10 お邪魔虫?
「知り合いの紹介だって言ってるでしょ!!」
「その知り合いはどこのどいつだと聞いてるんだ。楼主とは親しいのか?」
「だ・か・ら!知らないの!!いきなりここに預けられたんだから」
「二人とも落ち着いて、ね?」
昨夜の出来事、楼主様の書斎にいた理由と服が破れてる理由を桃花の兄に説明した。
理由は謎だけど、わたしを逃がす為だったと。
桃花の兄は国の武官だと言うが、総てを話せるほどの付き合いではないし、信頼していいのか判らない。
だからそれだけ伝えてあとは憶えてないと言った。
実際殴られた後の事はよく憶えていない。
そして今度はわたしが楼主様やこの男のことを尋ねたら、逆にわたしの身元を問い詰めだしたのだ。
「じゃあお前はその知り合った男にこの店を紹介されたというわけか?」
「そうよ」
「………出身はどこだ」
「…前に小さな集落だって言ったでしょ」
ギロリと睨まれた。
出身か…これ以上のらりくらりかわすのも怪しいか……。
「………じゃぱん」
間違ってはない。……と思う。
下手に日本の地名を言ったらこっちにも同じ地名がありそうだし、それなら西洋風の地名の方がいいだろう。
「ジャパン?どこの国だ?」
「ええっと、じゃぱんはあじあの一部で…ここからカナリ離れてると思う…
それ以外のことはわからないわ」
「その土地を出た理由は?」
うーん、これ以上話を作るとボロが出る確率が高くなる。かといって今更異界から来ましたって説明するのもなー。
「必要に迫られたというか、意にそわないことがありまして…」
「意にそわないこと?それって結婚とか…?」
今度は桃花が聞いてくる。
「まぁ、そうかな」
「故郷を出て偶然知り合った人に仕事を探してる事を言ったらこの店に連れてこられた、ってこと?」
もう頷くしかない。
「わたし楼主様の事、ほとんど知らないのよ。名前も知らないくらいで…
楼主様の名前ってなんですか?まだ聞いてなかったんです」
「名前も知らずに働いていたのか」
呆れた奴と言いたげに溜め息を吐かれた。
「楼主様は鴻家の溟榮様だよ」
「コウ メイエイ…?」
名前、牡丹じゃないのか。あだ名が牡丹とか?
でも牡丹て女性の名前の方がしっくりくるような…。まぁ男性の名前でもおかしくはないけど。
…
……
ちょっと待って楼主様って男だよね…?
容姿は男性的だし服装だって男物。
声は……高くはなかったよね…
メイエイも女性の名前だって言われればそう聞こえるような。
でもはっきり男性だとは聞いてないし…男装とか?
いやいやいやそんなはずは……
なんか混乱してきたー。
「あのー、一応確認したいんですけど、
楼主様はコウ メイエイという名前で男性ですよね?」
「そうだよー。
性別まで確認するなんて柚以ちゃんて意外と抜けてる?」
答えたのは桃花だった。
笑っている。
「わたしもそう思った…はは」
だよね…
同性だったらわざわざ服を破いたり、胸に噛み付く必要ないよねー。
結局わたしは謎の物体と「牡丹」以外の昨夜のことを二人に喋ったのだった。
***
お茶の作業室に桃花と二人。
わたしは頬のこともあって今日は裏方だ。
楼主様が行方知れずだという事はわたし達と琳さんしか知らないらしい。
店はいつものように開いている。
「うわ、これが普耳茶?」
「そうだよ〜それ固まってるでしょ?だから水をさして煮出すの」
「ええっと、煮茶だっけ?」
「そうそう。でね、茶器はそこの小さめのを使うの。これ結構渋いから」
「へぇー。
やっぱり夜は花茶とかは出ないんだね」
そう言いながらぐい飲みほどの茶器を取り出す。
お茶によって色々といれ方が変わるみたいで初心者には難しい。
だからわたしは桃花の補助をしていた。
「―――注文もないみたいだし休憩しよっか?
