15
火傷痕を消した日から約一週間が経過した。
この一週間、ローデヴェイク様の呪いが消えた、とお屋敷内はお祭り騒ぎ状態だ。
ローデヴェイク様本人も嬉しそうだけれど、お屋敷内で働いていると思われる皆さんが揃いも揃って浮かれている。
私はというと、そんなお祭り騒ぎ状態を見て、こんなに大勢の人を喜ばせることが出来て本当に良かったなと安堵していた。
神だ女神だ聖女だともてはやされるのは、ちょっとご遠慮願いたいが、皆さんがそれだけ騒ぎたいのなら否定して水を差すなんてことは出来ない。だからへらへらと笑うことでのらりくらりと躱している。
ローデヴェイク様の経過も良好だった。
火傷痕が消えた翌日あたりから痒みも落ち着き、痛みもなければ突っ張る感じもなくピンピンしている。
この調子であれば、もう私は用済みだろう。いつ何が起きても大丈夫。多分。
「ローデヴェイク様!」
廊下から、執事的な人がローデヴェイク様を呼ぶ声がした。
廊下から部屋まで響き渡る声ということは、相当な声量だ。その上声色もなんとなく不穏だった気がする。何かあったのだろうか?
なんて思っていたところ、廊下が騒がしくなってきた。なんだかバタバタしているようだけど。
廊下に出ても大丈夫かな? と、立ち上がったのとほぼ同じタイミングで、コンコンコン、とノックの音がした。
「シェリー様!」
ロミーの声だった。
「どうしたの?」
バタバタと転がり込むように入って来たロミーが、縋るように私の両腕を掴む。
「あの、そのっ」
「落ち着いて」
「はい、あの、アンジェリア様が、亡くなりました」
お祭り騒ぎから急転直下、とんでもない人物の訃報が飛び込んできたらしい。
それはともかくとして、肩で息をしているロミーがそのまま過呼吸になりそうな勢いでちょっと怖い。
私はロミーを落ち着かせるために、ゆっくりと彼女の背中をなでる。
「シェリー様は、大丈夫なのでしょうか?」
泣きそうな顔でそう尋ねられたけれど、私は何も答えられなかった。だって、多分大丈夫じゃない。
死ぬ覚悟は出来ていたし、最後の大仕事も成功させた。だからいつ処刑されても大丈夫だ。そう思っていたはずなのに、実際死の足音が聞こえてきたら、やはりちょっと怖いものなのだな。
どうしたものかと思案していたところに、執事的な人がやってきた。
「ローデヴェイク様がお呼びです」
人間の顔ってここまで青白くなるもんなんだな、と思ってしまうくらいの顔色をしている。なるほど、これが顔面蒼白。
そんなことを考えていた私が連れてこられたのは、ここに来た最初の日に通された部屋だった。あのふわっふわのソファがある応接室らしき部屋だ。
私の役目は、この部屋に始まりこの部屋に終わる、そんな感じかな。
「帰り道は分かるか?」
「なんですって?」
アンジェリアの死の詳細を聞かされるもんだと思っていた私に飛んできたのは、なんとも不思議な問いだった。
「元々住んでいた場所までの帰り道は分かるか?」
「え、ええ、まぁ、多分」
拉致されるように連れてこられたけれど、一応小屋までの帰りかたくらいは分かる、と思う。
「じゃあ今すぐ帰ったほうがいい」
「え、いや……ん?」
帰ったほうがいい、とは?
「アンジェリアが死んだ」
「……なんか、そうらしいですね」
「ベルミアン修道院の側の川に浮いていたらしい」
「おぉ……さすが人生終焉の」
「ここに嫁いできたはずのアンジェリアがこことはまったく関係のない土地で遺体となって発見されたということは、俺に対する嫌がらせが完遂されていないということ。そしてそれにアイツが気が付くということでもある」
「……あぁ」
このローデヴェイク様とアンジェリアの結婚の言い出しっぺは第二皇子だって言ってたっけ。やっぱ嫌がらせだったんだ。
「アイツが、ここに、現状を確認しに来るらしい」
アイツ、とは第二皇子のことなんだろうけど、わざわざ確認しに来るってことは……暇なんだろうか?
「だから、逃げろ」
「は……え?」
逃げろ? いやいや私は悪事の片棒を担いだんだから逃げちゃまずいでしょう。と言いたいところだったが、この場にいる全員の目がマジである。
「ここにいたら、確実に殺されるだろう」
「そりゃそうでしょう。私だって初めからそのつもりで」
「いや、逃げろ」
「いやいや無理でしょ。だって私が逃げたらローデ」
「逃げろ! 俺は恩人を見殺しにするようなクズではない!」
やっぱり目がマジである。
「そんな、でもバレたら」
「ここにアンジェリアは来なかった。呪われた俺のところには、誰も来なかったんだ。大体いつもそんなもんだから、アイツもその話を信じるだろう」
ローデヴェイク様の声色が暗くなった。
火傷痕が消えてからずっと、なんだかちょっと嬉しそうで楽しそうだったのに。
「大丈夫、いつものことだ」
そう言ってにこりと笑ってくれたけれど、その声色が全然大丈夫じゃないんだよなぁ。
「大丈夫。俺はもう我慢をしないと決めた。だから、頼むから逃げてくれ」
何度も何度も念を押すように大丈夫だと言われ、懇願するように逃げろと言われ、それでもなお拒否するなんて、私には無理だった。
「わかりました」
私が頷くと、ローデヴェイク様も満足したように頷いた。
「この屋敷の地下には有事の際に使うための地下道があるんだ。そこから逃げるといい。幸い今日は俺が招いた客人が来る予定だから、どさくさに紛れて逃げればバレることはないだろう」
「客人、ですか」
「ああ。俺の唯一の友人でな。結婚が決まったというから、奴の結婚祝いと俺の解呪祝いを一緒にって話だったんだ」
「折角のおめでたい日に……」
まさかアンジェリアの遺体が浮かぶだなんて。
「……ま、嫌がらせの確認に来るほうからしてみれば、こっちがのほほんとお祝いパーティーをやっていたほうが面食らうだろう」
「それはまぁ、確かに」
「しかも知らぬ間に俺の呪いは消えているわけだからな」
「それもまぁ、確かに」
ローデヴェイク様、ちょっと楽しくなってきてない?
いや別にローデヴェイク様が傷つかないならなんでもいいんだけれども。
「祝いの席に解呪の立役者がいないのは残念だが、恩人を失うわけにはいかないからな。だから、無事に逃げてくれ」
そっと差し出された手を、私は強く握ったのだった。
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