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Summer Life  作者: ゆっくん
5/9

The Fourth Day -The singing voice of the cicada-

たぶん二番目に短いです。だいぶ概要はつかめてきたでしょうか?

8/16 ルビの修正

 ジリジリと暑い陽射しが俺を脱水症状にしようと猛攻撃をしかけてくる。

 いっそのこと、コンビニに入ればいいのだが、俺はどこか無駄に思える意地を張って決して入ろうとはしなかった。

 ――にしても酷い話だ。

 俺は昨日夏樹と約束したとおりに、朝早くに起きて、親が「彼女でもできたの?」などとからかってくるのを無視して、このコンビニの前にやってきた。

 だが、そこにいたのは夏樹ではなく光介だった。

 俺が何をしているのか、と聞くと、光介は瀬美ちゃんから伝言、といってその内容を伝えた。

 『昼にくるから、ワタルおにいちゃんもお昼に来てね』

 ……俺は愕然とした。

 いや、確かに集合場所は決めたものの、集合時間を決めていなかったのは俺が悪かった。

 にしても、夏樹は光介に伝えて、その後どうやって俺に伝えるつもりだったのだろうか。

 光介はずっとここで俺を待っていたというし、夏樹のやつ、確信犯か?

 ちなみに、なぜ光介がこんなところにいたのかというのを問うと、半ばわかってはいたが買出しだそうだ。理由は至って簡単。体力作りになるから。もちろん、これごときで体力が作れるなら、人間苦労しないというものだ。

 それにしても、自分の息子をパシらせるという親はいかほどだろうか?

 光介はその後、しばらく俺と夏樹がまた会うということでからかっていたが、俺も俺で反応するのが面倒になり、無視し続けていたら光介はシュンとしながら帰っていった。

 帰り途中になにやらぶつぶつと「ワタルは俺のことを思って」などといっていたが、そういうポジティブな方向に考えてもらうと、俺も気が楽だった。

 俺はとりあえず家に帰ろうかと考えたが、いつの間にか地面は熱された鉄板のごとく熱くなっていて、地面からはどこから見てもわかるように陽炎がたっていた。

 帰る気も失せて、そのままこのコンビニで待とう、と考えたわけだが……それが馬鹿だったらしい。

 「暑い」

 ただ一言。そうつぶやいて気を紛らわすことしかできない俺。

 相変わらず蝉はミンミンと鳴き続けている。もうそろそろ夏も終わるというのに、奴らはその最後まで鳴き続ける。性質-タチ-の悪い蝉はもはや冬の気温だというのに鳴く蝉もいる。

 別に数は少ないからいいのだが、季節外れというものだ。

 何度もコンビニに入って雑誌でも読みながら夏樹を待とうかと思ったが、なぜか無駄な意地を張って俺は入らなかった。

 夏樹が今何をしているかなんて知らないが、どこか入っていたら理不尽なような気がしたからだ。もちろん、夏樹だって今頃家で涼みながら何かしているのかもしれないが。

 ……そう考えると、俺はなんて徒労をしているんだ?

 「もうそろそろ昼だな」

 腕時計を見ながらつぶやく。とはいっても、夏樹のいう昼というのがいつになるのかわからないのだが。

 日は丁度真上に差し掛かっていて、コンビニの影は作られない。

 見事にまでコンビニの真上に来た太陽を見て、俺は太陽が俺を苛めている、なんてくだらないことを思っていた。


 ミーンミンミンミーン。


 蝉の鳴き声。今は真昼。ということは――。

 

 ミーンカナカナカナツクツクホーシ。


 ――蝉の大合唱が始まった。

 だが、離れているとそうでもないこの大合唱は、今は普通に蝉が鳴いている程度にしか聞こえない。

 近くで聞けばあれほどにまで破壊力を増すというのに、距離をとればこの程度なんて、やっぱり蝉樹にはいくもんじゃないな、と俺は実感した。

 「綺麗な歌声だねー」

 「そうだな。でも歌声……って!!」

 いつの間にかちょこんと夏樹が俺の隣に座っていた。

 「いつの間にきたんだよ、お前」

 「いつの間にって、今さっきだよ? ちゃんとお昼にくるって光介さんから聞いたでしょ?」

 「ああ、聞いた。だけどな、お前ここに光介を待たせておいて、どうやって俺に伝える気でいたんだ?」

 「……あっ」

 「あっ、じゃねえよ!」

 えへへ、と笑いながら頬をかく夏樹。

本気で光介に伝えれば俺に伝わると思っていたらしい。光介も携帯を持っていたのか持っていなかったのかわからないが、持っていたのなら俺に連絡してくれれば済むことなのに。