琳さんにここのお茶飲んでいいって言われてるしね」
「いいの!?」
「柚以ちゃん結局、お休みなしでしょ?特別だって」
そう。結局わたしは休まず店に出た。
楼主の行方がわからない今、わたしが何時までもここにいるのはまずい気がする。
謎の物体の事もあるし、なにより楼主様がやっかい事に巻き込まれている可能性は高い。
わたしは関わらないようにどこかに行ったほうがいいかなぁと…
逃がす為にわたしを殴るくらいなんだから……
あくまで好意的に解釈してだけど。
だから少しでも早く旅費を貯める為に店に出たのだった。
でもねー、結局はすでに巻き込まれてるんだよね……
「はい、どうぞ」
花茶だ。確かこれは…
「香片だったよね?このお茶」
「そうだよ〜花びらきれいでしょ」
香片は乾燥した茉莉花を緑茶にまぜたもので、
いわゆるジャスミンティーだ。
一口、口に含む。
こういう独特の、香りの強いお茶って苦手だったんだけどなぁ。
今では普通に飲める。これが環境変化のちから?
「ねぇ、柚以ちゃん……」
「なに?」
なんとなく暗い感じだ。
「柚以ちゃんが故郷を出たのって、結婚が嫌だったから?」
「えっ…」
「それとも結婚相手が気に入らなかった?」
ど、どう答えれば…!
そもそも結婚の予定なんて全くないし!でも辻褄がー。
早速ボロが出そう。
そう思って桃花の顔を見るとえらく真剣そうだ。
「桃花、何かあったの?
もしかして結婚と関係あること?」
「…私ね、好きな人がいたんだけど左遷されたの」
「左遷?」
桃花の話によると、
彼は地方の出の役人で優秀な人だったらしい。
ある日女官として宮中に出仕していた桃花の悪い噂が流れ、彼が噂を流したとして処分されたという。
勿論それは濡れ衣で彼を妬んだ貴族の子息の仕業らしい。
彼じゃないと訴えたが上手くいかず、
結局都府の外れにある関所に行くことになったらしい。
その彼は容姿も良く優しい人柄だった為女官にも慕っている者が多く、
彼の左遷は桃花のせいだと一部の女官が騒いだらしい。
靡かなかった腹いせに左遷に追いやっただの、貴族の出同士で地方出身の者を排斥したからだの。
「それで一悶着あって、私は女官を辞めることにしたの」
「そうだったんだ…」
桃花、貴族の出だったんだ。知らなかった。
「でね、その後しばらくしてから私に結婚の話があがって…
今も保留中なんだけど、何時までもこのままにしておく事も出来ないしね」
それで結婚の話か…。
「それじゃあ、桃花は結婚したくないんでしょ?
その、好きだった人が遠くに行った原因に自分が関わってるなら尚更だよね」
「そうなの」
「本人が乗り気じゃないのに結婚の話があがるって事は、家が関係してるんだよね?お兄さんは何て言ってるの?」
「あぁ柚以ちゃんは知らないのかな。私と兄様って父親が違って一緒に住んでないの」
「そうだったんだ…ごめんね。知らなかった」
「柚以ちゃんって噂とか疎い?結構有名だよ」
笑いながら桃花は言う。
有名……
父親は違うけど母親は同じってことだよね。
健在だから別々に暮らしてるってこと?
兄妹仲は悪いようには見えなかったから付き合いはあるんだよね…
……もしかして桃花の悪い噂って母親に関係することなのかも。深くは聞けないわね。
「ねえ桃花、その彼とは何か、具体的な約束してるの?」
話から思うに二人は恋人同士って感じじゃないんだよなぁ。
「ううん。私達、恋仲って感じじゃなかったの。
…彼は私には他に相応しい人がいるって言うばかりで。
でもね、彼も私を思ってるって事はわかるの……。
それに私が貴族だって知る前は約束して会ったり、街に出かけたこともあるんだよ。
将来の事も話したり……
めんどくさくなったのかな…」
「今は連絡取れてる?」
「手紙を送ったけど返事がなくて」
桃花は微笑んでそう言ったが、今にも泣き出しそうだ。
手紙……
返事がないってどうい事よ!この際男の事情は関係ないわ!
桃花だって苦しんでるのに、それを知らんぷりするとはいい根性してるじゃない。
そんな事を考えていたら梨美さんが顔をのぞかせた。
「桃花いる?お客さんよ」
「私に?」
桃花が立ち上がると一人の男が入ってくる。なんだか息が荒い。
「桃花さん!!」
「榕行、様……?」
男は桃花に近づいていく。
誰?
