The Sixth Day -A reality ∽ fairy tale-
物語も終盤です。読者のかたも頑張ってください!
8/16 ルビの修正
空は昨日の雨によって澄み渡っていた。
雲はひとつもなく、青空が広がっている。その中に一つだけ光り輝く太陽は今日も地上に光を降り注がせる。
……とりあえず暑い。
昼からコンビニの前で夏樹をずっと待っているのだが、一向にくる気配がない。
手紙にまた明日、と書かれていたのだからくると思っていたのだが、集合場所が違うのだろうか?
それならそうと書いてくれなければ、俺もわからないのだが。
「ワタルおにいちゃーーん!」
今日こそはいつかみたいに意地を張らずにコンビニで涼むか、と考え始めたときに夏樹の声が聞こえた。
横を見ると、夏樹が大きく手を振りながらこっちに走ってきている。その服装はいつもの白いワンピースではなく男物の服装。つまりは俺の服だった。
「待った?」
「待った? じゃねえよ。お前、昨日は勝手に帰りやがって」
「えへへー、ごめんね。用事を思い出しちゃったから」
「用事って何だよ?」
「え? えっと……お昼寝、とか?」
聞かれても困る。
「まあ、もういいよ」
俺はため息をついて、近くにおいておいた手提げ袋を夏樹に渡す。
「? なにこれ?」
「お前の服だよ。昨日は俺の服着たまま帰っただろ?」
「……あっ、ほんとだ」
全然気づいていなかったらしい。いや、なにかしらわかるだろう。なんだかやけにごわごわするとか、なんだか風通しが悪いとか。
「とりあえず、洗っておいたからちょっとコンビニのトイレの中で着替えて来い」
「はーい♪」
夏樹は手提げ袋を受け取ると、コンビニの中に入っていった。
ブルルルルル。
携帯のバイブレーションがズボンのポケットの中で鳴る。
携帯を取り出して、電話の相手が一哲だということを確かめてから電話に出る。
「もしもし」
『早速だが、今日は暇か?』
なんの挨拶もなしに一哲が聞いてくる。
「早速すぎるな。まあ、暇だけど」
『なら、今日はほかのやつらも予定があいているらしいから、久しぶりに全員集合しないか?』
「おお、いいな。ここ最近はなんだかバラついてたもんな」
俺は夏樹と一緒に行動していたときに、ばらばらとほかのメンバーには会っていたのだが、それでも全員集合ということはなかった。
『うむ。とりあえず集合場所はコンビニの前でいいか?』
「わかった。今ちょうどコンビニいるからなるべく早くこいよ。あっ、夏樹もいるけどいいか?」
『無論だ。それじゃ、なるべく早くそっちに行く』
それを最後に、俺は「じゃあな」といって電話を切った。くるまでの時間、今度こそはコンビニの中で涼みながら待っているとしよう。
「着替えてきたよー」
夏樹がコンビニの中から出てくる。服装は白いワンピース。やはりこちらのほうがしっくりくる。
丁寧に折りたたまれた俺の服が入っている手提げ袋を俺に返してその場に座る。
「そうだ、今から一哲たちがくるってよ」
「ほんと? やったやったー!」
ぴょんぴょんととびはねる夏樹。コンビニの中にいる店員がなんだかものめずらしそうな目で見ていたのは気にしない。
と、そういえば俺はまだ聞いてないことがあった。
「そういえば夏樹。お前、昨日はどこから出たんだ?」
「へ? 窓からだよ?」
本気でいってるのか冗談でいってるのか。いや、なんだか少しまじめな顔でいっているあたり本当なのだろうか?
「窓からって、無理に決まってるだろ」
「そっか……。あ、それじゃあ入り口」
入り口とは玄関のことだろう。
「それじゃあってなんだよ。せっかくアイスを持ってきてやったっていうのに、部屋に戻ればいないもんだから驚いたぞ」
「ごめんね」
「……もういいよ。とにかく、これから帰ったりするときは、誰かに一言いっておけよ? 心配するからな」
はーい、と答えてなんだか服のにおいを嗅ぎ始める。たぶん洗剤のいい香りでも楽しんでいるのだろう。においを深呼吸するように嗅いで、そしてなんだかほわわんとした顔になっている。
それを横に、俺は少し考える。
確かに夏樹が窓から出た、というのなら窓が少しだけ開いていたのにも納得がいく。だけど、やっぱりそんな非常識的なことをさすがにするようには思えないし――。
……なんでこんな探偵じみたことをしているんだろう?
なんだか馬鹿馬鹿しくなってきた。いや、実際に俺は馬鹿なのかもしれない。
今夏樹が目の前にいるのなら、そんなことを考える必要もない。目の前にあるものがどうやっていなくなったのか、なんてことを考えるのは徒労のほかに何もないだろう。
そりゃ、怪奇現象やらなんやらが起こったりする世の中ではあるが、あんまりそういうものを信じない俺にとってはどうでもいいことなのだ。
そう俺は自己完結して一哲たちが来るのを待つことにした。
そうして一哲たちがやってきたのは実に二十分ぐらい後のことだった。
思えば、なんで俺は律儀にも外でずっと待っていたのだろうと思う。コンビニの中で涼みながら待とう、と決めたというのに、なぜ俺は夏樹と一緒にこの炎天下で待っていたんだろうか。
しかも、夏樹は汗を一滴もたらすことなく、たまに服のにおいを嗅いではほわわんとした顔になり、たまに俺と他愛もない会話をかわしていた。
そんな間、俺はずっと外でコンビニの中に入ろうなんて提案も夏樹にいわずになぜか待っていたわけで……何してるんだろ、俺。
「どうした、ワタル。だるそうな顔して」
というわけで、俺はみんなが来るまでに軽く一リットルは出たんじゃないかというほど汗をかいていた。
着てきた服は夏樹がくるまで待っていたこともあって、服が身体に張り付いてきて少し気持ち悪い。
「久しぶりに全員集合ってときに、あんたがそんなんじゃ駄目じゃない」
ミナツが軽々しく言うが、やつに俺がここでどれだけ待っていたか、なんてことは知る由もないだろう。
「なんでコンビニの中に入らなかったんですか? 中のほうが冷房も効いていて涼しかったはずですよ?」
「いや、その、なんていうんだ。この暑さのせいでそういうことを考えることもしなかったというか……」
こずえの質問になんとも腑抜た-フヌケタ-返答をする。こずえはどうぞといって俺にハンカチを貸してくれたが、どんなに仲がよかろうと女子のハンカチで男子の汗を拭くというのは抵抗があったので断っておいた。親しき仲にも礼儀ありだ。
「で、どこで遊ぶ?」
光介が頭の後に腕を回しながら聞いてくる。
「ここらへんに公園はないしね……。久しぶりに学校ってのはどう?」
透の提案にみんながら「おおー」と歓声を上げる。
確かに、最近は夏樹と遊んでほかの場所に行くことが多かったから、俺自体も学校にはあんまりいっていない。
夏樹に会うまでは学校に毎日のように集まっては一哲たちと遊んでいたものだが、最近は全然といっていいほいっていない。
「いいわね、それ! 久しぶりにいきましょうよ!」
「そういえば、俺が残りの一週間は遊ぶと宣言してからはばらばらとしていたからな」
