10
ローデヴェイク様側の準備が整ったのは、それから二日後のことだった。
ローデヴェイク様は基本的にベッドの上で過ごしてもらうこととして、不測の事態が起きた時に対処する人たちを集める。
「ここまでの大きな傷跡を治すのは初めてですので、何が起こるか分かりません。皆様気を抜かずにお付き合いください」
私の言葉に、その場にいた皆さんがこくりと頷く。
「痒みが出るのは確定なのだろう?」
ローデヴェイク様に問われた。
「はい。痒みは確定です」
「痛みは?」
「痛みはないと思います」
今まで痛いと言われたことはない。しかしここまでの火傷痕を相手にしたことがないので何とも言えない。それが本音である。
そしてとにかくとっととやってみたい、それも本音である。
「それでは、ローデヴェイク様はいつでも眠れる体勢になっていただいて、ローデヴェイク様の関係者の皆さんは眠ったローデヴェイク様が無意識で体を掻き毟らないように注意しつつ、私が良からぬことをしないように見張っていてくださいね」
その一声で、ローデヴェイク様はベッドへ。周囲の人たちも配置につく。それを見た私はベッドサイドに用意してもらった椅子に腰を下ろした。
さて、まずは色魔法で、呪いだと言われていたこの黒を消そう。
右手に己の魔力を集めて、ローデヴェイク様の火傷痕にくっついている黒い色を拭うように消していく。
私の色魔法と誰かが残した黒い色魔法が反発し、その反発のたびにキラキラと小さな星が瞬くような光を放っては消える。
その黒から、ほんの少しだけ当時の記憶が私の中に流れてきた。
それは呪う気持ちでもなく悪意でもなく、明確な恐怖だった。
こんなことになるとは思っていなかった、私のせいでこの子が死んでしまう、そんな恐怖。
この火傷は、きっと故意ではなかったのだろう。
ローデヴェイク様が犯人を知りたいとは言わなかったから、これ以上覗くわけにはいかない。しかし、やはりこれは呪いではなかった。それは確かだ。
「うん」
あの禍々しい黒はとりあえず消えた。色魔法で念入りに確認もした。
「おぉ……!」
一部始終を見ていたローデヴェイク様の関係者さんたちから小さな歓声があがる。
黒が消えただけでも随分見違えるものね。
「さて、ここからは時間がかかります。眠くなったらいつでも眠ってくださいね」
「ああ、分かった」
「今のところ痛みはありますか?」
「ない。心地いい」
それなら良かった、と私は少し微笑んで頷いて見せる。
まぁ色魔法を使っただけだから痛みなんか出るはずもないんだけどね。でもなんかローデヴェイク様がずっとこっちを見ているので、話しかけないわけにもいかないかなっていう空気だったから。
貴族のご婦人たちは「さっさとやってくださる?」みたいな人が多かったし、こちらを見る人はあまりいなかった。そんなわけで、なんとなく落ち着かない。
「……そういえば、人に触れられたのは本当に久しぶりだ」
しばしの沈黙が続いた後、ふとローデヴェイク様が零した。少し眠そうな声で。
火傷痕を消すためではあるのだけれど、上半身をこれでもかというほど晒した状態での眠そうな掠れ声は色気がだだ漏れだ。
この人はこの火傷痕を消して、呪いの話を払拭さえすれば女なんか落とし放題だな。そもそも第三皇子だしな。
「とても心地がいい」
「それは良かったです」
穏やかな声を心掛けつつ相槌を打つ。
もちろん手を止めることはない。
手のひらに自分の全魔力を集中させて、ローデヴェイク様の火傷痕に当てていく。そうして火傷痕に直接治癒魔力を流し込み、魔力ごと火傷痕をぺりぺりと剥がしていくイメージで。
そして剥がすのと同時に、その下の皮膚には回復魔力を流す。回復魔法によって新しい皮膚に超高速新陳代謝を促していくのだ。
この作業を全ての火傷痕に施すので、やっぱり半日から一日がかりになるだろうな。
ただ範囲は広いが深くはないようなので、半日で終わりそうな気もする。
「ちょっとねむくなってきた」
「いつでもどうぞ」
とりあえずローデヴェイク様が全然嫌そうじゃなくて良かった。
そんなこんなで治癒魔法と回復魔法の同時打ちを黙々と続けていたところ、わりとすぐにすやすやと穏やかな寝息が聞こえてきた。
寝顔も今のところ穏やかそうである。
「痛みはないようですね」
近くにいた人に声を掛けられたので、私はこくりと頷いて見せる。
「今のところ痒みもないのでしょうか?」
「まだ強くはないんでしょうね」
例の超高速新陳代謝が痒みの原因なので痒みが出始めていてもおかしくはない。
痛みだの痒みだの、感覚は人それぞれだから、この時点で痒いと騒ぐ人もいるし最後まで我慢し続ける人もいる。感じかたには個人差がありますってやつだ。
「それにしても、すごい魔法ですね」
「そうですか?」
「見た感じ、二種類以上の魔法を使っていますよね?」
「そうですね、使ってます。技術を磨かないと生きていけなかったもので」
しかし二種類同時打ちがこれといって難しいわけではない。皆がやろうと思わないだけで、やろうと思えば出来るものなのだ。
まぁそんなこと誰にも教えてやらないんだけど。商売敵を増やすわけにはいかないからね。それに後継者もいないし。
私がいなくなれば、常連さんである貴族のご婦人たちは困るだろうけれど、きっとすぐに私の存在なんて忘れてしまうだろう。
多分、それでいい。
他人との縁が薄い人生だった、ただそれだけのことだ。
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