2−5
全校集会が終わると、彰は急いで学校を出た。
時々、背後を振り返り、誰もついてきていないことを確認する。
昨日は、吹雪に尾行されるという、大失態を犯したからだ。
その時の様子を、彰は思い返す。後をつけられたということは、自分の一連の行動が、全て見られていたということだ。
地図を眺めて狼狽するところも、レンゴクアプリとの会話もだ。
極めつけは、死者をカメラで撮影するという、あの行動だ。
吹雪は、あれをどう思っただろうか。不審に思ったに違いない。
事故の後の帰り道、吹雪は彰の事情に、踏み込んできた。
しかし、真実を話せるはずもなく、そのことが彼を追い詰める。
そのため、つい口が滑ってしまった。
『僕に関わると、また今日みたいな目にあうよ』
彰にとっては、それが事実だった。
未来を変えられるのは、未来を知ることができる、レンゴクアプリの所持者だけ。自分に関わったからこそ、吹雪は死にかけたのだ。
しかし、今になって彼は思う。あの発言は、失言だったのではないか、と。
彼女を危険な目にあわせたのは、自分が原因であると、暗に示すような言い方だった。
(変に、勘ぐられなければいいけど)
幸い、今回は尾行されている様子はない。
既に、何度も確かめている。
(2度目は警戒されていることくらい、吹雪も予測しているだろう。
さすがに、今日は自重したのかもしれない)
このまま、興味をなくしてくれたらいい。
そんなことを、彰は考えていた。
そのうちに、消滅予定者の職場と思われる、ビルの前に辿り着く。
あらかじめ聞いていた消滅予定時刻まで、残り10分ほどだった。
念のため、彰はもう一度、残り時間を確かめる。
「レンゴクアプリ、斉藤初音の残り時間は?」
スマホから、いつもの無慈悲な声がした。
『斉藤初音、消滅候補に存在しません。現在地周辺にいない人物か、消滅までの残り時間が、48時間を超えています』
彰は、耳を疑った。
(何を言ってるの? さっきまで、その人が消滅するって……)
彼が、再び同じ質問をする。
しかし、レンゴクアプリは同じ回答を繰り返すばかりだった。
(どういうことだ?)
また、未来が変わったのか。
自分の知らないところで、何かが起きているのかもしれない。
(まずい、まずいぞ)
今日はここで、誰かの死を見届ける必要がある。
この機を逃せば、深雪のタイムリミットまで、他に消滅予定は存在しないからだ。
なぜ、消滅予定が消えたのか。
彰は、慌てて周囲を見渡した。
ふと、彰の視界の端に、1人の男性が映り込んだ。
中肉中背の、ダッフルコートを着た男だ。
彰は、その人物に見覚えがあった。
それこそ、つい先ほど、学校の体育館で。
(あれは今日、全校集会で講義をしていた、警察の人じゃ……)
冒頭の挨拶で、生駒と名乗っていた。
語尾に「っす」をつけるのが特徴の、若い男。おそらく20代後半だろう、と彰は思った。
生駒が、どうしてここにいるのか。パトロールか何かだろうか。
警察の内情に詳しくない彰には、そのもっともらしい理由が思い浮かばなかった。
彼がこの場にいる事実と、斉藤初音の消滅予定が消えた理由に、関連はあるのか。
(あるのだとしたら、この人を連れてきたのは、僕ということだ)
ただ、その経緯が、彰には思い当たらない。
尾行に注意を払っていた彼は、吹雪以外を含めても、後をつけている人物はいなかったと断言できるからだ。
生駒が、自分に気づいた様子はない。
(――そもそも出会ったところで、僕のことは知りもしないだろう。
自分は、たくさんいた生徒の中の、1人にしか過ぎないのだから。
ただ、僕は学校の制服を着ている。
今あの人に見つかって、明高の生徒だと知られるのは、良くないのではないだろうか。
ただでさえ、ここはつい先ほどまで、人死にが出ると予定されていた場所だから……)
彰は目的のビルを離れ、生駒が来る方向とは逆へ歩き出す。
交差点に辿り着いたところで、彼はすぐさま角を曲がった。
その際、正面から歩いて来た人物と、ぶつかってしまった。
「――痛っ!」
尻もちをついた少女が、声をあげる。
「大丈夫ですか?」
反射的に、手を伸ばして、彰は気がついた。
そこに倒れているのが、吹雪だったことに。
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