いまさら気づいたか、この有言無実行野郎め。
「学校ですか?」
「ああ、そういえば夏樹は学校にいったことはあるけど、入ったことないんだっけ?」
「うん、学校の前まではいったよ」
「なら、今日は校内に入るから少し探索でもしようぜ。お前もあの学校に入ることになるだろうしな」
「………………」
急に夏樹はせつなそう顔をして黙り込んでしまった。なぜか顔を下に伏せてしまう。
「どうした、夏樹。気分が悪いのか?」
「瀬美ちゃん、この暑さにやられちゃったのかな?」
ミナツがそういって夏樹の顔色を伺おうとする。
確かに夏樹だってずっと俺と一緒に一哲たちを待っていたんだ。平気そうな顔をしていたが、昨日のこともある。
「大丈夫? 瀬美ちゃん」
「あっ、いや、大丈夫です! はい!」
ミナツが声をかけると夏樹は顔を上げて大丈夫だということを示すためなのかぴょんぴょんと跳ねる。
「そう? ならいいけど、調子悪くなったらいうのよ?」
「わかりました!」
「それじゃ、出発しましょー!」
ミナツを先頭に俺たちもそれに続くことにする。
「ほら、いこうぜ夏樹」
「う、うん」
どこか気乗りしないような夏樹が歩き始めて、俺も後に続く。
「ねえ、ワタルおにいちゃん」
「なんだ?」
「………………」
夏樹がまた顔を伏せてしまう。数秒の沈黙、かつかつと歩きながら夏樹が何か言うのを待っていると、夏樹は何かを決心したかのように顔を上げて、
「学校に通うようになったら、よろしくね♪」
そんな、当たり前といえば当たり前なことをいって、意気揚々と俺より先のほうに歩いていった。
俺は少し頼りにされているということが恥ずかしくて、頭をぽりぽりとかいてみんなの後に続いた。
夏樹がいった言葉が、どういう意味かなんて考えずに。
学校に着いたのはだいたい役十五分後のこと。
その間に汗を流しながらみんな楽しく会話をしながら学校への道を歩いていった。
その中で夏樹とこずえだけがなぜか汗を一滴も流すことなく歩いていた。一哲や光介と、夏樹とこずえは暑さを感じないんじゃないのか、なんてくだらない話をしていると、こずえが幽霊のようにいつの間にか後ろにいて何か恨めしそうに睨まれて一気に血の気が引いっていう話は余談だろう。
事前に俺が夏樹のために学校案内をしようといっておいたから、内容は学校案内となった。
「わたしのために、ありがとうございます」
「いやいやー、瀬美ちゃんのためだからね、あっはっはー」
光介がなぜか得意げにいってるのをよそに、とりあえず校内案内が始まった。
うちの学校、つまり時雨高校はさして大きくはない。
なんといったって、この時雨町の住人とその他隣町からきたりしている生徒数名がいるだけの高校だ。
この町に小中学校はあるのかといえば、あるのはあるがほとんどは青空教室に似たようなもの。つまりは形としての小中学校はないのだ。名目上、どこかの公共施設が変わりに小中学校として使われていて、それでいろいろと通っているらしいが、そこにいるのはほとんど教師だけ。そこが使われるのもほとんどは外で授業できない日である雨の日なんかだけだった。ほとんどは外で行われている。確か、小中学校の教育目標が、自然と共に知を学ぶ、だったかな?
俺もこの町で過ごしてきたから、もちろんそんな無茶苦茶な学校へ通っていた。当時小中学校に通い始めたときは別段違和感はなかった。それが普通と思っていたのだが、テレビなんかを見てそれは普通じゃないと気づき始めたのは小学校高学年ごろだ。今考えればあまりにもこの町は非常識なのではないかと思えてくる。
義務教育という大切なものがあるにも関わらずそのほとんどが青空教室。それでもちゃんとした授業は行っており、頭のよい生徒なら時雨高校ではなく、それよりもっと上の高校へ行く人もいる。
だが、その大半はこの時雨高校に集まり、そうやって時雨高校が成立している。
なぜ高校だけちゃんとした学校というものがあるのかがわからない。母さん曰く、昔は高校もそれといった形とした学校はなく、青空教室だったとか。意味がわからない。なぜ先に小中学校を作らなかったのかがわからない。
少し意見すると、やっぱり高校だけではなく、小中学校はあったほうがいいのではないかと思う。
もちろん、そんなものをこの小さな時雨町のどこにどうやって建てるか、なんてことまでは考えていないが、やはりそういうものはちゃんとしなきゃいけないと俺は思う。
まあ、青空教室で学んだからといって、別段みんな馬鹿なわけじゃない。俺も高校に入って全国一斉テストなるものをして、意外と普通の学力だということがわかった。
一哲にいたっては、ほとんどは国立大学にいけるようなレベルだった。
たぶんこんなだから、文句はいわれないのだろうと俺は思う。
何はともあれ、これが時雨高校の大体の概要だ。
「あれなにやってるの?」
早速夏樹がグラウンドのほうを指差して言う。
そこでは、夏休みだというのに律儀にもサッカーや野球の練習をしている生徒たちがいる。
「なにって、あれは部活やってんだよ」
「ぶかつ?」
また疑問系か、などと内心でため息をつく。
「つまり……」
「………………?」
「つまりだな……えーっと……」
意外と部活というものをどう説明すればいいのかが難しいことに今気づいた。
「つまり、部活というのは学校が始まる前や終わったあとに学校でやる活動のことをいうんですよ、瀬美ちゃん」
俺が頭を悩ましていると、こずえがそう説明してくれた。なるほど的は射ている。
「でも、今はなつやすみの最中なんでしょう?」
「夏休みにもやることはあるんですよ」
なるほどー、と納得した夏樹。さすがに中学校に行っていなかったわけではないだろうから、部活ぐらいは知っているかと思ったが……まあいい、もうこういうのには慣れてしまった。
透が夏樹に部活を見たことないのか、と聞いて、夏樹はきっぱりと肯定したのを見て、少し周りが驚いていた中でも、俺だけは驚いていなかった。
「とりあえず中に入ろうよ! わたし中で迷っちゃいそうだから」
夏樹が先に校内に入っていて、俺たちもその後を追いかける。とはいっても、走って追いかけたのは透と光介とミナツだけだ。
残りの俺と一哲とこずえはマイペースにものんびりと歩いて追いかけることにした。
「にしてもワタル。最近よく瀬美と遊んでるみたいじゃないか」
一哲がポケットに手を突っ込みながら聞いてくる。
「あいつと会ってから毎日会ってるからな」
「もしかして、付き合い始めたんですか?」
こずえが静かに聞いてくる。もちろんそんなものではないので否定しておく。
「にしても、瀬美は少し世間を知らなさすぎじゃないのか?」
「……確かにな」
一哲のいうことは否定はできない。確かに俺はもう慣れてしまったものの、一哲たちからしてみれば夏樹はあまりにも常識的なことを知らなさ過ぎる少女にしか見えない。
「まあ、そういう人間だってこの世界にはいるだろう。世界は広いんだ」
そんなどっかの漫画から引っ張り出してきたような台詞を俺は言うと、一哲は、それもそうだな、と賛同してくれた。
