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牡丹の国  作者: ひさぎぬ
12/14

11 牡丹

「わたし、外に出たいんだけど、いい?」

「駄目だ」

「暇なんだけど?」

「縫い物でもしたらどうだ?」

そう言いながら桃花の兄は書類に目を通していく。


昨夜から一夜明け、わたしはいつもの居候部屋にいた。同居者もいる。

但しそれは桃花ではなくその兄だった。


どうも昨夜の二人の無言の取引でわたしは桃花兄に預けられることになったらしい。

桃花はというと、部屋に戻るなり私物を片付けすぐさま実家に戻って行った。

なんでも桃花の彼、榕行さんは働きが認められ陛下の内々の計らいで宮中に戻って来れたそうだ。

二人は結婚を視野にお付き合いを始める為、桃花は実家の父親と話をつけると言う。これから立て込むと言っていたが彼女はとても晴れやかな表情を見せてくれた。

そんな桃花はわたしと桃花兄が一緒に部屋にいる違和感を気にする事もなくさっさと行ってしまったのだった。


そして今日、急遽月季楼はお休み。なんだか朝からお役人さんが月季楼を調べているのだ。


「暇」

「なんだ?縫い物できないのか」

「そういう事じゃなくて!いつまでこうしてなきゃいけないの?」

桃花兄とは昨夜からずっと一緒だ。たまに部下らしき人が食事を持ってきたりと人の出入りはあるが、ほぼ二人っきり。

向こうは何か忙しそうにしていてなかなか話し掛けれない。

いい加減、息が詰まるのだ。


「大きな声を出すな、頭に響く。…余り寝てないからな」

「うそでしょ?」

昨日速効で寝てたのに寝不足?訝るわたしに彼は笑う。

「お前のいびきで寝れなかったんだ」

「いびき!?わたしいびきしてる?」

「別にお前のいびきは不快じゃない。可愛いもんだ」

「いびきに可愛らしさなんて関係ある?!いびきはいびきでしょ!わたし、してたんだ」

ずっと、いびきをしない人間だと思ってたのに…!

しかも初めて指摘されたのが肉親じゃない異性。

地味にショック。



「ところで……、俺の名前知りたくなったか?」

「知りたくないわよ!」

「そうか?悪くない提案だと思うが」


昨夜、一体どういう事なのか事情を知りたい!そもそもあなたの名前も知らない!と捲くし立てたら交換条件を出されたのだ。


この男の妾になって監視されろと。その方が色々都合がいいからだと。

別に桃花や琳さんに聞けば直ぐ分かるのに交換条件に使うなんて突飛すぎる。


「妾になんてならないわよ」

「妾の振りだぞ。……あぁそれとも許婚にするか?」

「フリなんてことは分かってるわよ!わたしはね、これ以上の面倒ごとは御免なの!」

「なんだ?好いた奴でもいるのか?」

「それは…いないけど。大体ね、わたしにも好みがあるの。あなたとは正反対なの!」

「正反対?珍しいな……貧弱な奴が好みなのか。俺はお前を嫌いじゃないぞ。

まぁもう少し肉を付けると尚いいが……」

「肉?肉!?貧乳で悪かったわね」

「胸より尻だな、肉を付けるなら」

真面目に答えるな!!



「あの、宜しいでしょうか?」

扉の向こうから声がする。

「ああ、構わない」

そして男の人が入ってきた。今まで来た中で一番色の濃い召し物で気品がある。

その人はわたしを一瞥すると何事もなかったように桃花兄に話し掛けた。

「終わりました」

「何か出たか?」

「これといって特には……」

そう言って紙の束を渡す。

「だろうな」


なんなんだ?


「私どもは一旦引き揚げますが…」

「後のことは寨門に任せてある」

「わかりました」


男が出ていくと静寂が訪れ、しばらくは紙のかすれる音だけが微かに聞こえていた。


***


わたしはする事もなく寝台の上から外を眺めたりしている。

時々謎の物体の中身を見たい衝動に駆られたが我慢した。

これを見たら最後、後戻り出来なくなりそうで開けられない。

それに楼主様はこっちでは開けて欲しく無いようだったし。


ぼーっとしていると、桃花兄は静かに喋りだした。

「……真面目な話、お前の立場はなかなか厳しい。それを…楼主から託されたという事実はお前が思っている以上に意味があるんだ。……例え何も知らなくてもな」「わたしが何も知らないって事、信じてくれるの?」

「……あまり凝り過ぎると、かえって冷静な判断を下せなくなるからな」


「どういう意味」


「お前は嘘は言っていない。そう思ってるって事だ」

そう言って彼は少し笑った。

「なっ…」

今の話の内容より、彼の表情…どこか緩んだ面持ちに心臓が跳ねた。


「どうした?」

「何でもないです」

いやいやあり得ない。

気を落ち着かせるため彼から視線を反らし外を見る。

いつの間にか空がすっかり厚く曇っている。

雨でも降るのかな……


「ん?」

今書斎の辺りに人影が…。楼主様のような…?でも……

「…今ってここにわたし達以外誰かいるの?」

「数人の警固ならいるが、どうかしたか?」

警固って感じの服装には見えなかったよね…。

…なんか気になる。

「ちょっと書斎行ってくる!」

「おいっ!」

咄嗟にわたしは謎の物体を掴んで書斎に向かった。



入り口は開いていた。

「楼主様ー?」

やっぱり見間違いか?