 「そういえば、午前中は何してたんだ?」

 「えーっと……いろいろと」

 「そのいろいろの内容を聞いてるんだよ」

 「人のプライバシーを侵害する気ですか!?」

 こいつが光介あたりなら一発叩いてやってるところだ。

 「そんな些細なことは気にしなーい気にしなーい♪」

 「お前が言うか」

 夏樹は白いワンピースを翻しながらくるくると回る。

 「いこ! ワタルおにいちゃん」

 元気いっぱいに言う夏樹。

「待て、夏樹」

だが、俺にはその前にする決定的事項があった。

 「どうしたの?」

 「……飯を食わせてくれ」

 別に懇願しているわけではない。ただ単に、この暑い中待って脱水症状と共に空腹で俺は倒れそうだったのだ。

 素直にコンビニで待っていればよかったと俺は後悔した。


 コンビニで買った弁当を平らげて、俺は夏樹と一緒に当初の予定である向日葵畑にいくことにした。

 「夏樹。お前本当に昨日が初めてだったのか? 向日葵を見るのは」

 「うん。近くで見たのは初めてだったよ。綺麗だねー、ヒマワリって」

 そうだな、といって向日葵畑へと歩いて行く。もう今の場所からでもうっすらと向日葵の黄色が見えた。

 俺からしてみれば見慣れた景色。

 この見慣れた景色を夏樹は遠くからでしか見たことがないという。あの向日葵畑を、じゃない。向日葵そのものを、だ。

 よほど親が厳しいのか、やはり夏樹という少女はどこか可哀想な子だと俺は思う。

 「ねえねえ、ワタルおにいちゃん」

 「なんだ?」

 「ヒマワリって、いっつもお日様のほうを向いてるって本当なの?」

 「んー……そうだな。向日葵は太陽の方向に向いてるな」

 俺もそういうことに関しては詳しくないが、確かそういう話を聞いたことがある。

 「そうなんだー。ワタルおにいちゃん物知り!」なんてほめられたけど、俺も曖昧だからなんだか素直に喜べない。

 「………………」

るんるん気分で歩く夏樹の背中を見ながら、俺は夏樹という少女は夏以外が似合わないような気がした。

 それはいって悪いことなのかもしれないが、夏樹に夏以外の季節というのはどこか異形なような気がしたからだ。

 そんなことを思ってしまったから、俺はこんな変なことを聞いてしまったのだろう。

 「夏樹。お前――冬って知ってるか?」

 それは人に対して問うようなことではない。だが夏樹は。

 「知らないよ?」

 冬ってなに? と純粋な疑問をぶつけてくる夏樹。

 俺は、その夏樹の返答の意味なんて、そのときは考えなかった。

 俺は夏樹に“冬”というものを教えてやった。夏樹は「怖いねー」なんていったが、冬が怖い人なんて何処にいようか? ……いや、ここにいるわけだが。

 「でも、その“ゆき”っていうのには興味あるな♪」

 夏樹は全然知らないという冬の風物詩である雪を夢見て目をきらつかせていた。

 