そう、世界は広いんだ。どんな人間がいたって、どんなものがあったっておかしくはないんだ。夏樹はそういう類の人なんだ、きっと。なんて俺は自分になぜか言い聞かせる。そりゃ、自分が言った持論なのだから否定してちゃ埒があかないというものだが。
こんなほのぼのとした話をしている間にも、夏樹たちは校内で何をしているのやら。光介とかが前の町案内みたく、うまく案内できそうだから安心はできるが。
「――お二人とも、こんな話を聞いたことありますか?」
唐突にこずえが言う。
「なんの話だ?」
「この町で作られた昔話です」
「? 昔話? そんなもんがこの町にあったのか?」
「はい。御伽話-オトギバナシ-みたいなものです」
一哲と顔をあわせるが、一哲も知らないといった感じ。この町にそんなものがあるなんてのは、この十八年間まったく聞いたことがない。
「それは聞いてみたいが、みんなと合流してからでいいんじゃいのか?」
一哲の提案に俺も同意する。一哲が知らないあたり、ほかのやつらも知らなさそうだし、夏樹もこれからこの町で暮らすとあれば聞いておいて損はない話だろう。
しかし、こずえはそれを否定する。とりあえず聞いてください、と半ば強制的に御伽話が始まった――。
◆
昔、一匹の蝉が蝉のよく集まる樹にぽつんといました。
その蝉はまだ土の中から出てきて、古い皮のお洋服を脱いで、ようやく成虫へとなったばかりでした。
その蝉は樹からたまに人々の住む村を見ては、楽しそうな子供たちの姿を見てなんて楽しそうなんだろう、と思っていました。
何度も何度も、自分も人間になってあのように楽しく過ごしたい。蝉は人というものに想いをはせていました。
ある日、蝉は願いました。「わたしも人間になりたい」と。
すると、一本の樹が光り始めました。蝉はなんだろうと思って光っているところへいってみると、そこにはよく蝉のよく集まる樹がありました。その光は太陽さんよりも明るく、月の光よりも綺麗な光でした。
蝉が近寄ると、どこからともなく声が聞こえます。
“一匹のまだ幼き蝉よ。あなたはなんと願いましたか?”
蝉はそれが自分に対していわれているものだと気づき、正直に人間になりたいといいました。
“わかりました。ならばその願いを叶えてさしあげましょう。”
蝉はそれを聞いて大喜びしました。ミンミンと鳴いて喜びます。
“しかし、人間になるかわりにあなたの寿命は縮んでしまいます。時間は七日間です。それでもよろしいのですね?”
蝉は少し迷いましたが、それにうなずきました。
“わかりました。それではあなたの願いを叶えてさしあげましょう。”
どこからともなく聞こえる声はそういって、蝉を人間にしようとしました。
しかし、蝉はその前に一つ聞いておきたいことがありました。
「あなたは誰なのですか?」
“私はこの樹に宿る神様です。”
どこかでその神様が微笑んだような気がして、蝉はあっという間に人間になりました。
蝉は夢見ていた人間になれて、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねました。
羽がなくなって、飛べなくなってしまい、鳴き声もだせなくなってしまいましたが、蝉は大喜びで人々の住む村へ下りていきました。
蝉は村に下りて来て、今まで自分が夢見てきたものを目の前で見ることができました。
蝉はきょろきょろと周りを見渡していると、いつものように遊んでいる子供たちが目の前を通りました。声をかけようとしましたが、すぐに子供たちは走っていってしまい、蝉は、次こそ! と村を見て回ることにしました。
向日葵畑、畑、川、村にあるもの全部が蝉にとって輝いて見えました。まるで宝箱の中に入ったような気持ちになっていました。
蝉はてくてくと慣れてきた脚で歩いていると誰かとぶつかってしまいました。
蝉はよろよろとしりもちをついて、ぶつかった誰かが蝉の元に駆け寄ってきます。
「大丈夫?」
蝉はきょとん、として目の前のぶつかってしまった誰か、男の子を見ます。
しばらくの間、蝉は黙ったままになってしまい、次第に目の前の男の子が困ったような顔をしたときに蝉はいいました。
「あそぼ」
今度は男の子がきょとんとしていましたが、男の子はやさしく笑って一緒に遊んでくれることになりました。
◆
「こずえ、それいつまで続くんだ?」
「あともうちょっとです」
御伽話だと思って短いものだと思っていたら、思っていたより長い話に俺と一哲は少しだるくなり始めていた。
「にしても、御伽話っていうのは子供向けのものだろう? それにしちゃ、少し内容が難しいんじゃないのか?」
一哲が素朴な疑問を言う。確かに少し難しいような気はする。
まあ、最近は子供向けだからといって簡潔な話というのはあんまりないような気もするが。
「そうでしょうか? 私は普通と思いますが」
そりゃこずえは結構な本の数読んでるから、こういうのは全然難しくないように感じるのかもしれんが。たぶん俺が子供のころにこの話を聞いてたらなにがなんだか少しわからなくなっているような気がする。
とりあえずここまで話したのだから最後まで話してもらうように俺と一哲は促す。
こうしている間にも、夏樹たちは校内を走り回っているのかもしれないが、光介あたりが学校案内をしてくれればそれでいい。
こずえは、わかりました、といって御伽話の続きを話し始める。そのころ、俺たちはやっとこさ校内に入ったあたりだった。
◆
男の子は友達を蝉に紹介しました。
蝉は見るもの触れるものがすべて未知のもので、道の端っこにある向日葵の花でさえ「これなに?」と男の子たちに聞いていました。男の子とその友達と楽しく遊んで、時間がたつのも忘れて、いつの間にかお日様も沈んで、夕方になっていました。
友達はみんな帰り、男の子も帰るころになって、蝉はそれでさびしくなって、明日もあそぼ、といいました。
男の子は、もちろんだよ、といって指きりげんまんをしてくれました。
蝉はうれしくなって、男の子にばいばいといってわかれて、戻るところもないので蝉のよく集まる樹に戻ることにしました。
その日の食事は、遊んでいるときにもらったお菓子です。蝉にとってそれはすべてが初めてのもので、おいしくお菓子を食べて明日また男の子たちと遊ぶのを待ち遠しくしながら樹の下で寝てしまいました。
次の日。蝉は男の子とその友達と遊んで、日が沈み、そしてまた遊ぶ約束をして蝉のよく集まる樹に戻る。
そんな生活を送っていて、あっという間に神様がくれた時間の七日目がやってきてしまいました。
蝉は少し悲しかったですが、最後の一日だからうんと遊ぼう! と決めて、これ以上は動けない、というまで男の子たちと遊びました。
そして、夕方になって男の子たちに「またあそぼ」じゃなくて「じゃあね」とだけいって蝉のよく集まる樹に戻っていきました。
戻ってみると、樹がまた光っています。
蝉が近寄ると、またどこからともなく神様の声が聞こえます。
“残念ですが、時間です。人間になってみてどうでしたか?”
