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牡丹の国  作者: ひさぎぬ
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6 眠る前に思うこと

雲が多く月が見えない。


こちらの月は二回りほど大きく見え、満月の夜は天井近くにある明り窓からの月光だけで室内は明るくなる。

照明として燭台に火はともしてあるが部屋の中はほのかに暗い。


目の男は何か喋る風でもなくこちらを見据えていた。

昨日の下品な男の知り合いなんだろか。

もし、そうなら二人っきりはまずいような…

「あの、昨日のあの人…わたしが足を踏んだ人の知り合いなんですか?」

「そう見えるか?」

少し眉の辺りにしわを寄せて聞いくる。

見えるかと聞かれれば、見えないこともない。

体つきは肩幅が広くがしっしりしてるし…

「そうですねぇ、知り合いというよりはならず者とその親玉のような…

あっ親玉の方が貴方ですよ。相手を伸しちゃいそうな感じも…」

言い終わる前に男の皺が深くなる。

「も、もちろん、知り合いって事が前提の場合ですよ!それに悪い方にひいき目に見てですよ!」

「もういい」

このもういい、は質問の答えはもういらないという意味か。それとも喋るな、の意味か。

男の雰囲気が不愉快そうに見えたので、とりあえずわたしは黙った。

静寂の中、

男は酒瓶を掴み、そのまま口に持っていこうとしたが気を取り直すようにこちらを向いた。

「……名前は?」

「柚以子といいます」

「柚以子…」

思わず本名で言ってしまった。子が省かれる確率は高いし、こちらではやっぱり柚以で統一した方が良いかな。

「いえ柚以です。柚以と呼ばれてます」

「柚以でいいのか?」

「…はい」

男がひどく真面目に聞いてきたので、答えるのに一瞬躊躇した。

「そうか。それで、柚以はこの辺りの生まれなのか?」

「いえ…違います」

「どの辺りだ?…お前の容姿は異国の血も入ってるように見えるが」

異国どころか貴方たちにとっては異界の人間ですから!

本当の事、わたしがこっちに来た経緯を話しても信じてくれる人は九割いないだろ。

この国では黒色の髪が一番多く、明るい茶色や焦げ茶色がそれに続く。

全体的に黒っぽい髪の人が多い。

こちらの人のほうが若干彫りの深い顔立ちだが、わたしがこの国の人間だと言ってもおかしなことは無いだろう。

これまで特に素性を詮索される様な事はなかったから、怪しまれてはいないと思う。多分。

でもこれ以上詮索されても困るし…。

「ここから遠い小さな集落です。

あのどうぞお酒召し上がってください。料理も何か持ってきますから」

このまま一階に降りて料理は他の人に頼もう。

目の前の男はどこか尊大な感じがして、うまく誤魔化す自信がない。

席を立ち、衝立ての向こうに行こうとすると手を引かれた。

あっ、と思ったときには男の膝の上。

「あっあの!」

「象牙の肌だな……」

わたしの腕は男の顔近くまで上げられ、手の甲に男の息がかかる。

なんだかこそばゆい。

「私の足は踏まないのか?」

耳元近くで聞えた声は少しかすれていた。

「貴方はその、お客様だから…」

「客なら何をされてもいいのか?」

「いえ、そういうわけでも…」

男性の膝の上に乗ったのは初めてだ。

できればもっとロマンチックな状況で乗りたかったが。

ん〜どうしていいのかわからない!

まずは立ち上がろうと腰を浮かせると男はあっさり手を離した。

「失礼します」

そのまま男の顔を見ずに一階に下りた。



「あっ柚以ちゃん!もうお仕事上がっていいんだよ〜」

「そうなんだ。あの桃花、二階に料理を…」

「二階?あぁ!寨門さんから聞いたよ〜柚以ちゃんだったんだ。

でも随分早かったね」

早いって何が…一度給仕内容の確認の必要がある。

「…あの悪いんだけど料理を運んでもらえるかな」

「後のことは任せて。柚以ちゃん、休憩取らなかったでしょ?もう休みなよ」

「ありがとう。そうするね」

わたしは桃花の言葉に甘えることにした。



「お待たせしましたー」

「…お前か」

「なに〜柚以ちゃんが良かった?」

「柚以は来ないのか?」

「今頃は帰り支度してるよ。気に入った?」

運んで来た塩こぶのスープを自分と男の前に置き桃花は席に着いた。

「ちょっとお腹が空いちゃって。ここで食べてもいいでしょ」

卵に塩こぶに炒めたネギ。そこに少々の酒。今日は肌寒いからこのスープはあったまる。

「……話が途中だったから気になっただけだ」

「話?」

「生まれを聞いたが曖昧でな。訳ありなのか?」

「うーん私もよく分からないの。楼主様が連れてきた娘だから身元は確かだと思うけど。

柚以ちゃんもなんだか言いたくなさそうな感じだし」

「楼主が…」

ここの楼主はもともと宮廷に出仕しており、なかなか有能な役人だった。

それが今ではお茶屋の主。

当時は色々な噂が流れたが

彼は役人を辞めた理由を誰に聞かれても茶と酒が好きだからとしか答えなかった。

「ところで、お前はいつまで此処にいるつもりだ。もう宮中に戻らないつもりか?」

「…なんだかここ、居心地がよくて…戻る機会がつかめないの」

桃花は寂しげに微笑みながら目の前の異父兄に言った。



「今日も戻れなかった」

寝台にうつぶせになって呟く。

もちろん戻る先は元いた世界のわたしの部屋。

なんだが向こうの生活が遠く感じる…。

そういえばあの男の人の名前聞いてなかった。

…幾つぐらいなんだろ。30は越えてるのかな。

でもここでの外見は当てにならないか。ここの人達は青年の期間が長いって言ってたような…

そんなことを考えながらわたしは目を閉じた。



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