 数十分かけて着いた向日葵畑。そこには一面黄色が広がっている。

 夏樹は目をキラキラと輝かせて、向日葵畑の中へと飛び込んでいった。

 俺はそれを見失わないように追いかける。

 「おい、夏樹。あんまり遠くいくなよ」

 俺の声が届いているのかわからないぐらい、夏樹ははしゃいでいる。向日葵畑なんてそうそうあるものじゃないが、これだけ喜んでもらえるとやっぱり俺までうれしくなる。

 「きゃー!」

 「!」

 夏樹の悲鳴が聞こえた! 俺は悲鳴のした方向へ走る。夏樹が無事なことを祈――

 「つーかまーえた♪」

 ――ろうなんてした俺が馬鹿だったのか。

 案の定、そこにはミナツに目隠しをされた夏樹がきゃっきゃとはしゃいでいた。

 俺はため息をついて額に手を当てる。この暑い中ひやひやしたと思えば、その反動で今度はもっと暑くなってきやがった。

 「あら? ワタルも一緒だったの?」

 「……ああ。一緒だったさ」

 「? どしたの? そんな疲れたような顔して」

 「……気のせいだろ」

 あえて理由はいわないことにしておこう。何かからかわれそうだから。

 「びっくりしたよー、ミナツさん」

 「あははっ、ごめんごめん」

 笑いながら手を合わせて謝るミナツ。

 夏樹は俺が心配してここまで来たことなんて知る由もないからミナツと談笑をし始める。

 ……なんだか俺は疎外感を感じる。

 「で、瀬美ちゃんとワタルが二人して何してんのよ?」

 「別に。ただ夏樹に町案内してやってるだけだよ。そういうお前こそなんでこんなところにいるんだ?」

 「なんでって、単にここはあたしのお気に入りの場所だからいるんじゃない」

 「いや、初めて知ったぞ」

 うん、この三年間で初めて知った。いや、知らないことは一つぐらいあるもんだなと俺は変なところで感心する。

 確かにミナツは活発な女子だ。向日葵といえば、どことなく元気の象徴でもあると俺は思っている。もしも夏に向日葵というものがなければ、それはきっと夏ではないと俺は思うことだろう。