蝉は本当はもうちょっと人間でいたくて、それを言おうと思いましたが、楽しかったです、と満面の笑みでいいました。
神様は、そうですか、と優しくいってくれました。
“では、あなたの寿命ももうそろそろつきてしまいます。これはあなたが選んだ運命です。避けることはできません。”
神様の言葉に、蝉はうなずきます。
蝉は最後に神様に「ありがとう」と告げました。
そして蝉は大きく息をすうと、歌を歌い始めました。その歌声はどこまでも綺麗でどこまでも澄み渡った歌声でした。その歌にあわせるように、蝉たちが鳴き始めます。
やがて、歌い終わると蝉は倒れてしまいました。同時に鳴いていた蝉たちも鳴きやみました。
神様はそれをふわりと見えない何かで受け止め、天国へ送ってゆきました……。
その次の日。男の子は今日も遊ぼうと思っていた子がなかなかこないことに心配していました。
男の子はその子を捜してみましたが、家も教えてもらっていなかった男の子はやがて捜すのをやめてしまいました。
そして、友達と遊びにいきました。
その男の子の中には、いつまでも“その子”が消えることはありませんでした。
それは、小さくて大きい命。
それは、何処にでもあるようでないような命。
それは、みんなが知っている命。
それは、儚い命。
それは――思い出の命。
◆
「……終わったか?」
「はい、終わりました」
なんというか、正直な感想。……ある一種のバッドエンド?
結局、男の子はその子、つまり蝉がいきなりいなくなったことには気づかずにその後を過ごすことになるっていうことなのだろうか。それはなんか悲しいような。
「にしても、こんな話まったく聞いたことがなかったな。誰から聞いたんだ?」
一哲が顎に手をあてながらこずえに聞く。
「私もちょっと前に、親戚から聞いたんです。なんでも、この話は“命”をテーマにしているらしいです」
「命ねー……やっぱり子供には難しいんじゃないのか? そういうのって?」
「御伽話といっても、さまざまですから」
そういわれたら何にも反論できないところが何か悔しい。
「にしても、なんでこれをみんな集まったときに話さないんだ? 別に悪い話でもないだろ?」
「……なにか、それはやめといたほうがいいような気がして」
俺と一哲は頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。まじめなこずえのことだから、その勘は案外外れていないのかもしれないが、やはりさっきの話が別に話してどうなるという話でもなかったような気がする。
だけど、どこか俺にはさっきの話が引っかかった。
話の内容のどこかに引っかかるところがある……気のせいだろうか?
「まあ、それはそれとしておこう。とりあえずいい加減にミナツたちの後を追わないと、学校案内が終わるかもしれんぞ?」
一哲がそういうもんだから、俺とこずえは少し早足になって夏樹たちを探すことにした。
とはいっても、きゃっきゃと騒いでいた夏樹のおかげで、探すのには十分もかからなかったわけだが。
…
俺たちが夏樹を見つけたころには、大方学校案内は終わっていたらしい。
ミナツになにしてたのよー、って頬を膨らませながら聞かれたが、のんびりしてた、と一言で終わらす俺にげんこつを一発していきやがった。
俺たちが御伽話を聞いている間に、夏樹が職員室に入って騒いで、それをあわててとめた光介たちは先生に怒られたそうだが、夏樹はけろりとしている。果たして、どこに職員室という教員しかいないようなところでハイテンションになる輩がいようか。……実際にここにいるわけだが。
ということで、あらかたの学校案内は終わり、案内すべき場所もなくなったころ、最後にひとつだけ案内する場所を思い出した。
「おくじょう?」
「そう、屋上だ」
この時雨高校の屋上である。提案者は俺。別に案内しなくてもいいのだが、光介たちに全部案内されたといわれれば、後はそこぐらいしか案内するところがなかったというのが本当の話。
屋上への扉は普段開放されておらず、何かの授業なんかのときにたまに開くぐらいである。
だが、屋上への扉は古く、ちょっとしたコツさえつかめたすぐにドアを開けることができてしまう。
俺たちは集団でぞろぞろと屋上への扉があるところまで上って行き、屋上への扉の前で止まる。
「いいか? 夏樹。ここをこうすれば……っと!」
ドアノブをもって、上に持ち上げると、扉はガコッといって簡単にドアそのものが外れてしまった。つまりは、鍵とかなんの関係もないという話。
「わー、すごいね! 手品!?」
「まー、その類ものだと思ってくれ」
ちなみに、この屋上は掃除されていないため、鳥の糞なんかがよく落ちているが、歩けない場所がないほどではない。
たまに一哲たちとここにきて、することもないから鳥の糞の掃除をしていたりする。その数日後に教師が掃除もしていないはずなのに綺麗になっている屋上に驚いているところを見ては、何かの優越感に浸ってたりする。
「相変わらずきったないわねー、ここ」
「掃除する人もいないからね〜。本当に、俺たちはなんて善人なんだろうなー、あっはははは!」
ミナツが鳥の糞を見ながら、うげーといった感じの顔でいるのに対して、なぜか光介は楽しそうに笑っている。確かに頼まれてもないのに糞掃除をするボランティア精神は善人かもしれないが、光介はだいたいいつもさぼっている。
「ここで読書をするのだけは絶対に嫌ですね」
こずえが本を読もうとでもしていたのか、手に持っていた本をスカートのポケットに入れる。ちなみに、いい忘れたがみんな今は私服だ。それも含めて、さっきの職員室でミナツたちはこっぴどくしかられたらしい。
「わー! 高い高い!」
いつの間に行ったのか、夏樹がフェンス越しに外の景色を見てはしゃいでいる。
だいたい、ここからの高さは蝉樹ぐらいの高さだろうか?
