12
色魔法の作業が半分ほど終わったところで、極度の眼精疲労と首の激痛に気が付き頭を上げた。
ぐーっと顔面を上に向けると、首からみしみしと嫌な音がする。
そのまま首を右に傾げるとバキバキと音がして、さらに左に傾げるとボキボキと音がした。痛い痛い。
「大丈夫ですか?」
その音を聞きつけた騎士みたいな人が声を掛けてくれた。
彼の顔を見れば、やっぱり心配してくれているような純粋で綺麗な瞳がこちらを見ている。
この人は本当に優しい人だな。こんな罪人クソ野郎ことアクロイド伯爵の子ども相手にこんなにも心配してくれるだなんて。
主人であるローデヴェイク様の呪いこと火傷痕を消しているとはいえ、別に命の恩人というわけでもないのに。
さらに私がこの先処刑されるかもしれないって知ってるはずなのに。
こんなに優しい人に出会ったのが初めてだから、理解が追い付かない。
「おっと」
考え事をしていたところ、騎士みたいな人が驚いたような声を零した。
どうやらローデヴェイク様の手が動いたらしい。
ちょっとしかめっ面になっているので、痒いのだろう。
私がこの痒みだけに効く治癒魔法を使えれば良かったのだけれど、どうしても痒みを止めると超高速新陳代謝も止まってしまったり自己治癒力の邪魔をしてしまったりするのだ。
だから我慢してもらうしかない。
申し訳ないな、と思いながら、皺が寄ってしまった眉間を前髪ごとそっとなでる。
するとローデヴェイク様の表情が少し柔らかくなった気がした。
それにしたって長い前髪だ。きっとこの呪いと言われた痣を隠すためなのだろう。折角整った顔をしているのに隠すなんてもったいないな、なんて思いながらもう一度なでれば、ほんの少しだけ口角が上がった。
いやいやいやいや微笑むローデヴェイク様めちゃくちゃ美人なんだけど! 男性の顔面を見て美人だと思ったのは初めてだけれど、いや本当にマジで美人。
これはこの火傷痕を消した後、隠すものがなくなったところで前髪を切って笑顔を晒し散らかせば彼の立場も名誉もすぐに取り返せるだろうし女だって落とし放題だわ。
これはこれは私も気合いが入っちゃうな。
サービスでシミなんかも消してあげよう……と思ったけどこの人シミ一つないめちゃくちゃ綺麗な肌をしている……!
「どうかしましたか?」
ローデヴェイク様の顔面を眺めながらあれこれ考えていたら、騎士みたいな人に声を掛けられた。
「いや、ローデヴェイク様の肌、めちゃくちゃ綺麗だなと思いまして」
「ああ、言われてみれば」
「……さてさて、どうやら痒みも落ち着いたようですし、再開していきますね」
「はい」
顔面眺めてる場合ではないんだったわ。
気合いを入れなおした私は、そこからは邪念を捨てて色魔法だけに集中した。
無駄口を叩くこともなく、余計なことを考えることもなく、ただただ作業に集中した結果進捗70%くらいまできたところ。
またしてもローデヴェイク様がしかめっ面をしながらもぞもぞし始めた。
痒みが強くなってきたのだろう。
騎士みたいな人がちょっと引っ張られていたのでさっきよりも強そうだ。
「もう少しで終わるので、頑張ってください」
「はい、頑張ります!」
私が声を掛ければ、気合いの入った声が返ってくる。頼もしくて何よりだ。
「ローデヴェイク様も頑張ってください」
気合いの入った声は眠っているローデヴェイク様にも向けられているらしい。
「うん、頑張ってくださいねローデヴェイク様。もう少しですからね」
私も彼に釣られるようにローデヴェイク様に声を掛けた。
するとほんの少しだがしかめっ面が和らいだ気がする。声を掛けるって結構大切なのかもしれない。眠っている相手ではあるものの。
ただしかめっ面は和らいだけれど、騎士みたいな人の腕にめちゃくちゃ力が入っているので、掻き毟ろうとする強い意思には変わりがないらしい。
「大丈夫ですか?」
「想定よりも力強くて驚いていますが大丈夫です。腕力だけには自信があるので」
ぜひとも腕力だけでなく人柄にも自信を持ってほしい。
しかし彼がいつ他の人と交代するのか分からないし、彼の体力が消耗するのはいただけないな。なんとか出来ないものか。
「あ、そういえばさっきは前髪なでたら落ち着いてたっけ」
私はそう呟きながら、ローデヴェイク様の前髪をそっとなでる。
第三皇子相手に、許可もなく前髪をなでるなんて怒られてもおかしくないくらいなのだが、背に腹は代えられないもの。
「お、やっぱりちょっと力が抜けましたよ」
思った通りだったのか、騎士みたいな人がほっとしながらそう言った。
「よーし、じゃあこのまま残りもやってしまいましょうね」
残りは30%程度だし、もう一息だ。
なんて思っていると、騎士みたいな人が「ふふ」と笑いを零した。
「どうしました?」
「いえ、頭をなでられて落ち着くローデヴェイク様が、ちょっと面白くて」
失敬だって怒られない? と思いつつ何か適当な相槌を探す。私が思っていたのは「面白い」ではなかったから。
「面白いというか、可愛らしいなとは思いました。正直なところ」
「確かに可愛らしいですね。猫みたいで」
「んふっ」
猫はさすがに笑うからやめてほしい。
「いや、あの、面白いとか猫みたいとかはともかくとして、これだけイイ男なのに可愛い一面もあるなんてモテそうですよね」
笑ってしまった分フォローをしなければ、と必死で考える。
別に今のこの話は騎士みたいな人しか聞いていないとはいえ、なんだか眠っている皇子を見て笑っているというのは居心地が悪いから。
「あぁ、確かに呪いが消えれば、きっと盛大におモテになるでしょうね」
「高位貴族の人とか、どこか別の国のお姫様とか、そういう人と結婚したりとか?」
「そういうこともあるんですかねぇ」
「すごいですねぇ」
別世界のお話ですねぇ、なんて微妙に盛り上がった。
「幸せになってくれたらいいですね」
「そうですね」
今まで散々苦労してきたみたいだし、きっと幸せになってくれるはずだ。
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