最後に楼主様と会った部屋に入る。

中は乱雑なままで奥に誰かいた。


「楼主様!」

「ああ柚以子さん…」

「ああ柚以子さんじゃありませんよ!今までどうしてたんですか?」

「……驚かないんですか?」

………

楼主様を見ると最後に会った時と違って薄く化粧をして、絞り染のような見たことのない服を着ている。

色は濃い紫で浮線綾のような大型の円の中に花の模様があり、なんだか上品だ。

化粧はしてるけど、女って感じゃないのよね。映画スターや舞台俳優の化粧のような……


ふと人の気配がして横を向くと、桃花兄が隣に立っていた。

なんだか重々しい出で立ちだ。


「俺が仕えるのは陛下だ。お前に膝を折るつもりはない」

はっきりと迷い無く彼は言う。

「それで構わないんです。

…成南都の邸に面白い人達が居ます。生きてはいるはずですが急いだほうがいいですよ」

口元を微かに緩めてそう言う楼主様に、桃花兄が息を飲むのがわかる。

楼主様はそんな彼に近づき懐から出した書束を差し出す。

「……連署です。無いよりは有ったほうが宜しいでしょう。元は裏切り者を防ぐ為の物なのに…諸刃の剣ですね」

最後の方は囁くように聞こえた。



「これ、お返ししたほうがいいですか?」

わたしは楼主様に薄汚い布ごと真新しい布で包んだ物を差し出した。

楼主はそれを凝視するだけで受け取らない。


「…中は見なかったんですか?」

「楼主様が言ったんじゃないですか、こっちでは見るなって」

「そうですね…」

そう言って少し笑った。


今はわたしと楼主様しかいない。桃花兄はすぐ戻ると言って部屋から出ていったのだ。

楼主様には聞きたいことがたくさんあるけど今一番聞きたいのはこれ。


「あの、楼主様って女性なんですか?もしそうなら初めて胸を噛まれたのが同性って事になるわけで……、別にこの先も噛まれたいってわけじゃないですよ」

最後の方は早口になってしまった。

「それのことは聞かないんですか」

楼主様は呆れたようにいい、込み上げてくるように笑いだした。

そしてわたしの足元をちらりと見ると一息して口を開いた。

「私は男ですよ。男でなければいけないのです」


…結局男って事でいいの?

「この国の開祖は牡丹と呼ばれた女性なんです。王位は代々牡丹の血筋を受け継ぎますから牡丹の国とも呼ばれていました」

「…でも今はそう呼ぶ人はあまりいないんですよね?」

「先々代の王から自国を牡丹の国とは呼ばなくなりました。牡丹の血脈はもはや途絶えのですから彼からすれば道理でしょう」

楼主様は自嘲の笑みを浮かべる。


「でも楼主様は牡丹なんでしょう?」

あくまで推測だけど楼主様は開祖の血を引いている。

確か何代か前の王は病身で国を統治仕切れなくなったようで、特に地方は目が行き届かなくなり圧政がしかれたらしい。

そのあと何かしらあって、先々代で君主が変わったのだろうか…。


そう思い浮かんだことを楼主様に尋ねれば否定も肯定もせず溜息をもらす。


「歪んだ呪縛ですよ。新たな血統で善政がしかれている今、過去の異物など必要ではない…。よからぬ事を企てる者の格好の餌に過ぎないんです。ですが…頭でそう理屈を付けても踏ん切りがつくものではなくて…」

そう言ってわたしから謎の物体を受け取り、中を開ける。

中には、黒髪の束が幾つかと金色の塊が入っていた。

梨美さんと楼主様の話からするとおそらくこれは玉璽なのだろう。黒髪の束は―――


「…梨美さんは今ではこっちが偽物だと言っていました。わたしは政治とか分からないけど、偽物であるその王の印を楼主様が持っているって事はいつ謀反を疑われて処分されてもいいってことなんですか?自分では踏ん切りが着かないから…」


楼主様は黒髪の束を一つ掴む。

「母だけが私を牡丹と呼んだんです……母は意に染まないまま私を産みました。自分と同じような事が起こらないようにと私は溟榮として育ったんです」


どういうこと…?

牡丹の血を残すために子供を産むことを強いられたって事?

………。

やっぱり楼主様はおん、な……

じゃあ楼主様が胸を噛んだのはわたしを逃がすためってより、自分は女じゃないアピール…?


わたしが唖然としていると、誰か来るようですねと楼主様は呟く。


「これはやはり貴方に持っていってもらいます」

「ええっ!でもこれ大切な物ですよね、楼主様の一族のいわば形見でしょ?!」「いつまでも囚われてるわけにはいきませんから」

「マジですか」

久々にこの言葉を使ってしまった。

「貴方がこちらに来てくれて助かりました」

「わたし、何もしてませんよ」

「それもそうですね」

楼主様は意地悪そうに微笑む。

おい!

「ああこれ忘れないで下さい」

楼主様は金色の塊だけわたしに渡した。

「忘れないで下さいって、わたしどこにも行きませんよ?あっ!楼主様どこか行くんですか?!」


そう言うわたしに楼主様はどこか呆れたように笑って言う。

「あなた、消えかかってますよ」

「えぇ〜〜〜!」これで任務完了?!

もう戻れるの?

でも唐突すぎる!!


「あの!楼主様!お世話になりました!桃花に宜しく言って下さい!!あぁー!後桃花の兄の名前なんて言うんですか?!それから…」


「宋壽だ」


早口で焦る私の耳に桃花兄の声が聞こえたと思ったら、わたしは自分の部屋に居た。

テレビに蛍光灯。戻って来たんだ……


『これで姫様の憂いの種はなくなりました。ごきげんよう』

なんというか、ご機嫌な声が聞こえた。

…………

それだけ!?


宋壽はソウジュと読んでください。

次はエピローグ。

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