「……なあ、ワタル」
「ん? なんだ?」
一哲がなにやら腕を組んで聞いてくる。
「さっきこずえが話していた御伽話だが、どうもあの話に出てきた蝉のイメージが瀬美にかぶるのだが、俺の気のせいか?」
いわれて俺は先ほどこずえが話した御伽話の蝉と夏樹をかぶせてみた。
御伽話の蝉がどのような人物像なのかはよくわからないが、確かに似ているといえば似ているところがあるような気がする。
――そうか、これが引っかかっていた部分だ。
「確かに、似てるかもな。御伽話の蝉と夏樹は」
「だろ? まあ、だからどうしたというわけでもないんだがな」
そういって一哲は少し前にいるミナツたちのところに歩いていった。
――引っかかり。そうだ、あの話を聞いたときに感じた引っ掛かりってのはこれだったんだ。
夏樹と御伽話の蝉は確かに似ている。だが、それ以上の考えは浮かばなかった。
一哲のいうとおり、だからどうしたという話で、この世の中に御伽話みたいな、夢のような話なんてあるわけがない。
だが、それでも何かが引っかかる。まるで魚の小骨のようの小ざかしい感覚。なんなんだ、この感覚は……?
もしかしたら、こずえはこういうことを考えて? もしそうだというのなら……。
「――――――――――――――」
俺の思考を綺麗にさえぎるかのように歌声が響いた。
その歌声はもう何度も聴いた――夏樹の歌声だ。
歌詞もなにもわからない歌だが、なぜだかこの歌を聴いていると落ち着く。まるでこの歌声がいつも聴いている当たり前のようなものみたいだ。
そう、この歌声はどこか落ち着く……。
ミナツや一哲たちもどうやらこの歌に聴き入ってるようで、こずえは目を閉じて耳を澄ましたりしていた。
光介は頭の後ろで手を組みながら。透は静かに耳をすまして。
次第に、蝉の鳴き声が聞こえてきた。これは昨日と同じ感覚だ。
夏樹が歌っている間だけ、蝉の鳴き声がどんなに遠くでも頭の中に響いてくる。
何も考えずに、ただ耳をすまして夏樹の歌声に耳をかたむける。無駄な思考なんてものはいらない。
――そして蝉は大きく息をすうと、歌を歌い始めました。その歌声はどこまでも綺麗でどこまでも澄み渡った歌声でした。その歌にあわせるように、蝉たちが鳴き始めます。
御伽話の最後のほうの一説。
……これは、まさに今の状況じゃないのか?
そう考え始めたころに、歌は終わり、頭の中に響いていたはずの蝉の鳴き声も止んでいた。
「やっぱり、高いところで歌うと気持ちいいねーー♪」
夏樹は背伸びをしながらうれしそうにいう。
「瀬美ちゃん、綺麗な歌声だったよ」
「えへへー、ありがと! 透さん」
透が夏樹の頭をなでながら言う。いまさらだが、夏樹は高校生になろうというのに結構な子ども扱いをされていると思う。
「あいかわらず綺麗よね、ほんと。あたしもあれぐらい綺麗ならなー……」
「お前には無理だっぐぅ!」
ミナツの夢を否定した瞬間に右フックがかかる。やばい、なんか吐血しそう。
「そんなんだから……無理だって……うぅ」
「女子は夢見る乙女なのよ!?」
人を殴る乙女がどこにいようか。
「さて、学校案内も終わったことだし久しぶりに空き部屋つかってトランプとかでもしない?」
光介の提案に俺たちはうなずいて、夏樹は“トランプ”という新出単語に悩んでいたが、とりあえずついてくることになった。
…
屋上から空き部屋、つまりは空き教室を使ってトランプをする。
夏樹にまずトランプというものはどういうものなのかを説明するあたりから始まったわけだが、大富豪やポーカーとかそういう少し面倒な遊びはやめにして、一番わかりやすいばば抜きをやることになった。
夏樹もすぐにばば抜きのルールを理解してくれて、とりあえず練習に一戦することに。
「あっがりー♪」
一番にあがったのは夏樹だった。
「あがりです」
次にあがったのはこずえ。
「あがりだ」
次に一哲。
「あがりー」
続いて光介。
「あがり!」
そして透。
つまり残ったのは……。
「うぬぅぬぬぬう……!」
「ミナツ、いくらトランプを凝視したって透視はできないぞ」
「うるさいわね!」
俺とミナツなわけだが、さっきからミナツは俺のトランプを凝視して目当ての数字を引こうとしている。
ちなみに、俺が持っているトランプはジョーカー一枚にスペードの三が一枚。
つまり、ミナツがもう一枚の三をもっているわけで、ジョーカーを引かなければ俺の負けということになる。
さっきからこの攻防戦(?)を十回ぐらい繰り返しているわけだが、どういうわけだか俺もミナツもジョーカーしか引けない。
「まだ練習だろ? 本番ならまだしも」
「あんたにだけは負けたくないの!」
「はぁ……。いいからさっさと引け」
「……こっち!」
そうして引いたのは――三だった。
「あっがりーーーー!!」
「やっとかよ……」
「よし、それじゃワタル。買出しだ」
「はあっ!?」
思わぬ一哲の一言に本気でキレそうになる。
「おい、これ練習なんだろ!?」
「なにをいっている。勝負に練習もなにもあるか。トランプの日本語訳は切り札だぞ?」
そんな雑学知ったことか。
みんなすでに金を出して、俺に半強制的に渡してくる。渡してこないのは唯一夏樹ぐらいだ。
「……まじで?」
「まじだ」
俺はため息をつくしかなかった。
「どうしたの? ワタルおにいちゃん」
「なんだか買出しにいかなきゃいけないらしい」
「ふーん……。それじゃわたしもいく!」
思わぬ一言に驚くが、別に否定する気はない。
「瀬美ちゃんはいかなくていいのよ? ここでのーんびりワタル待ってりゃアイスが届くんだから!」
「そ、そっかー。どうしよ……」
「そこで悩むな。それにこっちにつくころにはアイスが液状になっていることが大半だ」
「そこをそうしないのがあんたの使命でしょ?」
そんな使命なんて受け持ちたくない。
夏樹はしばらく悩んで末に、俺についてくることになった。液状のは食べたくない、だそうだ。
「んじゃいくか。夏樹」
「うん、ワタルおにいちゃん!」
どこか白々しい目でみんなに見られているような気がしながらも、俺と夏樹はコンビニに行くことにした。
学校を出て、行きは歩いていくことにする。
「にしても、本当にお前アイスが好きだよな」
「だっておいしいんだもん♪」
たぶんアイスが確実に固体のまま食べれるものだと思って夏樹は上機嫌なのだろう。
「ところで、お前金はあるのか?」
「うん!」
そういってワンピースのポケットから出して金額、十円。
「……それだけ?」
「うん!」
……なんというか、十円菓子はあるが、十円アイスはなかったと思う。
「……買えないぞ、それだけじゃ」
