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「もしもそれが火傷痕、または傷跡だとしたら……私、消せますけど」
本当に呪いだったのであれば、呪いを解くと断言することは出来ない。なぜなら呪いについては何も知らないから。呪いという言葉だけを聞けば闇の魔法の一種っぽい響きではあるけれど。
でもあれが傷なのだとしたら、消すことが出来る。なぜならそれを仕事にしていたから。
「消せ……る」
ローデヴェイク様とやらは、消せると聞いて真剣な表情で悩み始めた。
やはり消せるものなら消したいのだろうな。お顔だし。呪われた第三皇子とか言われるのも嫌だろうし。
「もしよろしければ、もう少し近くで見せていただけますか?」
私がそう尋ねると、ローデヴェイク様が一歩後ろに下がった。
初対面の相手に近付かれるのは嫌か。そりゃそうだ。ローデヴェイク様にとっては私など得体の知れない罪人の娘だもの。
「あ、信用出来ないのでしたら縄で手を縛っていただいても構いません。いや、もう少しきちんと見せていただけるのなら全身ぐるぐる巻きでも」
「……ぐるぐる巻きの状態でも消せるのか」
「そうですね。一応」
「今すぐにでも……?」
「うーーーん、今すぐ綺麗に、というのはちょっとお約束出来ませんね。詳しく見たわけではないですが、産まれた時からということは結構な年数が経過しているということですよね」
ローデヴェイク様がおいくつなのかはちょっと存じ上げないが、見た感じ二十代のようだし、記憶もないくらい幼い頃に出来た火傷痕なのだとすれば約二十年もの。
ここまで年季の入った火傷痕にはなかなか遭遇出来ないのでどのくらい時間がかかるかの見積もりを出すのも難しい。
貴族のご婦人たちの顔面に出来た小さなシミを消すのとはわけが違う。
「……消せるものなら、消したい」
ローデヴェイク様は、ぽつりと極々小さな声で零した。
「そりゃそうですよね」
うんうん、と頷けば、訝しげな顔をしたローデヴェイク様と目が合った。
初めて真っ直ぐ、ちゃんと目が合った気がした。
「お前の言っていることに嘘偽りはないか?」
そう問われた時、私は素直に頷けなかった。
だって、私の存在自体が嘘偽りなのだから。
「えーっと……、火傷痕を消せる、ということに関しては真実です」
「……大口を叩いておいて、消せなかった時への保険か?」
「あー……いえ、そうではなく、それは私が見る限り火傷痕なので消せます。ただ……その、私がアンジェリア・アクロイドであるということのほうが……嘘、です。すみません」
治癒魔法を使うには、もちろん技術も必要だけれど、信用も大切になる。身体に触れることになるから。
しかも相手は第三皇子である。そんな高貴な人の身体に触れるのに、嘘をついたままでいるわけにはいかない。
汗びちゃ男に「全部洗いざらい喋るわよ」とか、さも黙っていますよみたいな空気を醸し出しつつキレたわけだけど……まぁその時と今とでは状況が違うからな。仕方ない仕方ない。そもそもあいつとの約束を守る義務も義理もない。あいつは私をゴミのように捨てやがったのだもの。
なんてことを考えていたら、ローデヴェイク様は驚いたように目を瞠っていたし、ロミーは声にならない叫びを必死で我慢していたし、少し離れたところにいた侍女さんが「やっぱりね、あんなに細い人じゃなかったもの」と呟いていた。
そんな侍女さんに、控え目な声で「アンジェリアってそんなに太いの?」と尋ねれば、こくこくと頷かれた。
そりゃあドレスもぶかぶかなはずだわ。
「どういうことだ? お前はあのアクロイド家の娘ではないのか?」
ローデヴェイク様に問われる。
「えーと……話せば長くなるのですが」
「座れ。茶を用意しろ」
おっと、どうやら話を聞いてくださるようだ。
私はもう一度ふかふかのソファに腰を下ろした。うん、やっぱりふかふかしている。
「まず、私の生物学上の父親はあのアクロイド伯爵です」
「……ということは」
「アクロイド伯爵が平民の女に手を出して産ませた子どもです。そして男ではなかったからという理由で捨てられました。だからアクロイド家については全く知りません」
「そうか」
「あぁ、でもだからといって責任逃れをしようだなんて思っているわけではありません。アクロイド伯爵がやらかしたことは新聞でちらっと読みましたし、あの男の血が流れている者は皆殺しにと言われれば仕方ないなとは思っています」
「新聞でちらっと読んだだけなのか? こうして替え玉として来たのだからもう少し何か教えてもらったのでは?」
眉間に深い皺を刻み、訝しげな様子で首を傾げているローデヴェイク様を見てなんとなく申し訳ない気分になりつつ、私はゆっくりと首を横に振る。
「今朝、なんか知らんおっさんが来たなと思ったらそれがアクロイド伯爵で、嫁に行けと言われて拉致されただけなのでアクロイド家の現状は全く」
なんか知らんおっさんあたりがツボだったのか、ローデヴェイク様がちょっとだけ笑った。頑張って堪えようとしているようだけど、お口がもごもごしていらっしゃる。
そしてお茶を用意してくれた侍女さんが私を見ながら、独り言のようにぽつりと零す。
「アンジェリア様がお太り……ふくよかなのを知らないのなら、もしや現状はもちろん過去も何も知らないのでは」
と。
「え、昔から太かったってこと?」
「それはもう。私、一応男爵家の娘なのでお見かけすることもあったのですが、あの人が細かった時期はありません」
「……甘やかされて育ったのかなぁ」
いや別にアンジェリア・アクロイドがどんな人間であろうと自分には関係ないのだけれど。
「じゃあ本物のアンジェリアは今どこに?」
そんなローデヴェイク様の言葉に、私はそっと首を傾げた。そういえば何も聞かされていない。
アクロイド家にいたら私が替え玉であることがバレてしまうから、どこかに隠れているのだろうか?
ちらりとロミーのほうを見ると、彼女はおずおずと口を開いた。
「ほとぼりが冷めるまでベルミアン修道院に入って身を隠す……と、おっしゃっていたはずです」
ロミーのその言葉を聞いた途端、他の侍女さんたちから悲鳴が上がった。
「え、なに?」
何に対する悲鳴? とビビっていると、今度はローデヴェイク様が口を開いた。
「ベルミアン修道院といえば、別名人生終焉の地だったな」
アンジェリアの人生に終焉が訪れようとしている……!
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