 そんな元気な象徴の場所に活発な女子がやってくる。別におかしなことではないのかもしれない。

 「ここはね、あたしの子供のころからのお気に入りの場所なんだ。冬になったら殺風景な場所になっちゃうけどね」

 あははー、なんて笑いながらいうミナツ。

 確かにここら一体は向日葵だけで、冬になれば枯れてしまう。鮮やかな黄色は極端にいって灰色に染まっている。

 「向日葵って綺麗ですよね、ミナツさん」

 「うん! そうだよね! いやー、瀬美ちゃんはわかってるねー!」

 綺麗だといったらわかったということになるのだろうか。

 「この綺麗さもワタルにはぜんぜんわからないんだよ、瀬美ちゃん」

 「へっ!? そうなんですか!?」

 理不尽なことに、なぜか俺は二人に睨まれる。

 「なぜ俺が睨まれる」

 「この綺麗さをわかってないからよ」

 「わかってないからだよ」

 「………………」

 この二人は変なところで俺に対する怒りを膨らましている。それに一応俺は弁解することにする。

 「待て。俺はすっごく、ってわけじゃねえけど綺麗だとは思ってるからな?」

 「あら、ワタルにもそんな綺麗な心があったのね?」

 「俺の心は元からそんなに汚れてねえ!」

 何か余裕げなミナツ。こいつ、調子に乗るとすごくむかつくから嫌だ。どうして三年間も一緒に遊んでられたんだ、俺。

 「まぁまぁ、ミナツさんも、ワタルおにいちゃんもやめようよ?」

 そこへ夏樹がおだてるように入ってくる。

 ミナツはそれで今日はやめといてあげましょう、なんて感じの顔をした。

 俺も夏樹に止められて、ミナツに覚えとけよ、とがん付けだけはしておいた。

 「それじゃ、せっかく瀬美ちゃんもここまできたことだし、なんかして遊ばない?」

 「そうだな。だけど何して」

 「鬼ごっこがいいです!」

 これから何をして遊ぼうかと考えようとしたところで、夏樹がこのときを待っていたとばかりに手を上げて言った。

 「いいわねー、鬼ごっこ」

 「はい! やっぱりひまわり畑といったら鬼ごっこですよね!」

 「いや、意味がわからんぞ、夏樹」

 たぶんこいつはここに来ると決めたときから遊ぶ気だったんだろう。

 確かに、ここなら背の高い向日葵も多くて、逃げるにしても、すぐに鬼の目をくらませて意外といい勝負になるかもしれないからな。

 「でもさすがに三人っていうのは寂しいわね」

 「そうだな……。ほかの奴らも誘ってみるか?」



 集まったメンバー、一人。

 いや、なぜだかわからないけど、一哲はアルバイト。光介は家の手伝い。こずえは今日は読書の日とかいう意味のわからない理由で断られ、残った透だけがオーケーだったのだ。

 つまり集まったメンバーは透だけ。

 「一哲は最後の一週間だから遊ぶぞ! とかなんとかいってたくせに、自分でその予定崩してんだな」

 「ええ、そうね。ほかのメンバーもそんなのお構いなしな状況ね」

 「……もしかして、僕じゃダメだったか……?」

 「そんなことないですよ、透さん。わたしはうれしいです!」

 「そ、そう? ならよかった、安心したよ。ありがとう、瀬美ちゃん」

 完全にネガティブモードに入る前に、それを止めた夏樹。透は本当に安心したように笑った。

 夏樹は透に感謝されて喜んでいる。

 それはどことなく兄妹を思わせた。

 「で、今から何するんだったっけ?」

 「夏樹のご要望で鬼ごっこだ。まぁ、四人ってのはこの広いとこじゃ少ないかもしれないけど、どうにかなるだろ」

 向日葵畑の広さは普通の公立学校と同じぐらい。それ相応に広い。

 「んじゃ鬼は……」

 「そりゃワタルでしょ♪」

 「って、なんでだよ!?」

 「ワタルおにいちゃんが一番あってるよ」

 「あっててもうれしくねえ」

 「それじゃすまないけど、僕もワタルで」

 「なんでだよーー!」


 ……ということで俺は今頭に向日葵の王冠をつけて、端から見れば滑稽な野郎になっていた。

 「あっははは! ワタル、似合うよ!」

 自分で、鬼はわかりやすいように頭に向日葵でもつけとこうよ、なんていいだしたのにこの様。俺の堪忍袋の緒がもうそろそろ切れそうだ。

 「可愛いよ、ワタルおにいちゃん」

 「うん、僕も似合ってると」

 「うるせええぇえ! お前らとっとと散りやがれー!」

 俺の怒声で三人は笑うのを若干やめながら、それぞれ違う方向に逃げていった。

 「三○秒数えたらいくからなー!」

 ………………。

 応答はないが、まぁ聞こえただろう。

 俺はその場にしゃがんで数を数え始める。

 「いーち、にー、さーん」

 三○秒もみんなに一応聞こえるように数えなきゃいけないぶん、これだけで体力を消耗しそうだ。

 しかもこの猛暑。喉もかわくからこれはきつい。

 「――じゅーろく、じゅーしち、じゅーはち」

 もうすでに喉はからからだ……。誰か、水を……。

 「――にっじゅしーち、にっじゅはち、にっじゅく」

 あと……後一秒!

 「三○!」

 よし! 今から探しにいくぜ! すぐに見つけ出してやる――。

 「何してるんだ、ワタル」

 「………………」

 俺が立ち上がった目の前には、なぜか一哲がいた。

 「いや、その、かくれんぼ」

 「かくれんぼ? それじゃ、その頭についてる向日葵はなんだ?」

 「これは鬼の印っていうかなんていうか」

 「ところで」

 「?」

 「もしもミナツたちを探しているなら、たぶん無理だと思うぞ」

 「なんで?」

 「たぶんお前は向日葵畑の中を探そうとしてるんだろうが、ミナツたちはそれぞれ町に入っていった」

 「………………」

 うん、これはいくらなんでも許せない。あいつらを再起不能にしてやる。そう誓った。今、誓った。

 「手伝ってくれるか、一哲」

 「ふむ、仕方がないだろ」

 今はなぜ一哲が目の前にいるかなんてことはどうでもいい。その理由を問いただすのは後の話だ。今は、町に散り散りになっていったあの三人を見つけて血祭りにあげてやる。たぶん今の俺は目が充血いしていることだろう。殺しはしないが締める。

 こうして、俺の鬼の仲間として一哲が加わり、かくれんぼの領域を超えた大捜索が始まった。

 俺と一哲は町の半分ずつ探すことにした。半分といってもだいたい六時間ぐらいはかかる。そう考えると、一度見逃したところなんて探してられない。今の俺と一哲の探索力には塵一つ見逃すことが許されないのだ。

 俺は注意深く町を見ながら夏樹たちを探した。なんだか人の視線が俺に集まっているような気がするが、それはたぶん俺が血眼になって何か探しているからだろう。

 「くそ! どこいやがんだよ!」

 夏の暑さもあって、俺のいらいらは募るばかり。

 路地裏、道路、畑――どこもかしこも調べたが、夏樹たちの面影は見当たらない。

 もしも夏樹たちがそれぞれバラバラになっているのだとしたら、たぶん俺はあきらめるだろう。せめて夏樹だけ見つけてから帰るかもしれない。

 できるだけ一箇所に集まっていてくれることを祈りながら、俺は町中を探した。

 やはり、どこにいっても視線が俺に集まっているような気がするのは気にしない。

 探す、探す、探す、探す!