「えっ!?」
漫画のエフェクト的に今、雷が落ちているだろう。それぐらい夏樹はショックを受けたようだ。
「お前、世の中の経済状況的なもの知ってるのか?」
「けいざいじょうきょう? 知らないよ! アイスさえ食べれればいいもん!」
それはそれで問題だ。夏樹は少し涙ぐんで本気でそんなことをいっている。
俺はため息をついて財布の中の金を確認してみる。
「ほら、百円やるから、これで足りるだろ」
俺が財布から百円を夏樹に渡してやると、とたんに夏樹の涙ぐんでいた目はきらきらと輝きだす。
「ありがと! ワタルおにいちゃん!」
そういって俺に抱きついてくる。
「ちょ! やめろ! 暑いから!」
「えっへへ〜」
身体に抱きついて離れない夏樹を引き剥がそうとするが、がっしりとしがみつくように抱きついている夏樹を離すことはなかなかできなかった。
偶然通りかかったおばさんたちが、なんだかごそごそとこっちを見ながら話して通り過ぎてゆく……。
「だあーー! は・な・れ・ろ!」
「冷たいなー、ワタルおにいちゃんは」
そういいながらも、夏樹はなぜか楽しそうだった。
「ったく、こっちは暑いんだから勘弁してくれ」
「ごめんね。でも、ワタルおにいちゃんのにおいがしたよ……」
「変なこというな!!」
きゃー、といって先に走っていってしまった。俺はため息をついてそれを追いかることにする。
――そうだ。さっき夏樹が屋上で歌っていたときに思ったこと。
夏樹が、御伽話の蝉なんてことはないだろう。こんなにも楽しく遊んでいる少女がそんなわけがない。ましてや、御伽話は御伽話。この世界にそんな“夢”はありはしないんだ。
そう。夏樹は夏樹なんだ。
それは、俺の願いでもあった――。
…
「おいひいへ♪」
アイスを食べながら言う夏樹。ちなみに同意を求められても俺は食べていないから同意のしようがない。
とりあえず夏樹のだけ買ってやって、食べ終わってからみんなの分を買おうということになって、今俺は夏樹がグレープ味のカップアイスを食べるのを待っている。
ちなみに、買った後に気づいたんだが、この炎天下、今ここでアイスを食べても、また学校にアイスがとけるまえに走って学校に戻ると考えたら、結局疲れてアイスを先に食べたことを後悔するんじゃないだろうか? と。
言おうと思ったときには夏樹はすでに封を開けていて、俺はそれをいわずに待つことになった。
「早く食えよ? あいつら待たせて何か言われるのは俺なんだからな」
「えー? でもゆっくり食べてこそのアイスだよ?」
「ゆっくりすぎたら溶けちまうだろ」
「それじゃ、ほどほどなゆっくり」
「……もういい」
俺は目の前でゆらゆらと揺れている陽炎を見ながらただ夏樹がアイスを食べ終わるのを待つ。今のうちに一哲たちのアイスでも決めておこうか。
「はい」
「?」
夏樹が俺の口元にアイスの乗ったスプーンを差し出してくる。
「あーん♪」
「あーん、って。そんな恥ずかしいことできるかよ!」
「わがままいわなーい! はい、あーん♪」
この様子だと折れそうにない。
「……あーん」
俺は仕方なしに口を開けると、夏樹はアイスを食べさせてくれた。
さっきまで見ていただけあって、アイスはすごくうまかった。
「ありがと」
「どういたしまして」
そういって夏樹は再び残りのアイスを食べ始める。
……あれ? 今思えばあれってある意味間接なんちゃらっていう……。
って、なに考えてんだ! 俺は頭をぶんぶんと振る。
「わっ! わ、ワタルおにいちゃん! 汗、散ってくるよ」
「あっ、すまん」
「どうしたの?」
「いや…なんでもない」
「ふーん……」
なぜか疑わしげな目で見られる。
「なにか変なこと考えてたんでしょ?」
「ち、違うわ! 汗が流れてきたから、それを振り払うために」
「へえ〜……ふーん……」
くっ! なんだかもっと白々しい目で見られ始めたぞ!?
「もう! お前が俺に『あーん♪』とかやるからだよ!」
半ば逆ギレ。
「それじゃ、もしかしてワタルおにいちゃんは間接キスしちゃったー、とかそういうことを考えてたんだね?」
間違ってはいない。だが、なぜこいつには一般的知識がなくて、変な知識ばっかりありやがるんだ。
俺は観念してうなずく。
夏樹はこれ見よがしにもう一回俺の口元にアイスを運ぶ。
「はい、あーん♪」
「もうやらねえ!!」
「恥ずかしがり屋さん」
「うるせぇ!」
夏樹は俺の反応を見て楽しんだのか、俺の口元まで持ってきたアイスを自分で食べた。
「ごちそうさま!」
それが最後の一口だったらしい。
俺はやっとこさ食い終わった夏樹のカップアイスをとりあえずコンビニの袋の中に入れて、再びコンビニの中に一哲たちのアイスを買うために入った。
アイスコーナーまでやってきて何にしようかと迷う。
「カップアイスでいいかな……。ましてやバーゲングッツなんて高いものは買えないしな」
「なに? そのばーげんぐっつって」
「そうだな。簡単にいうなればアイスにしちゃ高くて品のあるアイス?」
「へえ〜」
夏樹の目がきらきらと輝きだす。
「いっておくが、買ってやらんからな」
「えっ!?」
「当たり前だろ! だいたいさっき食ったじゃねえか!」
「こ、これはみんなで食べるとき用だもん!」
ちなみに、バーゲングッツの値段は五百三十円(税込み)。おいそれと手のだせる値段ではない。しかも味のほうは、確かにうまいのだが普通のカップアイスでも十分だと俺は思っている。
「俺だってそんなに金ないんだから、あきらめてくれ」
「うー……」
夏樹はすねたように頬をぷくりと膨らませてずっとバーゲングッツを見つめ始めた。
俺はそれをよそに一哲たちのアイスを選ぶ。無難に選んだのはみんなからもらった金的にも夏樹と同じようなカップアイス五つだ。
会計をレジで済ませ、外に出ようと……。
「……はあ」
ため息をついて、いまだにバーゲングッツを見つめている夏樹のほうに歩いてゆく。
「お前な、いい加減にしてくれよ?」
「………………」
夏樹は黙り込んだまま、ずっとバーゲングッツを見ている。
今の夏樹はまさに「買ってくれないと帰らない」という我侭な子供のようだった。
それを無言でこちらにわからせるものだから、こいつのバーゲングッツに対する思いはすごいに違いない。
俺は一応財布の中を見てみる。
「……買ってやるから、学校に戻るぞ」
「ほんと!?」
さっきまでの真剣にバーゲングッツを見つめていた夏樹はどこにいったのやら、一気に顔を明るくさせて俺を見てくる。
ちなみに、俺の財布の中には小銭は五円と十円が数枚あるぐらいで、残りは千円札が一枚。まさに危機的状態だったが、財布と相談した結果がこれである。
