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「……あ! そういえば言ってませんでしたっけ!」
第二皇子と聞いて驚いていた私やロミーよりも心底驚いた顔をした騎士みたいな人が言った。
そして私たち三人はお互い顔を見合わせる。
それからほんの数秒ほど間があって、騎士みたいな人が口を開いた。
「話すと長くなりそうなんですが」
と。
それを聞いた私とロミーはもう一度顔を見合せ、さらに騎士みたいな人ともまた顔を見合せる。
「よし、じゃあ中に入りましょっか」
私もロミーも、この数日間の彼の言動を思い出し、信用に値すると判断したのだ。だから彼をこの小屋の中に招き入れることにした。
きっとこの人は大丈夫。私たちの味方であると。
あとそもそもこの人嘘つくの下手そう。なんか全部顔に出そう。なんてちょっぴり失礼なことを考えながら、私は小屋の鍵を開けた。
ガチャりとドアを開ければ、嗅ぎ慣れた自分の家の匂いがする。
帰って来ることが出来たのだと安心する匂いだ。
「荒らされた形跡はなさそう……」
私がぽつりと呟くと、騎士みたいな人がふと笑う。
「この家の周りに立派な轍があったんで、きっとさっきのご婦人が定期的にうろうろしてたんでしょうね~」
「あんな豪華な馬車がうろうろしていたのでは泥棒さんも近付けなかったんでしょうね!」
騎士みたいな人の言葉を拾ったロミーも楽し気に笑っている。
「お茶も大丈夫みたい」
「あ! お茶なら私が淹れます!」
「いいのいいの。とりあえず室内全体の現状確認もしたいから。あと私が仕事を再開するまではロミーもお客さんでいていいよ。ってことで二人はその辺で適当にくつろいでて」
そう声をかけて、キッチンに異常がないかを確認しつつお茶の準備をする。
お茶請けのお菓子は残念ながら残っていなかったのでお茶だけになってしまうのだけれど。
「リュードさんがソファにどうぞ」
「いやいや長旅で疲れただろうしロミーちゃんがどうぞ」
「じゃあ並んで座りましょうか」
そんな会話が聞こえていたなとは思っていたけれど、うちの柔らかいと思っていたカチカチのソファに二人が並んでちょこんと座っている姿を見て、私はちょっとだけ笑ってしまった。
あと名前の話のときになんとなく聞き逃していたが、騎士みたいな人の名前はリュードっていうんだな。
「はいはい、お待たせしました」
「ありがとうございま~す」
「ありがとうございます!」
間延びしたリュードと元気なロミー、見た感じは正反対みたいだけれど、基本的に二人ともぽやんとしているから似た者同士なのかもしれない。
「それで俺が第二皇子のとこにいたって話なんですけどね」
おっと直球で本題が飛んできた。
「詳しく教えてもらっても大丈夫なら教えてほしいのだけど」
「詳しく教えるってほどの話でもないんですよね。俺が宮廷で働き始めた頃、弟が怪我の後遺症で苦しんでて。金さえ払えば治療してくれるって医術師を見つけたから金が欲しくて……出来るだけ金払いのいいところで働きたいって言ってたらいつの間にか第二皇子のとこにいました」
いつの間にか、と言ったあたりでちょっと首を傾げていたから、自ら望んで第二皇子の所にいったわけではなさそうだ。
なんか知らんけど第二皇子の所にいたくらいの感じだったのだろうか?
「そんで結果的に俺が断ることを知らずなんでもするもんだから第二皇子がそれを忠誠心と勘違いしたのか俺にスパイみたいなことを……」
はっきりと勘違いだって言ったな……。
しかも勘違いって言ったうえでちょっと嫌そうな顔をしているので普通に第二皇子の事嫌いっぽいな。やっぱり全部顔に出るタイプの人なんだなリュードさん。
「え、忠誠心はまったく……?」
「はい。まったくもってこれっぽっちも。第二皇子のこと金のなる木くらいにしか思ってなくて」
「金のなる木」
「いやだって適当に命令されてそれに従って金貰ってただけで忠誠心が芽生えると思います? 忠誠心ってそんな簡単なもんですかね? いやでも金貰ってたんだからもっと忠誠心を持つべきだったのか……?」
リュードさんが混乱し始めたようだ。
まぁでも忠誠心なんてそんな簡単に芽生えるようなもんでもない……気はするよなぁ。ちょっと私も誰かに忠誠心を抱いたことがないのでわからないんだけれども。
「まぁとにかく、そんな感じでお前は第三皇子のところで働いて第三皇子の動向を報告しろって言われたから素直にあのお屋敷に行ったわけですよ」
「なるほど」
「当時は俺もバカ正直だったし……いやそもそもバカだったから呪われた第三皇子の話も信じてて最低な奴だったと思うんですよね。でもローデヴェイク様は怒るわけでもなく悲しむわけでもなく普通に接してくれて」
おそらくその時すでにローデヴェイク様は呪われた第三皇子と言われることやそういう扱いをされることに慣れていたんだろうな。
「そんで一応第二皇子に報告しなきゃいけないからローデヴェイク様の近くで仕事をし始めたわけだけどあの穏やかで優しい人柄でしょ? 俺なんかあっという間にローデヴェイク様の虜ですよ。第二皇子のとこで仕事してた時なんか金の事しか考えてなかったのに、ローデヴェイク様のところで働き始めたら金よりローデヴェイク様のことを考えながら仕事するようになってこれが忠誠心! って気づいてローデヴェイク様に第二皇子から言われたことを全部話しました」
一瞬にして裏切られる第二皇子……! まぁでも仕方ないか。忠誠心を育てられなかった第二皇子が悪いか。
「第二皇子の話を聞いたローデヴェイク様は、俺たちのもめ事に巻き込んでしまって申し訳ないって言って第二皇子に報告する用の原稿も一緒に考えてくれて」
「一緒に!?」
「はい。こうやって書いておけばあいつも満足するだろうって言いながら一緒に。ローデヴェイク様の思った通り第二皇子も満足してたみたいで特に文句を言われることもなかったですね」
第二皇子の事はよく知らないけれど、ローデヴェイク様のほうが一枚も二枚も上手なんだろうなということはよくわかった。
「こうして二人を送り届ける任務を俺に与えてくれたのも、俺が第二皇子と会わないように配慮してくれたからなんですよね。ローデヴェイク様が」
「ローデヴェイク様の配慮があまりにも手厚い……!」
「でしょ! そんなローデヴェイク様が今ごろあの第二皇子と会って嫌味とか言われてるのかもと思うとちょっと心苦しいんですけどね……」
「確かに……。大丈夫かな、ローデヴェイク様」
「ご友人も一緒にいるらしいんでそこまで酷いことを言われることはないでしょうけど……」
そのご友人とやらの頑張りと、それから私があの子に託した因果応報の魔石プレートがちゃんと働いてくれることを祈るしかない。
「ローデヴェイク様が酷いこと言われてたとしたら慰めてあげてくださいよシェリー先生」
「え、私? いやでももう会えないでしょうし」
「いや絶対シェリー先生が慰めてあげるべきだと思います。ね? ロミーちゃんも思いますよね?」
「あ、はい! 私もそう思います!」
突然リュードさんにシェリー先生と呼ばれ始めたのもびっくりだし、ロミーがめちゃくちゃノリノリで頷いていることにもびっくりだった。
いやしかし……慰めるくらいならいくらだって出来るけれど、どう考えたって二度と会えないでしょう。
会いたいなって、思っていたとしても。
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