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「……?」
むくりと上半身を起こして、騎士みたいな人から手渡された鏡を覗き込んだローデヴェイク様が、訝し気に首を傾げている。
「これは……どういうことだ?」
火傷痕が消えた、ただそれだけのことなのだけれど、まだ理解出来ていないらしい。
「火傷痕、消えましたよ」
私がそう言えば、ちらりとこちらを見てから、また訝し気に首を傾げる。
そうしてゆっくりと鏡に視線を戻し、やっぱり訝し気に首を傾げる。
「これは……俺か?」
ローデヴェイク様は鏡に向かってそう呟いた。誰に話しかけるわけでもなく、ただ独り言を零すように。
しばし鏡の中の己と見つめ合っていたローデヴェイク様だったが、ふと己の頬に触れた。そして本当に小さな声で「ない」と言った。
やっと理解し始めたのかな、なんて思いながら動向を観察していると、驚いたような顔をしてこちらを向いた。
「消えた……のか!?」
「はい」
「消えたのか!?」
「消えましたね」
淡々と答えていると、ローデヴェイク様が鏡で首元あたりも確認し始めた。
己の皮膚をぺたぺたと触り、何度も何度も「ない!」と言いながら確認している。
口角が上がっているようなので、喜んでいるようだ。良かった良かった。
「ローデヴェイク様」
「なんだ!?」
声を掛けたらテンション高めの返事が飛んできた。よほど嬉しいらしい。
「どこか違和感はありませんか?」
「生まれた時からあったものが消えているから違和感しかないが」
「そういう違和感じゃなく痛みとか」
「……あぁ! 痛みはないが、痒い」
違和感ってそっちか、とちょっと照れ笑いを零したローデヴェイク様はちょっと可愛かった。
「痒みだけを止める治癒魔法がまだ見つからないんですよね。だから痒みは我慢していただくとして、首を回してみてもらえますか?」
私がそう言うと、ローデヴェイク様は素直に首を右へ向けたり左へ向けたり、上を向いたり下を向いたり、一通り動かしてみてから勢いよくこちらを向く。
「痒み以外はなんともないな」
「少し触れてみてもいいですか?」
「ああ」
「失礼します」
ローデヴェイク様の許可が下りたので、私はそっと彼の頬に触れる。そこから顎、首筋、鎖骨へと手を滑らせていると、くすぐったかったらしくちょっと避けられた。
「痺れや突っ張る感じはなさそうですか? 熱を持った感じとか」
「そうだな、本当に痒み以外はなんともない」
よほど痒みが強いと見える。
しかし広範囲かつ年季が入った火傷痕だったから、痒みのほうが強いのは仕方がないだろう。
そんなことを考えながら、こちらの立ち位置を変えて、角度を変えつつ皮膚を確認していく。
見た感じ色魔法の失敗もないようなので、痺れも痛みも熱もないなら今のところは大丈夫かな。
「大丈夫そうですね」
「あぁ、大丈夫だ……」
このまま痛みも出ず違和感もなく、なんともなければ私の最後の大仕事はこれで終わりだ。
寝ぼけていた様子ではあったものの、喜んでもらえていたのは確実みたいだから、いい仕事が出来たってことでいいのだろう。
「……しかし、本当に痒いんだな、これ」
……よほど痒みが強いと見える。
「寝ている間に掻き毟ろうとしなかったか?」
ローデヴェイク様は騎士みたいな人に向けて声を掛けた。
「何度かもぞもぞしていましたよ。でも大丈夫です。しっかりと押さえていましたから!」
騎士みたいな人がドヤっている。あと執事的な人はいつの間にか泣き止んでいたし、ローデヴェイク様を見ながら菩薩のように微笑んでいる。
「そうか。ありがとう」
「いいえ! 俺は俺の仕事を全うしただけですので」
全力でドヤっている。
そんなドヤ顔を見て、小さく笑っていたところ、ローデヴェイク様が「そういえば」と小さな声で零した。
「眠っている間、夢を見たんだ」
ローデヴェイク様は顎に手を当てながら、何かを考えるようなそぶりを見せつつ、起こしていた上半身をもう一度ベッドへと預ける。
ふわっふわの枕がぽすんとローデヴェイク様の頭を受け止めた。
「夢の中でも痒くて痒くて仕方がなかったんだが、もう耐えきれないと思った時に……女神が現れた」
超高速新陳代謝の痒みって夢の中にも侵食してくるんだ……。あぁやっぱり痒みの治しかたももっとちゃんと勉強しておくべきだったな。
「女神ですか?」
私がぐるぐると後悔していると、執事的な人が相槌を打っていた。騎士みたいな人は首を傾げながらローデヴェイク様の次の言葉を待っている。
「女神が俺の頭をなでながら癒しの歌を歌ってくれると、痒みが落ち着く……そんな夢だった」
ふと視線を感じたのでそちらを向くと、騎士みたいな人がこっちを見て楽しげな顔をしていた。
あれか、私が寝ているローデヴェイク様の頭なでてたからか。
出来ればバレないようにしておいてほしい。だって女神だと思ってたら私でしたなんて、可哀想じゃん。ガッカリするよ。
あと頭なでられて落ち着くなんて猫みたいだとか言ってたし、騎士みたいな人も私も一緒にまとめて不敬罪だよあんなもん。
「そして女神は言うんだ。今までよく頑張ったね、と。もう何も我慢することはない、と」
ローデヴェイク様がそう言うと、執事的な人がまたしてもしくしくと泣きだした。
「ええ、ええ。ローデヴェイク様は生まれてから今までよく頑張ってきました」
そんな執事的な人の言葉を聞いたローデヴェイク様は、今までに見たことのないような穏やかな顔で微笑んでいた。
そしてしばしの沈黙が流れた後、ローデヴェイク様はそっと自分で自分の額に触れる。
「……今までこの呪いのせいで俺に触れようとする人間などいなかったし、俺なんかに触れられたくなどないだろうと思って他人を避けていたが、人との触れ合いというのは、存外心地がいいものなのだな」
ローデヴェイク様はぼんやりと天井を見上げたまま、自分の額に触れていた手をそっと滑らせて、つい数時間前まで火傷痕があった頬に触れた。
なんと返答すべきか分からなくて、私はもちろん執事的な人も騎士みたいな人も何も言えないでいると、ローデヴェイク様が苦笑を零しながら口を開いた。
「人との触れ合いも、今後は我慢しなくてもいいのだろうか?」
ローデヴェイク様からのその問いかけに、なんと答えたらいいのか分からない我々だったけれど、我慢することも出来なくて。
騎士みたいな人はローデヴェイク様の手を強く握り、私はローデヴェイク様の髪をわしゃわしゃとなでていた。
ローデヴェイク様は照れ臭かったのか、顔が真っ赤になっていたけれど、室内の空気はとても穏やかだった。
BGMが執事的な人のすすり泣きなのがちょっと、玉に瑕ではあったけれど。
……いや執事的な人、泣き過ぎでは?
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