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無事、火傷痕を消すことが出来た。
ふと視線を窓の外にやると、とっぷりと日が暮れている。
その視線をそのまま時計に流してみたところ、かかった時間は……まぁやっぱり半日くらいか……な?
周囲の人たちが「長かった」とざわざわしているけれど、半日と言っても過言ではないくらいだ。大丈夫。
そもそも半日の定義ってよく分からないもんね。
一日の半分は12時間だけれど、取引先から「半日でやって」って言われたら午前中いっぱいで終わらせなきゃいけないとか、そういうこともあるもんね。あぁ嫌な前世を思い出しかけた。忘れよう。
「ぐすっ、うっ」
背後からぐずぐずと聞こえてきたと思えば、ローデヴェイク様を覗き込む初老の男性使用人さん……執事的な人が涙を流していた。
「大丈夫ですか」
「ええ、ええ大丈夫です。こんなにも綺麗になって! ぐすっ」
泣くほど嬉しいらしい。
「これで終わりではありませんよ」
「へええ?」
それはそれは、とても間抜けな声だった。
執事的な人はこれで終わりだと思っているらしいが、私的にはまだ終わっていない。
だって、まだ火傷痕を消して超高速新陳代謝を促しただけだもの。
新陳代謝を促した肌は、生まれたてのぴちぴちなのだ。他の皮膚と色が違う。
色魔法を駆使する者として、このまま出来上がりだなど言えるわけがない。そんなの私のプライドが許さない。
「これで終わりではありませんが、ちょっと休憩させてください」
「あ、どうぞどうぞ」
「ローデヴェイク様が掻き毟らないように、そっと手を押さえてあげていてくださいね」
「はい!」
執事的な人の元気なお返事を聞いてから、私は座ったまま両腕を真上に上げて「うーーーーーん」と大きく伸びをする。
首、背中、腰がバキバキと音を立てた。いてぇ。
「お茶です」
「あーありがとうロミー! わぁ、温かいお茶嬉しい! 仕事の後に温かいお茶を用意してもらえるって最高……!」
普段はあの小屋でぼっちなもんだから誰も用意してくれないし自分でも用意しないのよねぇ。
私以外の誰かがいればお茶を淹れるくらいいくらでも出来るのに自分のためだと思ったらめちゃくちゃ面倒臭くなっちゃうんだもの。
「普段は冷たいお茶を飲んでいらっしゃるのですか?」
「いいや、水」
そう短く答えたところ、なんだか可哀想なものを見るみたいな目で見られた。
いやだって自分のためにわざわざ用意するのめんど……いや、うん、そのくらい用意するべきだよね。うん。うんうん。
こんなところで己のずぼらっぷりが露呈することになろうとは。
その後ロミーを部屋に下がらせ、眠るローデヴェイク様を周囲の人たちにお任せしてから近くに置いてあったソファで仮眠をとらせてもらった。
ベッドじゃなくていいのですか、という問いに「ソファで平気」と答えた時もなんだか可哀想なものを見るみたいな目で見られた気がするけれど、もう気にしないことにした。
いいんだ、もう。私はずぼら。そういうことだ。
「ふあぁ……、どんな感じ?」
「あ! ローデヴェイク様はぐっすりです」
私が眠っている間に人員の交代があったようで、今はいかにも腕力自慢といった風貌の、騎士みたいな人がローデヴェイク様の側についていたらしい。実に頼もしい。
ちらりと周囲を確認してみたところ、二人ほど座ったまま仮眠をとっている。
「じゃあそろそろ再開しますかねぇ」
もう一度あくびを零しながらそう呟く。
「まだ一時間ほどしか経っていませんが」
「一時間も眠れば大丈夫大丈夫」
「でも眠くないですか?」
「多少眠い」
「そうですよね」
騎士みたいな人が心配そうな顔でこちらを見ている。
多少眠いとはいえ心配しなくても治癒魔法も回復魔法も色魔法も失敗したりしないからローデヴェイク様なら大丈夫だよ。
「せめてもう一時間くらい眠りませんか? 俺、きちんと起こしますし」
「大丈夫大丈夫。この治療が終わったら眠りますし」
アクロイド伯爵次第では永遠に眠ることになりますし! なんてね!
「身体を壊しませんか?」
なぜそんなにも私を眠らせようとするのか、という純粋な疑問を持ったまま騎士みたいな彼のほうを見ると、そこには心底心配した様子でこちらを見る純粋で綺麗な瞳があった。
この人が心配しているのはローデヴェイク様のことだと思っていたのだけれど、どうやら私を心配しているらしい。おそらく。多分。
人に心配されたのって、初めてかもしれない。ちょっとだけほっこりした。
「大丈夫ですよ、このくらい」
前世じゃ平均睡眠時間2時間みたいな生活を数ヵ月続けていたこともあるくらいだし、ちょっと眠らないくらいで身体を壊すこともない。多分。
「早く綺麗にして、皆さんに喜んでもらいたいですから」
そう言って笑って見せれば、彼は腑に落ちない顔をしながらも納得したように頷いてくれた。
綺麗な言葉で納得してくれるタイプの人で良かった。こちとら時間がないのだ。
この替え玉がいつバレるかも分からない。アクロイド伯爵がいつ処刑を言い渡されるかも分からない。
折角ここまで治したのに、こんな中途半端なまま私が急に拉致されて処刑されるなんてことになったら、死んでも死にきれない。それこそ私のプライドが許さないのだ。
私は一つ頷いて、テーブルに用意してもらっていた冷たいお茶を飲んでから己の両頬をパチンと叩いた。気合いを入れるために。
ここからは色魔法を使って肌の色を整えていく作業だ。
火傷痕のない綺麗な部分の肌と、今火傷痕を治した部分の肌の色を馴染ませていくだけの単純作業。
綺麗な部分の肌の色を色魔法で拾って火傷痕を治した部分の肌の上に乗せて、境目が目立たないように馴染ませる。そしてまた拾っては乗せて馴染ませる。拾っては乗せて拾っては乗せて……。
魔法なんだし指をぱちんと鳴らしただけで全部が綺麗になればいいのに、と思いながらちまちまちまちまと細かい作業に没頭するのだ。
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