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「シェリー先生がローデヴェイク様のこと幸せにしてあげてくださいよぉ~! ほらロミーちゃんも一緒に」
「し、幸せにしてあげてくださいよぉー!」
明らかな悪ノリである。
「私にそんなこと言われても。っていうかリュードさんいつの間に私の事シェリー先生って呼ん」
「ダメでした!?」
「いやいいけど別にいいけど」
めちゃくちゃ食い気味で来たので圧倒されてしまった。
「俺本当に応援しますからね!」
「私も! 私も応援します!」
なんて、リュードさんとロミーに熱く応援されてから数週間ほどが経っていた。
驚くほど静かで穏やかで、私が身代わりでローデヴェイク様のところに行っていたことが嘘だったかのようにいつも通りの日々が続いていた。
本当に本当にいつも通りで、あれ以降ローデヴェイク様には会っていないし、リュードさんからも特に音沙汰はない。
「先生! せーんせい~? 良かった今日もちゃんといたわ!」
あぁそうそう、私がローデヴェイク様のお屋敷から帰って来た時にもいた貴族のご婦人がこうして毎日様子見をしに来てくれるのもいつも通りになっていた。
こちらのご婦人はいつもシミ消しに来てくれていたのだが、もう数週間ほど来ているものだから今や消すシミもなくなっており、ここ数日は日替わりで爪の色を変えていらっしゃる。
本日のカラーリクエストは虹のきらめきだった。時間がかかる色を指定して話し込むつもりのようだ。別にいいけど。
「明日も明後日もちゃんといますよ」
「わからないじゃない? だってあなた宮廷に行っていたのでしょう? 急にいなくなって本当に心配したのよ? またいつ呼び出されるか……」
「そんなに頻繁に呼び出されることはないと思うんですけども」
私がそう答えると、ご婦人は首を捻りながらうーんと呻り始めた。
「まぁでも、そうね……確かあなた、第二皇子のところに行っていたのよね……じゃあもう呼ばれることもないのかしら?」
「え、何でですか?」
「第二皇子がね、婿入りすることになったのよ」
「婿入り?」
嫁が来るんじゃなく、婿入り? と首を傾げていると、ご婦人がにんまりと笑みを作る。
そしてこれはまだ秘密のお話なのだけれどね、と声を潜めた。
「なんでもアープシャン王国の王女様が第二皇子をご所望なんですって」
「アープシャン……」
「そう、アープシャン王国。あの国はね、良質な鉄鉱石がたくさん採れる山をいくつも持っているのよ。それでうちの国もそこからたくさん鉄を買っているし、その鉄がなければ武器も作れなくなるでしょう? だから皇帝陛下も断れなかったのですって」
「へぇ……」
断れなかったということはもう婿入りは確定ということだろう。そして婿入りするってことは、第二皇子はこの国を出るということで、ローデヴェイク様に嫌がらせをすることもなくなるのか!
よかったよかった。いやしかし。王女に婿入りするということはあっちの王族になるってことだから、こっちと完全に切れるわけではないのかな?
「王女様に婿入りするということは第二皇子が王配に?」
「いいえ、アープシャンの国王にはご子息が五人くらいいるからそれはないわね。娘はその王女しかいないからって国王が甘やかし放題で、特に何もしていないけれど伯爵位をもらうとか、他国の王族を婿にもらえばほかの兄弟を押しのけて公爵位がもらえるとか……なんかそんな話じゃなかったかしら?」
あまりにも住む世界が違うもんだから、なにがなんだかよくわからないけれど、とりあえず揉め事が起きそうなことだけはわかる。
「不敬罪になりかねないから大きな声では言えないのだけれどね、第二皇子の恋人たちって皆さん細身ですらーっとした人ばかりだったのよ。でもね、アープシャンの王女はとーってもふくよかなのよ」
ご婦人が両手を大きく広げて「こーんな感じの!」と言っているが、それが本当なら真ん丸である。
「あの、ほら、先日捕まったアクロイド家の娘、あの亡くなった」
「アンジェリア……」
「そう! アンジェリア・アクロイドに似てるそうなのよ」
ローデヴェイク様とアンジェリア・アクロイドを結婚させようとしていた男がアンジェリア・アクロイド似の女と結婚させられる……なるほど、因果応報かな?
「大層嫌がっているそうだけれど、鉄鉱石が絡んでいるものだからねえ」
「第二皇子じゃなきゃダメなんですかね?」
「あっちの王女様がね、絶対に第二皇子がいいって言ってるんですって」
第二皇子も逃げられないのだろうなぁ。
「まぁでも第二皇子がどんなに嫌がっても……皇帝陛下は彼を差し出すでしょうね。第一皇子は後継者で、第三皇子は継承権を手放すんですもの」
「え?」
「え? あ! そう! あなた第三皇子のことも知らないわね! 第三皇子はね、呪いの第三皇子だって言われてたんだけどね、この度めでたく呪いが解けたのですって!」
呪いじゃなかったけどね。
いやそれは知ってるんだけど、継承権を手放すってどういうこと? 追い出されるの?
「それで、呪いが解けて露わになった素顔がびっっっっっくりするほど美しいって話題になってねぇ。今まで知らん顔してた令嬢たちが急に手のひらを返してうじゃうじゃ集まって来たのよ」
そんな虫みたいに……。
「でも皇位継承権を手放して宮廷にも戻らないって言うからまた令嬢たちも手のひらを返して蜘蛛の子を散らすように消えていったらしいわ」
蜘蛛の子だったか……。
「まぁ、私もあの令嬢たちと同じ立場だったら手のひらくるくるしていたかもしれないわねぇ……あ、今日はもう帰るわね!」
そう言って、ご婦人は慌ただしく帰っていったのだった。
それを見送って室内に戻った私に、ロミーがあったかいお茶を用意してくれる。
「ローデヴェイク様は、結局どうなるんでしょう?」
ロミーがどこか心配そうにぽつりと零した。
「皇位継承権を手放すって言ってたわね……」
「皇子様じゃなくなっちゃうってことなんでしょうかね?」
「そういうことなのかしらねぇ」
自分には関わりのない話だから、まったくピンとこない。
そもそも正直なところアクロイド伯爵があんなことをしなければ私とローデヴェイク様なんて一生交わることのないところで生きていたのだから仕方ないだろう。
「ちょっと心配ですね、シェリー先生」
「うーん、でもリュードさんたちもいるんだし、大丈夫なんじゃないかな」
今まで酷い扱いを受けていたみたいだし、彼の今後が大丈夫ならいいな。いや、大丈夫であれ!
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