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「アクロイド伯爵は自分の娘の人生を終わらせようと……?」
私がそう言うと、ロミーが首を傾げる。
「必ず迎えに行くとおっしゃっていた気がします」
「え、じゃあその修道院の別名を知らないのかな……」
そう言いながら、私も首を傾げる。そもそも人生を終わらせるつもりであればわざわざ私を替え玉にする必要もないのでは。
すると、次に口を開いたのはローデヴェイク様だった。
「いや、おそらく勘違いだろう。やらかした高位貴族が一時的に隠れるために使う修道院があって、その修道院の名がペルミアン修道院だ」
「ベルミアンとペルミアン……紛らわしいですね」
一文字違いで大違い……。たった一文字間違えてしまっただけで人生終焉の地へ向かわされるなんて。しかしそれでも可哀想という感情は一切浮かばないなんて。
ぼんやりとそんなことを考えていたら、男性の使用人さんが口を開いた。
「どちらにせよ迎えに行くことなど不可能でしょう。こちら、本日の夕刊です」
ローテーブルにそっと置かれた夕刊には、アクロイド伯爵、終身刑の文字がでかでかと踊っている。
どうやらあの汗びちゃ男は一生地下牢から出られないらしい。
「この替え玉がバレれば処刑だろうがな」
ローデヴェイク様が呟いた。
「うわ処刑。じゃあバレる前にその火傷痕を消してしまいましょう」
バレたら私もまとめて処刑だろうしな。
なんて思っていたところ、ローデヴェイク様がふいに首を傾げた。
「お前はそれでいいのか?」
「いいもなにも仕方がないですからね」
「それは、そうだが……」
「いや別に私だってなんの覚悟もなしに洗いざらい話したわけではないですよ。第三皇子殿下の傷跡を消す、それを私の最後の仕事にしたいと思ったのです。元々望まれて生まれたわけでもない、生まれるべき人間ではなかった私にそのような名誉ある仕事が転がり込んでくるなんて、大変ありがたいことだと思います」
「お前な」
「あ、ただ私の侍女、ロミーは我々とは無関係ですので私が処刑された後の身の保証をお願いできませんか?」
どうか、どうかお願いいたします、と深く頭を下げれば、ローデヴェイク様が「わかったから頭を上げろ」と言ってくれた。
言質取れました。
私なんか前々から将来はあの小屋で孤独死だなと思ってたんだし、ちょっと死期が早まって孤独に死ぬか大勢の前で死ぬかの違いくらいのものだ。
そして貴族のご婦人たちからぼったくった罰が当たったのだろう。私の人生なんてこんなもんよ。
そこまで考えてから、私は己の膝をぱしんと叩いた。
「さて! では、洗いざらい話させていただきましたし、ここからはアンジェリア・アクロイドの替え玉としてではなく治癒魔法使いとして仕事をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「え、あ、あぁ」
「報酬はロミーの今後の身の保証でどうでしょう?」
「それではお前に対する報酬にならないだろう」
私に対する報酬っつったって処刑前に金品を渡されたって困るし、他に望みがあるだろうか?
「えっと、じゃあ……処刑の際、斬首か絞首なら絞首のほうがいい、みたいな選択権とか?」
「ふざけるな」
別にふざけたわけではないのだけれど。
「あー、じゃあ最後の晩餐に高価なものが食べたいので処刑までに少しだけ猶予が欲しいですねぇ。ところでローデヴェイク様、その傷はどのあたりまで広がっているのですか? 首まで? その先も?」
折角だし全財産使い切ってから死にたい。
そんで現状こちらから目視出来るのは顔と首までで、他は服で隠れている。もしよろしければ全体を見せてほしいのだが。
そう思って待っていると、ローデヴェイク様は憮然そうな顔をしながら胸元のボタンを外していく。
「首、鎖骨……胸部あたりまで広がっているのですね。背中のほうは?」
「背中にはない」
身体の前面に斜めかつ同一方向に走る傷跡、そして背中にはない。さらに本人に火傷をした記憶はない。
赤ちゃんの頃に熱湯でもかけられたか?
「もう少し近くで見せていただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ」
ふかふかのソファから腰を上げ、身を乗り出すようにしてローデヴェイク様に近付く。
火傷痕にしては妙に黒いと思ったが、これは色魔法だ。誰かが意図して色魔法を使ったのか……それか稀に意識せずに色魔法が出てしまう人がいるらしいし、そっちか。
色魔法はメジャーじゃないから使いかたを知らない人も多いし勝手に出ちゃう人もいるとかなんとか……みたいなことを本で読んだことがある気がする。
ちなみに闇の魔法の痕跡もないからやっぱり呪いではなかった。
彼は赤ちゃんの時、色魔法が使える人物に熱湯をかけられた。そしてその人物だかその周辺人物だかが「呪いだ」と言い触らしたのがこの呪いの真実……なんじゃないかなぁ。
この色魔法の痕跡に闇の魔法を通せば、おそらくもっと正確な真実が見えるのだけれど……。
「……犯人、捜したいですか?」
私のその問いかけに、ローデヴェイク様の瞳が揺れた。そしてほんの一瞬悩んだようだが、彼は首を横に振った。
「これが消えるなら、それでいい」
そう言って。
第三皇子という立場上、彼にも色々あるのだろうな。そもそも私が見ていいものでもないだろうし。たとえもうすぐ処刑される身だとしても。
「わかりました。では治療計画ですが、そのいかにも禍々しい雰囲気を醸し出している黒い色はすぐにでも消せます。ただ火傷のほうはかなり年季が入っているので半日か一日かかると見て……あと諸々あるから、全て終わるのは三日ほどと思っておいてもらえれば」
「あやふやなのだな」
「それほど年季が入った火傷痕を治すのは初めてですから」
「他の怪我を治したことはあるのか?」
「怪我なら擦り傷切り傷、最近では鞭で打たれた傷とその傷跡とかですね」
そういえば、あの子は無事結婚出来たかな?
「それはいいとして、個人差があるのでなんとも言い難いのですが、治癒の過程で強い痒みが生じる場合があります。ですので、ローデヴェイク様が眠っている間に掻き毟らないように腕を押さえる人が必要です。誰にお願いするかを考えておいてください」
「痒いのか」
「治癒魔法に痒みは付き物ですよ。あ、眠っている間の人間の力ってやたら強いこともありますので、出来れば信用出来る腕力の強い人を選出しておいたほうがよろしいかと」
「わかった。しかし眠らないという選択肢はないのか?」
「二徹三徹する気でしょうか?」
「ぐ……」
「まぁ、二徹三徹する気概があったとしても治癒魔法の効果を高めるために眠っていただきますけれども」
シミ消しや新しい傷と違い、治癒魔法だけでなく自己治癒力も使わなければおそらくもっと時間がかかるだろう。
早く治したいのなら眠ってもらったほうがいい。痒みと戦う時間も短いほうがいいだろうし。
「大まかな計画については理解していただけましたでしょうか?」
「ああ」
「それではお仕事の都合などつきましたら呼んでください。私は適当な所で待機しておりますので。……この辺ならお宿の一つくらいありますよね?」
そういえばあの小屋以外に寝泊まりするのって初めてだ! お宿の泊まりかたなんて知らないけれど大丈夫かな? ロミーも一緒に来てくれればきっと大丈夫だと思うな!
「いや、こちらも治癒魔法使いとして扱わせてもらおう。客間の用意を」
「え、あ、はい」
お宿……。
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