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「準備は出来たのか! 急げ!」
汗びちゃ男に追い立てられるように、また馬車に乗せられる。
その直後、馬車の外から「上手くやれよ」という汗びちゃ男の声がしたうえで馬の足音も聞こえてきたので、多分汗びちゃ男はどこかへ逃げるのだろう。最低だな。
そして私はおそらく今から第三皇子の元へと連れて行かれるのだろうが、こんなことをして本当に大丈夫なのか?
途中で馬車を飛び降りて逃げたほうがいいのか? と思ったのも束の間、さっきの拉致の時とは違い、馬車に私以外の人間が乗り込んできた。
「は、初めまして、本日付でアンジェリア様付きの侍女になったロミーと申します」
アンジェリア……? あぁ、私が身代わりになる奴か。
「ええと、初めまして」
私が一人で馬車を飛び降りれば、残されたこの子はどうなるだろう?
私一人が脱走するのであれば、あの汗びちゃ男に被害が飛ぶだけなのだろうが、罪のないこの子に被害が及ぶのは申し訳ない。
なんだかおどおどしているもの。私が捨てられた奴であることなんて知っているだろうに。
もっと、なんというか、貴族に捨てられて平民のように育てられたくせにお嬢様ヅラするつもり? みたいなことを言われたら遠慮なく放置して一人で脱走するのだけど。
「ねえ、アクロイド家はなにかやらかしたのでしょう?」
「えっ、あの、はい」
やっぱりおどおどしているもの。
「なぜやらかした家の娘に第三皇子との縁談が? アクロイド家って……伯爵かなんかじゃなかった?」
「え、えぇと、その、ご存じありませんか? 呪いの第三皇子……」
「呪いぃ? 何それ初耳」
「わ、私も、他の侍女さんたちが話しているのを聞いただけなので詳しくは知らないのですが、アクロイド家がやらかした罰としてアクロイド家を完全に没落させるか娘を第三皇子の嫁にするか……って話? らしくて」
「……うーん、なるほど。ところで罰として嫁がされるその娘の侍女にって、あなたは納得しているの?」
「そ……れは」
納得してないやつだな。
いじめられているのか、何か弱みでも握られているのか……?
なんて考えながら、私はそっと彼女の手を取る。
「いじめられてる? それとも弱みでも握られてる?」
単刀直入に尋ねながら、その手にあったあかぎれやささくれ、それから小さな引っ掻き傷を治癒魔法で治していく。痛々しかったから。
「お金が、必要だったんです」
私の治癒魔法を見て驚いたように目を瞠って、それから小さな声で教えてくれた。
高価な薬が必要な病気を患っている家族がいること。その薬代を稼ぐためにアクロイド家の侍女になったこと。いじめられてはいないこと。それどころか彼女の不幸な生い立ちを不憫に思い他の侍女たち皆は親切にしてくれていたこと。そんな皆に恩返しをするためにこの仕事を引き受けたこと。
なるほどね。どちらにせよ私に悪い感情を持っていないみたいだからまあいいとしよう。
傷を治した彼女の掌に、換金すると結構なお金になる宝石を乗せる。貴族のご婦人から貢がれた宝石だ。
「……こ、これは?」
「万が一私の身に何かあったら一目散に逃げなさい。これを換金すればある程度の額になるから」
「そんな!」
「今からやろうとしていることは王族に対する詐欺行為でしょう? バレたらただでは済まないと思うの」
「だからと言って私だけが逃げるなど」
「いいえ。あなただけが逃げるの。それで私たちのことなんて忘れて幸せに生きて」
そもそもこれはやらかしたアクロイド家の問題なのだ。
本来なら捨てられた私だって関係のない話だと思うのだけど、この子にとってはもっと関係のない話。巻き込まれるべきではない。
いや私だって生物学上あの汗びちゃ男が父親ってだけでどちらかというと関係ないんだけどな。都合のいい時だけ娘だとか言い出しやがって。
私の存在なんか忘れちゃってて良かったのにね。
長い時間をかけて、第三皇子の居城へと辿り着いた。
第三皇子と聞いていたし、てっきり王宮にいるのかと思ったが、結構辺鄙な場所に城があるらしい。
呪いとやらのせいだろうか? っていうか呪いってなんだ? 聞いたことないけど。闇の魔法じゃなくて呪い?
「アンジェリア様、姿勢を正してください」
「あぁ、そうだったありがとうロミー」
腹を括ったらしいロミーに背中をぽんぽんと叩かれる。少しだけ気合いが入った気がした。
「初めまして、アンジェリア・アクロイドと申します」
おそらく門番と思われる騎士服の男性にそう言って一礼する。すると彼は訝しげな顔で門を開けてくれた。
その門をくぐったところには、やはり訝しげな顔をした使用人たちと思しき面々がずらりと並んでいる。
耳をすませば「よくもまぁぬけぬけと」といった罵声に近いおしゃべりが聞こえてくる。ごもっともだと思う。私の現状は罪人の娘だもの。
「ようこそいらっしゃいました。どうぞこちらへ」
初老の男性が私を誘導してくださる。
おそらく彼が使用人たちの中でも地位の高い人なのだろう。たぶん。
あの小屋で二人か一人暮らしの経験しかないから使用人という存在の知識がまるでない。侍女という存在だけは、貴族のご婦人たちが連れていたのでなんとなく知っている。なんとなく。詳しくは知らない。
そんなことを考えながら男性の後ろを歩いているわけだが、未だ推定侍女たちのざわめきは収まらない。
好きなようにざわざわしててほしい、そう思っていたのだけれど、一つだけ聞き捨てならない言葉が紛れていた。
「アクロイド家のご令嬢って、あんなに細かったかしら……?」
……アンジェリアデブ説再浮上。
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