2−4
明神高校の体育館。
全校集会での講義が終わり、生駒は協力してくれた教師たちに、感謝の言葉を述べた。
その後、使用した備品の片付けを始める。
共に参加していた先輩の警察官が、まとまった荷物を車へ運ぶよう、生駒へ指示した。
「了解っす」
道中、校舎から駐車場へ続く廊下の脇に、1人の女子生徒が立っていた。
彼女が、生駒に話しかける。
「――あの。お兄さんて、警察の方ですよね?」
「はい、そうっすね」
良い話ではなさそうだ、と生駒は思った。
「少し、お聞きしたいことがあって――」
「その前に、名前を教えてもらってもいいっすか?」
「森吹雪です」
それは、生駒の記憶にはない名前だった。
「何年生っすか?」
「1年です」
生駒は、先ほどの講義で自己紹介を済ませていたが、改めて名乗った。
「それで、聞きたいことって何すか?」
「1ヶ月前くらいにあった、宝石店強盗の件です。
逃げる犯人に、女子高生が刺された事件、わかりますか?」
「ええ、わかるっす」
「その被害者の子、あたしの姉なんです。犯人、捕まりそうですか?」
生駒は、眉間にしわを寄せた。
「それは、大変だったっすね。心中、お察しするっす。
でも、残念ながらその事件はうちの管轄じゃなくて、自分も詳しいことは知らないんす。すみません」
「そうですか」
と、吹雪は目を伏せた。
生駒が、少女を注意深く観察する。
彼の警察官としての勘が、彼女の本題は別にあると、脳内で知らせていた。
「……あの、もう少しいいですか? これ、あくまで仮定の話なんですけど」
どうぞ、と生駒は先を促す。
「ある場所で、人が死ぬことが、事前にわかったとして……
それを警察に通報しないのは、罪になりますか?」
吹雪が、言いにくそうに口にした。
ひどく不安げで、言葉を選んでいる様子だった。
(――死神高校生)
生駒の鼓動が、加速する。
今朝、署で暢子と交わしたやりとりが、彼の脳裏をよぎった。
「それは、殺人の予告があった、とかっすか?」
吹雪が、首を振る。
「例えば、交通事故とか」
「『起きることが事前にわかる交通事故』って、誰かがわざと起こす以外、ありえなくないっすかね?
それは事故じゃなくて、事件って言うっす」
「そう、ですよね……」
「事故を起こしてやる、なんて情報が、どこかにあったっすか? ネットとか?」
「いえ、そうじゃないんです」
そうして、吹雪は押し黙ってしまった。
思案の末、生駒は質問の方向を変えてみる。
「そういえば昨日、竹駒駅の近くで、死亡事故があったっすね」
途端に、吹雪の顔が強張った。
(当たりっすね)
生駒は、彼女を警戒させないよう、なるべく表情を和らげて言う。
「通行人も多い時間帯で、結構な騒ぎになったようっすね。
もしかして、きみもあの場に居合わせちゃったっすか?」
目撃者に明高の生徒がいた、という情報は伏せておいた。
「……はい。実はそうなんです」
やはり、と生駒は思った。
「まぁ、あれは事件性はなかった、って話みたいっすけどね」
「――本当ですか?」
驚いた様子の吹雪に向かって、生駒がうなずく。
事故の後、署の人間が現場検証を行ったが、疑わしい点はなかったようだ。
(情報源は、鳥海さんっすけどね)
「なら、事前に知るなんて、絶対にできませんよね」
と、吹雪は嬉しそうに微笑んだ。
「さっきの質問、その事故に関係してるっす? 何か気になることでも?」
「いえ、何でもありません。
あの、もう大丈夫です、ありがとうございました。お仕事中すみません」
そう言うと、彼女は身を翻し、小走りで去っていく。
その背中を、生駒は黙って見送った。
現時点で、深追いはできないと考えたからだ。
(すごく、引っかかるっすね)
なぜ、彼女は自分に話しかけてきたのか。
最初に見せた、あの不安げな表情。あれは、自身の行動について、違法性を心配したからではないか。
なぜ、あの事故に事件性がないと聞いて、彼女は喜んだのか。
それは、警察が今回の件に不審を抱いていないと知り、安堵したからではないか。
そして、なぜ彼女は、現場にいることができたのか。
(あの事故、何かを見落としているっすか?
誰かの故意が介入していた上、彼女はあらかじめその情報を得て、現場に先回りをした?
だとしたら、聞き出さないとならないっすね。
人死に現場に現れる、『死神』の情報源――)
情報提供者が、自ら事件を引き起こしている可能性がある。
可及的速やかに、その人物を確保し、被害拡大を防ぐべきだ。
(自分、今日はもう、当直明けで上がりなんすよね)
駐車場へ荷物を運び、車からコートを取り出すと、生駒は歩いて校門まで向かった。
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