故に事件性はないとのことだった。

 そのことが吹雪を、どれだけ安心させたかしれない。


 ただ、生駒がこの場にいるのは、一体なぜなのか。

 学校からここまで、自分の後をつけてきたということか。


『ある場所で、人が死ぬことが、事前にわかったとして……

 それを警察に通報しないのは、罪になりますか?』


 我ながら怪しげな質問をした、と吹雪は思う。

 不審感を持たれるのも、やむを得ないだろう。


 しかし、それくらいの疑念を持つことなど、警察では日常茶飯事ではないだろうか。

 その程度で調査に動いていたら、人手がいくらあっても足りないに違いない。尾行されるほどのこととは、吹雪には到底感じられなかった。


(それとも、事件性がないなんて、嘘だったとか?)


 彰が、スマホを見て、舌打ちをした。


「あと5分……」


 それは一体、何のカウントダウンなのか。


「ねぇ――」


「うるさい!」


 彰が、怒声を上げる。

 スマホを睨みつけたまま、奥歯を強く噛み締めていた。


 吹雪は、彼のそんな顔を見るのは初めてだった。

 今の状況がただ事でないのが、その雰囲気からわかる。


「……あんた、ここで何するつもりだったの?」


 警察の視線から隠れて、彼はおそらく何かをするつもりだった。

 それはきっと、世間の基準からして、正しいことではないのだろう。


 しかし、吹雪には確信があった。


「彰。あんたが今やろうとしていることは、深雪のため?」


 彰が顔を、ゆっくりと吹雪へ向けた。


 その顔を見て、吹雪は昔、彰をいじめっ子から助けた時のことを思い出した。

 助けを求めるような、でもそれを申し訳なく思っているような、そんな顔だ。


 2人の視線が、交わる。


「吹雪、お願いだ」


「何よ? 言って」


 彰が、ごくりと喉を鳴らした。


「あの警察官を、足止めしてほしい」

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