 ――二時間後。


 「見つかったか、一哲」

 「残念ながら見つかってない」

 俺と一哲は服を汗でびっしょりにして、蝉樹へいく入り口の前で集合した。たぶん今服をしぼったら水が出てくるだろう。

 「あいつらは、加減ってものを知らねえのか」

 「うむ。三年間遊んできたが、ここまでされると、さすがにきついな」

 この二時間ぐらい、探しに探したがミナツたちは影さえ見えない。

 一体どこまで逃げたのか、あいつのことだから『誰も範囲は向日葵畑なんていってないわよー?』なんて屁理屈を言うに違いない。

 「で、お互い残ったのは……」

 「どうやらこの向こうだけだな」

 お互い林の奥を見て忌々しげに少しだけ見える蝉樹を睨んだ。

 一哲はいつも冷静。冷静なのだが、やっぱりやるとなったらやる男だ。

 それにしても、あいつらはたった三○秒でここまできたっていうのか?

 さっきの向日葵畑から走ってもこの入り口までは三○分はかかるというのに、何か秘密のルートでも使ったのだろうか。

 「いくぞ、ワタル。バイトを早めに終わらせてきてみればこれだ。俺は早く家に帰って風呂に入りたい」

 「ああ。そうだな。俺もどっちかというと今すぐ帰ってあいつらを放っておきたい。そして家で風呂に入りたい」

 「その風呂は?」

 一哲の言葉に俺と一哲は顔を合わせる。

 そしてそれが蝉樹に向かう合図のように――

 「水風呂だーーーーー!!」

 ――俺と一哲は蝉樹に向かって走り出した。


 蝉樹につくまで約小一時間。

 そんな少し長い道のりを俺と一哲は走り抜ける。

 「なあ、ワタル」

 「なんだ?」

 「もしも蝉樹に瀬美たちがいなかったらどうする?」

 「………………」

 それは考えていなかった。

 もしも蝉樹に夏樹たちがいなければ、その時点で家に帰って水風呂に入りシャワーを一浴びするのだろうが、その間も俺が夏樹たちを探していると思っていると思うと、そこで水風呂に入って気持ちよくなったところでただの罪悪感しかわいてこない。

 「いなかったら先に帰っていいぞ。もとより鬼は俺だけだからな。一哲は家に帰って水風呂にでも入ればいいさ」

 もっともな理由。だけどどこか恥ずかしい言葉。

 俺と一哲はそこで閉口してしまい、ただひたすらに走っていた。

 「……最後までつきあうさ」

 閉じていた口を開いて一哲はそういった。

 「そっか。ありがと!」

 「俺としても、走るだけ走らされて見つからないのは癪だからな」

 俺と一哲は少し笑いながら走り続けた。

 にしても――

 「どこの安い漫画の設定だよ、これ」

 「さあな」

 どこか臭い感じの演出だ、と俺も。そして一哲もそう思っていた。

 「見えてきたぞ!」

 「へっ?」

 一哲の言葉に少し上のほうに目を向けると、確かにそこには蝉樹の上のほうが少し見え始めていた。

 ものの一○分。俺と一哲が知らぬ間に最短ルートでも渡ってきたのか、それとも執念というなの感情が俺たちの人間の限界を超えさせていたのかはわからないが、とりあえず蝉樹はもうすぐそこだった。