俺も夏樹と喧嘩をする気はないし、なにせよそんなのは気が引ける。
「ほんとだ。とりあえず買って来い」
「うんっ!」
千円札を夏樹に渡して、夏樹はバーゲングッツをひとつ手にとってレジにいく。
その姿は誰が見てもわかるぐらいに喜んでいた。
「あ、そうだ」
一応ではあるが、保冷剤がもらえたらもらっておこう。
夏樹が買っているときに俺は店員に保冷剤がもらえないかどうか頼んで、店員はそれを承諾してくれた。
とりあえず、これでアイスが溶ける心配はなくなっただろう。
コンビニを出て軽くコンビニの中の涼しさと外の暑さに絶望。軽く運動をしておく。
「走っていくからな」
「うん! あっ、それじゃどっちが先に学校に着くか競争ね!」
その夏樹の挑戦にうなずいて、俺と夏樹は学校まで走り出した。
俺としては楽勝な勝負――のはずだった。
「ワタルおにいちゃん遅いよー」
ぜえぜえと息を荒くして、息をまったく乱していない夏樹を追いかける。
すでに学校までの道をこの炎天下の中、半分は走ったというのに夏樹は汗ひとつかかない。
「お前、暑く、っはぁ、ないのか?」
「うん。これいぐらいへっちゃらだよ。ほら、早くいこ!」
そういって夏樹は先に走っていってしまう。俺はといえば、もうすでに歩いているスピードで走ってそれを追いかける。服はすでにびしょぬれで、まるで水でもあびた感じだ。
やばい、なんか脱水症状になりそう。
それでも俺はなんとか気張って、なんとかかんとか学校まで一応ノンストップで走り続けた。
「とうちゃーーーく!」
「死ぬ…あぁ、俺干からびる……」
なんとかかんとかついた。ここなら水のみ場もある。なんだか砂漠の中にあるオアシスを見つけた気分だ。
「ちょっと、ワタルおにいちゃん。早くしないとアイスとけちゃうから早くみんなのところに戻らなきゃ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。もう動けないんだ」
お前がおかしすぎるんだよ。そういおうと思ったが、そんなことをいう気力も残っていない。
俺は地面にへたり込む。
「すまんが、このアイスを先に届けといてくれ。俺もちょっとしたらいく」
アイスの入ったビニール袋を夏樹に差し出す。が、夏樹が取ったのはビニール袋ではなく俺の手だった。
「いっくぞー♪」
「ま、まっ!」
待て、ともいえないぐらいに唐突に引っ張られて、あっけなく夏樹に連れて行かれるような形になって、一哲たちのいる教室までふらふらしながらも俺は夏樹に手を引かれていった。
教室の前に来て、夏樹がドアを開ける。
「ただいまー♪」
「おかえり〜。って、どうしたんだよワタル!?」
「半分ミイラになりかけてますね」
「瀬美があれだけ平気そうな顔だというのに、お前は何をしていたんだ? これでアイスが溶けていたら許せん所業だな」
みんな口々に俺に対する罵倒の言葉だけをいうと、俺の手からビニール袋を奪い取ってそれぞれのアイスをとってゆく。
「あれ? 瀬美ちゃんだけバーゲングッツ!?」
「あ、ほんとだ。高いもの買ってきたね、瀬美ちゃん」
「うん! ワタルおにいちゃんが買ってくれたの!」
今動く気にもなれない俺にでもわかる。夏樹以外のみんなが俺に対する怒りを抱いている。
「どうしたんですか?」
「いや、なんでもないのよ、なんでも。まさかワタルがね……」
ミナツが白々しい目で見てくるが、もう俺にはどうでもいい。そうでもしなきゃ夏樹が動きそうになかったんだ、仕方ない。とは何かいい辛い。次あたりからミナツとかも買ってくれるまで動かない戦法を使い出すかもしれない。まぁ、使い出したとしても絶対に買ってやらないが。
「ワタル、まさかロリコン?」
「違うわ!」
光介の一言に対する否定の言葉でなにか全力を使い果たしてしまったような気がする。
「なあ、誰か俺に飲み物でもいいからくれないか?」
「ロリータコンプレックスのワタルさんに与える飲み物はありません」
ずばっと厳しい一言をこずえがいう。って、俺はもうロリコン決定なのか? それ以前に夏樹はそこの部類に入ってしまうのか?
「ワタル、僕のでいいならあげるけど」
「やめろ、透! ロリコンが移るぞ!」
それはないだろ一哲!?
「そ、そうだよな……。俺なんかがワタルに自分の飲み物与えたらいけないんだよな。そうだ、俺みたいな下等な生物が」
なぜネガティブに走る、透よ。
「とまあ、遊びはこれくらいにしておいてだ」
「遊びだったのかよ!」
「当たり前だろ? 誰も本気でお前をロリコンだとは……思ってないさ」
「なんだよ、今の間は」
気にするな、といってアイスを食べる一哲。
俺もなんとかしゃべれるし動けるぐらいまでに回復してきて、寝ていた体制から座りの体制に変える。
にしても、今思えば俺以外のやつらが全員アイスを食べている。
俺は夏樹にバーゲングッツをおごってやったことで自分の分を買うような金なんて使いたくなかったのもあるが、みんなうまそうにアイスを食べているというのに俺だけ食べていないというのは、なんとなく疎外感だった。
物欲しげに俺がみんなのアイスを見つめていると、口元になにやら冷たいものが運ばれてきた。
「あーん♪」
半ば予想はしていたが、夏樹がまた俺の口元にアイスを運んでいた。
「だからそれは嫌だって」
「あーん♪」
「………………」
俺は意地でもしないようにしたが、炎天下の中を走り続けて、それでなんの報酬もなかった俺にはアイスというのは魅惑的なものだった。
「…あーん」
「はい」
夏樹がアイスを俺の口の中に運び、俺はそれを食べる。やはりというべきか、さすがバーゲングッツ。どことなく高級な味がする。
「やっぱりワタルはロリコンだな」
「ち、違うわ!」
どこぞのバカップルみたいな場面を見られた時点で、否定するのは難しいが決して俺にはそういう趣味はない。
その後、俺にロリコン疑惑がかけられ、いくら否定しても信じてくれないみんなを前に、俺はなすすべもなく敗退を決した。つまりは俺はロリコンという称号を得てしまったのだ。
終いには夏樹までもが意味を知ってか知らずか俺のことを『ロリコンワタルおにいちゃん』と呼ぶようになっていた。
…
その後、またトランプでもして遊んだ後に部活帰りの生徒も多くなってきて、もうそろそろ帰るか、というときになって俺たちも解散することとなった。
そして、今俺は夏樹と二人で帰路についている。
「ねえ、ロリコンワタルおにいちゃん」
「なあ、いい加減にそれやめないか? ってか長いだろ」
「ちょっとね。それじゃあらためてワタルおにいちゃん」
「なんだ?」
