アーテ
「アーテ、どうしたの?」
突然部屋を訪れたアーテの目的を、リーヴァは量りかねていた。
「お嬢様、その……」
「?」
「もしかして、帰ってこられるのはずっと後なのですか?暫くっていつまでなのですか?」
「……!それは……」
その答えはリーヴァとて知らなかった。国王から下された命令は、「世界中の人間全て生き返らせろ」というものだった。まずはルードス王国内全て、その後は周辺諸国を始め、文字通り全てを生き返らせなければならない。この屋敷に帰ってこられるのなんていつになるのだろう。
「……ごめんなさい。もしかしたら、もうずっとお別れかもしれないわ。」
「そ、そんな!」
「アーテ、あなたには今まで世話になったわ。思えばずっと一緒にいてくれたものね。」
「お嬢様、」
「あなたにも、屋敷のみんなにも感謝しているわ。こんな私のことを大切に思ってくれて。でもね、これは私がやり直すための唯一のチャンスなの。どれだけ大変でも、一度道を踏み外して、それを取り戻せるだけの力を与えられた私だからこそ、この使命を果たさないといけないの。」
リーヴァは、伝えようと思っていた事は全て言ったつもりだった。
「ごめんなさいね、長々と話してしまって。最後にアーテと話せて嬉しいわ。あと、私がいないとアリスが寂しがるかもしれないわ。だから、彼女のことをよろしくね。」
アーテはずっと俯いたまま、何か言いたげな表情でリーヴァの話を聞いていた。しかし、リーヴァの話が終わると何か決心したような表情で、リーヴァの方を向いて口を開いた。
「お嬢様、お嬢様は何でそんななのですか?」
「え……?」
「いつもいつもそうやって誰かのことばかり。そんなだからアリスに嫉妬してやっと我儘をするようになってもあんな失敗をするんです。」
「アーテ……あなた何のことを……」
「それにもっと気に入らないことがあります。」
そう言うと、アーテはリーヴァに詰め寄り、両手でリーヴァの頬を押さえながらこう言った。
「何でそうやってお嬢様のお人好しは空回りするんですか!」
「……え?」
少し間抜けな声が出た。
「私は感謝の言葉なんて求めてないし、アリスだってそんな気遣いいらないんですよ!」
「で、でも、あなたたちには幸せに……」
「私たちの幸せは、お嬢様のお側にずっといることなんです!」
「!」
「アリスだって、お嬢様と一緒にいられるならそれが1番幸せだって、胸を張って言い切るはずです。それくらいの事をあなたは彼女にしているんです!」
「アーテ……」
リーヴァは何も言えなかった。それだけ愛されていたのだという嬉しさと、それでも自分の使命に彼女たちを巻き込みたくないという思いと…………離れたくないという我儘が、胸の中で形容し難い存在となってリーヴァを苦しめていた。
「何で、何でそうやって言い切ってくれるの?何で私と一緒にいたいなんて願ってくれるの?」
リーヴァの問いにアーテは少し躊躇ったが、やがて勇気を出して答えた。
「お嬢様を愛しているからです。」
「…………へ???」
「旦那様が奥様を愛しているように、私はお嬢様のことを愛しているのです。」
さっき、アーテが一緒にいたいと言ってくれたときとは違った何かが、リーヴァを黙らせた。
「初めて会った時は、お嬢様のことはとても可愛らしいお方だと、ただそうとだけ思っていました。でも、一緒にいるうちに、お嬢様のことをそれ以上に大切に思ってしまうようになったんです。妹でも娘でもない、もっと違った思いがあったんです。」
「アーテ、その……」
「申し訳ありません、こんなとこ話してしまって。私のことを気持ち悪いとか嫌だとお思いになるならそれでも構いません。私はただお嬢様に私の気持ちを伝えたかったんです。アーテはもう消えましょう。おやすみなさい、お嬢様。」