その男はわたしが眼中に無いのか荒い息のまま話しだした。
「…っ君が妓楼に入ったて聞いて…そしたら居ても立っても居られなくて……」
そう言って男は桃花の両肩を掴んだ。
なんだか出るタイミングを逃したような…。
「私、妓楼に入ってなんかないよ…?ここお茶屋さんだよ…」
「……聞いたとき何かの間違えだと思ったんだ……
でも君に逢って確かめようと、もしそれが本当でも僕は君が…」
「……何年も会って無いのに?私、変わっちゃったかもしれないのに?」
「僕は…少し変わったよ…。今なら君に恋してるって伝えられるよ――…」
わたしはそっと部屋から出た。
***
「桃花達は?」
「あー…、今お茶の注文されても時間かかるかも…」
「大丈夫でしょ。今じゃんじゃんお酒が出てるから」
梨美さんはそう言って笑う。
「でもこれで桃花も辞めるとなると、月季楼大丈夫かしら」
「えっ?」
桃花も?他に辞める人でもいるの?
そう思って梨美さんを見ると彼女は口を開いた。
「私も辞めるの。もう楼主もいないし、私の仕事もおしまい」
「仕事…?それに楼主様が今、居ないって事知ってるんですか?」
「そうね、知ってるわ。ふふ…」
なんだかいつもの梨美さんじゃない。
うまく言えないけど妖艶で冷ややかな感じがする。
梨美さんはわたしの耳元へ顔を寄せる。彼女の長いまつげがちらりと見えた。
「私ね、彼を監視してたの。楼主もその事は承知してるわ…。
でもねぇ、あなたの正体はわからないのよ。楼主に聞いても答えはないし、調べても何も出てこない。
昨夜の感じだど奴等と繋がってるわけでもないし…」
「…見てたんですか?じゃあ楼主様がどうなったか知ってるんですね!」
「見たのは貴女が倒れていたところだけ…。
楼主ったら余程貴女との話を聞かれたくないようで、私に薬を盛って足留めしたのよ?
今までこんなこと無かったのに……油断しちゃたわ。
ねぇ貴女が楼主から預かった物の中身知ってる?」
そう言って彼女は服の上からわたしの腰にくくってある謎の物体に触れる。
どうしてここにあるって分かったの…?
怖い……得体の知れないモノが襲ってくる。
「…まだ見てません…梨美さんは知ってるんですか?」
「何かは知ってる。でも見たことは無いわねぇ。偽物ならあるけど」
「偽物?」
「違うわね…今ではもう、こっちが偽物ね」
「…どうして、わたしにそんな事まで話すんですか?」
「わからない?」
「痛っ」
手首を思いっきり掴まれた。ほっそりした見かけによらず強い力だ。
「これが貴女にとって最後の機会だからかしら?
楼主はね、貴女が来てからどこか考え込むようになったの。ほんの些細な変化だけどね……。
もしかしてよからぬ事を考えたのかしら?貴女知ってる?」
「知りません!」
わたしが一番知りたいの!
「あら……
最後の機会だって言ったのに。話してくれないんじゃ仕方ないわね。
これから貴女が話をしたくなる所へ連れていってあげる」
そう言って梨美さんは艶やかに微笑む。
なんだかとっても厭な予感。
スパイものの映画だと、この後はおそらく尋問という名のごうも…ん……?
いやーーーーー絶対いやだーーー
と、とにかく人の多い場所へ!!
手を振り払い逃げようとしたら口を布で覆われ縛られた。
「っうう」
ここは作業室からの死角で滅多に人は通らない。
このまま裏口へ連れていかれたらアウトだ!
誰か!そうだ桃花とその彼!ラブラブな所申し訳ないけどわたしに気付いてー!
「おとなしくしないと、分かるわよね?」
いつの間にか短刀が彼女の手に握られている。
刃物ですが…!
もうすぐ外へ出ちゃうよ…
そう思った時誰かの足音がした。
ん?
桃花…のお兄さん?
腰には刀…剣を差している。
「あら貴男がわざわざ来たの?」
「……彼女は俺が預かる」
彼は恐ろしく無表情だった。
二人は暫く無言で鋭く見つめ合っていた。
8話の一部表現を変更しました。内容は変わってません。