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 貴族として育ってきたわけではないので、なりすましを続けることなど不可能だろうなとは、もちろん思っていた。

 しかしなんとか逃げる隙が出来るまではなりすましておいて、そのうちに逃げ出せればいいなとも思っていたのだ。

 それがまさか体型ですでにバレかけているとは……いやまさかまさか。


「あなたもご存知かと思いますが、ローデヴェイク様は呪われた第三皇子と呼ばれております」

「……はい」


 知らんけど。ついさっき初めて聞いたけど。なんて言えないから適当に相槌を打ったけど。


「ローデヴェイク様のお顔を見ても、声を上げないように」

「わかりました」

「声を上げればどうなるか、我々にもわかりませんよ」


 彼の瞳が鋭く光った。

 おそらく、これは脅しなのだろう。声を上げれば不敬罪で処刑されるか、その呪いとやらの影響でどうにかなるか、この使用人たちにこっそり殺されるか……そのくらい最悪を考えておいたほうがいいのかもしれない。

 一応覚悟はしたけれど、あの小屋で育ってきているのでよほどのことがない限り驚かない。

 虫の大群が突然湧くとか、そういうことがあれば思い切り声を上げてしまうかもしれないけれど。


「こちらでしばらくお待ちください」


 通されたのは応接室……だと思われる部屋だった。

 部屋の中心にローテーブルがあり、それを囲むようにソファが設置してある。

 ふかふかのソファなんて初めて座るかもしれない。あの小屋にあったのはわりとカチカチだったから。いやお客様が貴族なのだからちょっと高価なソファを、と思って結構奮発して買ったはずなのだが、今このふかふかソファに座って初めて気が付いた。私が買ったソファはカチカチだった。悲しい。そして無知って怖い。私、あのカチカチを柔らかいと思ってたなんて。

 ソファのふかふかを堪能し始めてから数分後、この応接室と思しき部屋のドアが開く。

 入って来たのは、とても背が高くどちらかといえばがっちりとした男性。

 ネイビーブルーの軍服に鮮やかなオレンジ色の髪がとても映えている。ちらりと見えた瞳はエメラルドのような深い緑色のようだ。

 とりあえず立ち上がり、目の前に現れた高身長イケメンにぺこりと頭を下げる。

 そしてもう一度頭を上げた時に気が付いた。


「あららら」


 気が付いたと同時に私の口が勝手に開いてしまった。

 部屋の隅に控えていたロミーの息を飲む音だか小さな叫び声だかが聞こえた気がした。

 声を上げてはいけないと言われていたのに、声を出してしまったからか。しかし今の「あららら」は声を上げた内に入るのだろうか?

 入るか入らないかはわからないけれど、一つだけわかることがある。

 高身長イケメンの顔に不快の色が滲んでいるということ。要するに今の「あららら」でも充分不快にさせたということ。

 私、死んだな。はいはい死んだ。これは死んだ。


「す、少しだけ、よろしいでしょうか」


 どうせ死ぬなら一つだけやりたいことがある。そう思った私は、この凍り付いた空気の中で挙手をした。


「なんだ」

「そちらは、どうして放置していらっしゃるのでしょうか?」

「はぁ?」


 おぉ、実に不快そうだ。

 それでも職業柄気になってしまうのだ。

 彼の左頬から首筋、服で隠れて見えないけれど、おそらくその先にも伸びているであろう傷跡が。


「……これは呪いだ。貴様、知ってて言っているのか?」


 声には出していないが、死にたいのか? と言っている気がする。


「呪い……、いや、それ、火傷痕ですよね?」


 不快が頂点まで達してしまったのか、彼は私との距離を一気に詰めて、そのままの勢いで私の肩を力任せに掴んだ。私が襟のある服を着ていたら胸倉を掴まれていたところだろう。


「あ」

「あっ」


 肩を掴まれたことでバランスを崩した私が、倒れまいと体勢を整えようとしたはずみで胸元からぴょーんとパッドが飛び出した。胸に詰められていたパッドが。

 言い訳をさせてもらいたいのだが、これは胸を盛りたかったわけではない。ドレスのサイズが合わなくて胸元がカパカパするからと侍女さんたちが詰めてくれたのだ。

 きっちり詰めていてくれたはずなのだが、移動の際に少しずつ緩くなっていたのかもしれない。

 床に転がったパッドをそのままにしておくわけにもいかないので、私はそれを拾い上げていそいそと己の胸元へと詰め直す。


「なんか、その、すまない」

「あ、いえこちらこそ失礼いたしました」


 どえらい空気になってしまった。


「えーっと、それで、それは本当に呪いなのでしょうか?」


 どこからどう見ても火傷痕なのだが。


「呪いだ。俺は生まれた時から呪われていた。この国の貴族なら知っていて当たり前だろう……」

「呪いの症状的なものはあったり……?」

「時々疼くような痛みがある」


 それは古傷の痛みでは?


「時々とは、雨の日に痛むとか、寒い日に痛むとか、温めたら和らぐとか」

「なぜ知っている?」


 いやそれは古傷の痛みでは?

 しかし、火傷痕にしては妙に黒い。時間が経っているのかもしれないけれど、それにしたって黒い。もう少し近くで見せてもらいたい。

 掴みかかられた時の距離感が丁度良かったのに、パッドが飛んだ時に離れてしまったからな……。


「火傷痕じゃなければ傷跡……?」

「俺は生まれた時から呪われていたんだ」

「うーん?」


 私は火傷痕だと思うけど。


「これは醜い呪いなんだ。現に俺が生まれた時、出産に関わった者たちが皆死んでしまったと聞いた。それが呪いじゃなくて何だと言うんだ」

「口封じでは?」

「……」


 だってどう考えたって火傷痕だし。

 多種多様な傷跡を見てきた私が言うんだから、火傷痕か傷跡で間違いないと思う。信じてほしい。……と、言えてしまえば楽なのにね。





 

ブクマ、評価、いいね等ありがとうございます。とても励みになっております。

そしていつも読んでくださって本当にありがとうございます。

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