「明日で夏も終わりだね」
「?」
確かに明日で夏も終わりに近いころだ。ついでにいうと俺の夏休みも終わるわけで……。
「だあああああああ!!」
「な、なにっ!?」
「夏休みの課題、ぜんっぜんやってねぇ」
いまさらになって気づいた。せめてひとつぐらいは終わらせておかないと、あとあと母さんもうるさいだろうし、学校の成績にもひびいてしまう。
「かだい?」
「宿題だよ。学校に出されたものを夏休みが終わるまでにやれってあったのに……」
自然と補足説明をしている自分に少々驚きつつも、そして呆れつつも俺は頭を抱える。
「それって終わらせないと危ないの?」
「まあ、危ないっちゃ危ないな」
「そっか……。だったら明日は遊べない……かな?」
………………。
「いや、そんなことはない。どうせ終わらないんだから、明日はうんと遊ぶぞ! ああ!」
俺はやけくそ気味だった。
はっきりいって、ここで俺が「そうだな、明日は宿題やるから遊べない」なんていったら、夏樹は悲しんでいたに違いない。だって――とても不安そうな顔をしていたから。
「ほんとに?」
「ああ、どうせ終わらないもので悩んだって仕方がないしな。それに今晩やりゃひとつぐらい終わるだろうし、それで俺は十分だね」
最後の一日を、宿題に使い果たす、なんてのも俺は嫌だからな。
夏樹は「ありがと!」といって抱きついてくる。
「おまっ、離れろ!」
「明日はうーーーんと遊ぼうね! ワタルおにいちゃん!」
俺は夏樹を引き剥がそうとするがなかなか離れてくれない。少しうっとうしく思いながらも、同時に心の中ではこう思っていた。
――この感触は、忘れないようにしよう、と。
夏樹が離れてからコンビニの前で夏樹と別れる。
「また明日ね!」
「ああ」
手を振ってから夏樹とは反対側の方向へ歩いてゆく。
空は夕暮れ、紅く染まっていた。
…
「ただいま」
「おかえりー」
母さんのけだるげな返事を聞きながら、靴を脱ぎながら気づく。そこにはなかなか俺がおきている間には帰ってこない父さんの靴があった。
「今日は早いんだな、父さん」
「ああ、今日は早くに仕事が終わってな」
もっともな理由を言いながら新聞を読んでいる。
こんな感じだから、父さんは少し頭がお堅い方だ。母さんとはまるっきり逆。どのような縁があって結ばれたんだろうか、この二人は。
「今日も夏樹ちゃんと遊んできたの?」
「ああ。後は一哲たちと」
「ん? 夏樹っていうのは誰だ、母さん」
新聞から目をはずして父さんは母さんに聞く。母さんは父さんに簡単に夏樹のことを話す。夏樹については、昨日の食事のときに母さんに聞かれて教えたぐらいだ。
「最近引っ越してきたのか。しかし、そんな話は初耳だな。小さい町なんだ。誰かが引っ越してきたら嫌でも情報は入りそうなものだがな」
「そうなのよ。私もね、近所の人たちに『最近夏樹っていう人が引っ越してきたらしいわよ』っていっても、誰もそんなこと知らないっていうのよ」
「ワタル。本当に引っ越してきたのか? その夏樹という子は」
「本人がそういってたんだ、そうとしかいえないだろ」
新聞から完全に目をはずして俺を見てくる父さんの目は少し怖い。だが、俺の言葉が嘘ではないとわかったのか、すぐに顔がほころぶ。
「ならいい。まさかワタルに彼女ができるとはな、はっはっは!」
「か、彼女って!? そんなんじゃねえよ!」
「恥ずかしがるな、ワタル! 青春していてなによりだ!」
もうわけわからん。俺はなんだか上機嫌な父さんを無視することにする。
「そういえばワタル。この町の御伽話って知ってるか?」
笑いをとめたと思えばそんな話。しかもそれは今日聞いたばかりだ。
「知ってるよ。今日友達から初めて聞いた」
「なんだ、そうなのか。少し面白い話だったから話してやろうと思ったが……まあいい。聞いたんなら、御伽話がなにをテーマにしているかは知ってるな?」
なんだったろうか……確か。
「命、だっけ?」
「そうだ。ついでだからいっておくが、命ってのはなくして初めて気づく大切さ、というものがあるんだ」
それはよくある話だ。もはや常識といっても過言ではない。
「だが、人はいつ命をなくすかわからない。だからこの一秒一秒だけでも自分の思うように、楽しく過ごせれば、それで父さんはいいと思っている」
「…そっか。わかったよ」
なんだかそっけない返答をしてしまったが、確かに父さんの言うことは正しい。
「にしても、なんでいきなりそんな話に?」
「うーん…なんでだろうな? ただ、話すタネがなくなってしまったからじゃないのか」
そういうものなのだろうか。俺はそれから自室へ入ることにした。
「一秒一秒だけでも自分の思うように、楽しく過ごせ、か」
しみじみとベッドに寝転がりながら父さんのいっていたことを復唱する。
死なんていつ訪れるかわからない。だが、わからないからといって悩んでいてはだめだ。悩むより行動しろ。それが父さんの話をまとめた俺の考えだった。
ベッドに寝転がったまま、夏休みの課題もする気になれないからそのままでいて、次は暇つぶし程度に御伽話のことでも考えることにした。
用は、人間になりたがっていた蝉が本当に人間になって、一週間の間だけだが人間と遊んで、幸せでした、という話。
ついでに、その人間になった蝉の正体はわからずとも、不思議と少年の心の中にはずっとその子は残っていた、という話。
―― 一週間。
子供のころに、蝉の寿命は成虫になってから一週間という話を聞かされたことがある。
だが、実際蝉ってのは一ヶ月ぐらい生きるらしいし、さらに地中の中ではおよそ十七年間ぐらいは生きているらしい。
つまりは、蝉っていうのは意外と大人な虫なわけだ。
一週間……夏樹と会ったのは、明日でちょうど一週間前になる。
……これは、何かの偶然か?
やはり夏樹は御伽話の蝉と似すぎているような気がする。
夏樹が歌を歌えば蝉が鳴き始める。御伽話でも最後に人間になった蝉が歌いだすと蝉が鳴き出した。
普通なら知っているはずのものを夏樹はまったく知らない。御伽話の中だってそうだったはずだ。
そして―― 一週間。
一致しすぎている。
でも……。
「まさかな」
やっぱりそんな非現実的なことは認められない自分が、それを否定した。
同時に、もしかしたら、という自分が存在する。
『明日で夏も終わりだね』
不意に夏樹の言葉がよみがえる。同時に、そのときの少し悲しそうな表情が。
これが決定的だった。俺は否定する自分を捨て、可能性を見出す自分を信じることにした。
だが、そんな馬鹿げたことが、現実にあっていいのだろうか?
そんな思いだけは消えることがなかった。