 俺と一哲はラストスパートをかけて、蝉樹の方向へとダッシュする。

 「なーーーーつーーーーきーーーー!!」

 俺は叫びながら蝉樹へと走って――そこで声を、歌を聴いた。

 「――――――――――――」

 その唄は聴き覚えがあった。

 そう、この唄は夏樹が前に蝉樹にきたときに歌っていた歌だ。

 その夏樹は蝉樹の根元で目を閉じて歌っている。その横にはミナツと透の二人が座って寝ていた。

 しばらくの間、俺は声をかけようかと迷った。だが、一哲がそれを無言で待て、といってるような気がして俺は夏樹の歌が終わるまで待った。

 「――――――……ふぅ」

 「見つけたぞ」

 「ふわぁあ! つ、捕まるー!」

 逃げようとする夏樹に俺はぽんっ、とタッチをしてやった。続いて、寝ているミナツと透にもタッチして、それで目を覚ましたミナツと透は「あちゃー」なんて言って起きた。

 これで俺の鬼としての使命はやっとのこと終わった。

 「お前らどうやってここまできたんだよ」

 「いやー、瀬美ちゃんについていったらあっという間についちゃってさ」

 「よくわからないけど一分かかったか、かかってないかってところだと思う」

 「まじかよ」

 にわかには信じがたい話だが、そんぐらいの早さでこなければここまでこれるはずがない。

 もちろん、俺だって二時間ぐらいは町探索をしていたわけだが、俺と一哲がついたときの状況から見て、夏樹たちは汗も引いていたみたいで、着いてから結構な時間が経っていることがわかった。

 「夏樹、お前どんな秘密の道使ったんだよ」

 「えへへー♪ 教えないよー♪」

 「このやろ」

 「ぷっはははははははは!!」

 俺が夏樹を捕まえようとして、突然ミナツが笑い出した。

 「なんだよ、いきなり笑い出して」

 「だ、だって、ははっ、ワタル、あんた気付いて、はは、ないの?」

 笑いながら言うミナツ。

 俺が何に気付いていないというのだろうか。

 「ワタル、全然気付いてないの?」

 透が心配そうにいってきて、ますます俺はなんのことだかわからなくなる。

 「あー、ワタル。会ったときからいおうと思ってたんだが、お前が血眼になって探しているみたいだったから言うのを忘れてた」

 「なんのことだよ?」

 「頭」

 「は?」

 俺は頭を少しさわさわと触ってみる。

 そこにあるのは汗でべたついた髪の毛と……。

 「なっ!?」

 俺は恐る恐るその“笑いの種”を頭から外してゆく。

 「あ………………」

 ……そうか。町で感じた視線はこれのせいだったのか。

 俺も夏樹たちの非常識な逃げっぷりに我を忘れていたのだろう。一哲とあって一度この存在に気付いたけど、その後全然気に留めていなかった。

 そう、鬼の印の向日葵が俺の頭にはつけられていたのだ!

 「ワタルおにいちゃん、ずっと頭にヒマワリ咲かせて探してたの?」

 「………………」

 言う言葉もない。まさに俺は頭に向日葵を咲かせて夏樹たちをずっと探していたのだ。

 「傑作よ、傑作! あははははははは!」

 ミナツは笑い転げているし。俺は今更ながら羞恥の心でいっぱいになってしまった。

 「俺としたことが……」

 「大丈夫だよ、ワタルおにいちゃん。似合ってるから♪」

 「うれしくねえよ!!」

 怒ってみるが、夏樹はきゃっきゃと笑っているだけ。俺は怒る気も失せてしまった。

 「ところで、前も聴いたけど夏樹のあの歌ってなんなんだ?」

 「あー、それあたしも気になってた。全然聴いたことない歌だよね」

 うんうん、と透も頷く。一哲もさっきまではどこかを見ていたようだが、その話に興味を示した。

 「どこかの民謡かなにかなの?」

 「うーん……」

 そうやってしばらく悩んだ末に、夏樹はわからないときっぱり言った。

 「って、それじゃなんでそのわからない歌をお前は歌ってんだよ」

 「うーん……」

 また悩み始める夏樹。

 「たぶん夏樹ちゃんはなんていえばいいのかわからないって言ってるんだと思うよ?」

 「そうだよ! ワタルおにいちゃん!」

 透の考えに都合よく同意する夏樹。まあ俺の知ってる歌なんてそんなにないし、歌なんてものは星の数ほどあるようなものだ。そんな歌があっても不思議ではないか。

 なんて自分の中で自己完結して、ミナツも別に歌のことをそれ以上気にする様子でもなく夏樹の答えに納得していた。

 「もう夕方だねー」

 のん気に言う夏樹が言うとおり、もう空は薄い茜色に染まり始めていた。

 俺としては、朝からコンビニの前で待って、昼にはコンビニ弁当。その後夏樹と一緒に向日葵畑へ行って、そこでミナツと偶然遭遇。透を呼んで鬼ごっこをして、非常識振りを発揮した夏樹たちをバイトが早く終わったというので来た一哲とともに血眼になって夏樹たちを探して――今に至るわけだ。