そう言ってアーテは部屋を出ようとドアへ向かっていく。リーヴァはただ立ち尽くしていた。しかし、この機を逃してはならないと、彼女の中の何かが、強く叫ぶ。
リーヴァはアーテの腕を強く掴んだ。
「お嬢様?」
その瞬間、アーテの唇に、何か暖かいものが重なった。アーテにはその正体が分かったが、信じられなかった。
十数秒ほどそうしていただろうか。アーテとリーヴァの唇が久々に大気に触れると、アーテの目の前には、顔を赤くしながらもこちらを見つめるリーヴァがいた。
「あなた、私はもっと我儘を言えと、そう言ったわよね?」
「え、いや、あの、その、」
「だったら早速言わせてもらうわ。アーテ、私の恋人になってちょうだい!」
アーテは泣いていた。それが嬉しさ故なのか罪悪感故なのかは分からなかった。
「……よろしいのですか。こんな私なんかが、お嬢様の恋人になんて」
「当たり前じゃない、それが私の願いよ。たとえ離れ離れでも、ずっと私のものでありなさい。アーテ、私はあなたが欲しいわ。」
「…………!はい!」
もう一度、2人は唇を重ねた。それ以上のことは無かったが、2人にはとても短い夜のようだった。
翌朝、リーヴァの目の前には王宮からの遣いの馬車がいた。
「みんな、ありがとう。アーテ、愛してるわ。」
最後の一言は誰にも聞こえないように、リーヴァは屋敷の方を向いて呟いた。
その時だった。
「お嬢様ーーー!」
「リーヴァーーー!」
「……!」
それはアーテとアリスだった。何故か2人とも大きな荷物を背負い、リーヴァ同様動きやすい服装をしている。
「アーテ、アリス、あなたたちどうしたの⁉︎」
「それはこっちの台詞よリーヴァ!今朝アーテからいきなり、『お嬢様がもう帰ってこないかもしれない』って聞いてびっくりしたんだよ?こうなったら私もついていくしかないじゃない!」
「私はもとよりお嬢様に仕える以外の人生は考えていませんので。」
「で、でもどうやってお父様を説得したの?」
「何をおっしゃいますお嬢様。元々誰も1人で行けなんて言ってませんよ。」
「あ…………。て、アーテちょっと来なさい!」
リーヴァはアーテにだけ聞こえるように話す。
「じゃああなた、昨日のあれは何?」
「お嬢様がお1人で何処かへ行こうとしているのがあまりに悲しかったもので。つい感情的になってしまいました。あ、でも、私の思いは昨日伝えた通りですよ。」
「、、、、!馬鹿……」
「リーヴァ、アーテ、どうしたの?」
「な、ななななな何でもないわ!」
「?そう。」
「と、とにかく、あなたたちがそこまで言うなら、その、私についてきなさい!こうなったらずっと一緒よ!いいわね?」
「うん!」
「勿論でございます。」
こうして、決して寂しくないリーヴァたちの旅が始まる……かと思いきや
「見つけたぞー!そこを動くなー!」
遠くから何か小さなものが全力疾走してくる。それは間もなくリーヴァたちのもとにたどりついた。
「はぁ、はぁ、貴様ら、少し、話を聞かせてもらう、ぜぇ、ぜぇ」
やけに息を切らすそれは一見茶髪のただの幼女だ。しかし明らかにそれではない。捻れた2本の黒い角と黒い羽、そして黒くて細長いしっぽが生えていた。間違いなく魔族である。
「ま、魔族、あなたは一体」
「これが魔族……転生後だと初めてみた。ん?魔族で幼女ってまさか!」
「お嬢様、アリス、お下がりください!」
リーヴァたちが驚きと警戒をあらわにする中、ようやく息を整えた魔族の幼女が叫ぶ。
「ただの魔族ではない!我は魔王ネルフィ!貴様らだな、我の臣下たちを消したのは!」
その幼女は魔王だった。
頭の中でノスタル爺がめっちゃ叫んでた。