 どこか徒労のような気がしないでもなかった一日だが、別に悪い気はしない。もとより遊ぶのは子供の本分といってもいいし、もうそろそろ社会人になろうとしている俺たちにとってはいい思い出作りのようなものだ。

 俺は茜色に染まる空を眺めながらしみじみそんなことを思っていた。

 「夏樹」

 「ん? なに、ワタルおにいちゃん」

 俺は別にいうこともないのに夏樹を呼んでしまった。

 だから別にいうことなんてなかったんだ。だから俺は――。

 「――さっきの歌をもう一回歌ってくれよ」

 なんて、なんか格好つけたように言った。

 「いいよ♪」

 夏樹は別に不思議に思うことはなく、また歌を歌い始めてくれた。

 その歌は何回聴いても聞き覚えがない歌。一哲たちもその歌を静かに聴いていた。よく聴いていれば、言葉自体もあまり聴いたことがないものだった。どこかの国の言葉かと思ったが、やはり違うような気がする。

 「………………」

 ――やっぱり、夏樹には夏という季節以外は合わないと俺は思った。



 「じゃあなー!」

 「さようならー」

 俺と夏樹は一哲たちに蝉樹へいく入り口前まで行くと別れを告げてコンビニのある方向へと歩き出した。

 「今日も楽しかったねー♪」

 「俺はさんざん走りまわされたがな」

 まあまあ、なんておだてる夏樹。まったく、同情するならなんとやらだ。

 「ねえねえ、明日はどうする? ワタルおにいちゃん」

 「明日?」

 ここ四日間は夏樹と毎日あっているような気がする。まだ学校も始まってないから、知り合っているのが俺だけなのか。

 俺はとりあえず明日もコンビニ集合。時間は昼ぐらいということだけは言っておいた。

 「何をするかはそのときに決めればいいだろ」

 「そうだね」

 ちゃんと約束をしたことによって、夏樹は上機嫌になってスキップをし始める。いつも麦わら帽子をかぶって、白いワンピース姿の少女。そんな少女に俺は昼間にした聞いたことをもう一度聞く。

 「お前、“雪”って見てみたいか?」

 「ゆき? 見てみたいよ! もちろん」

 「それじゃあさ、冬になったら今度見に行こうぜ」

 それは今にして思えばあまりにも儚い希望であること。

 「ほんと!?」

 「ああ。まあ、いつになるかわからないけどな」

 「ゆきって明日にでも降る?」

 「へ? あ、いや。どうだろうな。異常気象でも起これば降らないこともないかもな」

 「そっかー……。よし! いじょうきしょう起これー!」

 俺の少しふざけた答えに夏樹は本気になる。たぶん夏樹は異常気象という言葉の意味を知らないのだろう。あまりにも純粋すぎる考えで、夏樹はきっと明日にでも雪が降ることを夢見ている。それは少しだけ俺に罪悪感を与えた。

 だからやっぱり俺は一緒に願うのだろう。会って間もない少女のために。

 「そうだな。明日、異常気象起これー!」

 「起これー!」

 茜色に染まっている夕空に向かって、俺と夏樹は変な夢を願っていた。

 

「あ、コンビニだ」

 変なことを願っていたらいつの間にかコンビニについていた。途中で道行く人に少し変な目で見られたが、今日の昼間に頭に向日葵を咲かせて走り回っていた俺には苦でもない。……たぶん。

 「じゃあ、また明日ね! ワタルおにいちゃん」

 「ああ。また明日」

 ばいばーい、と大きく手を振りながら俺とは反対の方向に走ってゆく夏樹。俺はそれに振り替えしてやると、自分の家へと歩いていった。

 「また明日、か」

 後何度そんな言葉が聞けるだろう?

 そんなの、これから何度も会うというのならばいくらでも聞けそうな言葉。それがいつか聞けなくなる、なんて変なことを思ってしまい俺は少し冷えだした空気を感じながら歩く。

 遠くからは蝉樹からの蝉の大合唱が聴こえていた。

 「明日、異常気象になーれ」

 明日天気になーれ、と同じリズムで俺は言う。その異常気象が雪であることを願いながら。


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