この世界で初めて
回想シーン終了
「どういうことですか?私にも、誰にも分からないって。あなたに、何があったんです?」
「言いたくありません。」
「アリス……」
「先日、ルージズ王子からプロポーズされました。」
「っ!」
「ですが断りました。」
「……何ですって?」
「嫌なんです。政治も、貴族の社会も、私には荷が重すぎます。私はただ普通に勉強して過ごしたかっただけなんです。殿下とリーヴァ様の仲を引き裂きたくもなかった。今更生き返ったところで、私の望んだ生活は、もう……」
乙女ゲームや異世界転生など思いつきもしないリーヴァだが、アリスの苦しみをほんの少しは理解したつもりだった。自分たち貴族はこの世界にずっと前から身を置いている。腹の探り合いも、作り笑顔も造作もないことだ。対して彼女はどうだ。決して今の平民の暮らしは理想とは言えないだろう。しかし彼女はその世界から突如としてこの権謀術数渦巻く貴族社会に放り込まれたのだ。心を病んでもおかしくない。実際彼女は自殺したらしい。
そこまで考えて、リーヴァは違和感を覚えた。
「アーテ、彼女が自殺したなんて、私は聞いてないわよ。ついでに殿下のプロポーズを断ったことも。」
「えっと…旦那様に口止めされていたんです。お嬢様に余計な負担をかけないために学園や殿下に関する話題は伝えるな、と。黙っていて申し訳ありません。」
「そう……いいのよ。お父様にも感謝しないと。さて、それはそれとして、アリス。」
「何ですか。」
「あなたはこれからどうしたいのですか?」
アリスは黙り込んだ。しばらく考えたのち、彼女は口を開いてこう言った。
「放っておいて下さい。私には生きる目的はありません。お二人がお帰りになられた後、また死ぬつもりです。だから、また死んでも、もう生き返らせないでください。」
リーヴァとて、このような返答は予想していた。今の彼女はこの世界に疲れ切っている。確かにこれ以上学園にいることは彼女には無理だ。かといって退学できるかといえばそれは無理だろう。彼女は元々魔法を学んで国益となるべくこの学園にやってきたのだ。しかも彼女の成績はかなりいい。つまり退学するための正当な理由が無いのだ。しかも、仮に学園を去れたとしても、王子のプロポーズを断ったという悪評は今後彼女を苦しめ続けるだろう。死んだ方が楽なんて考えに至ってもおかしくない。
だけど、そんなことでリーヴァは食い下がらない。アリスを助けたいのだ。リーヴァとて彼女が才能だけで優等生の地位を勝ち取ったなんて思っていない。彼女はその才能を使いこなせるほどの努力ができたのだ。そんな人が、不幸であってたまるか。
「アリス、付いてきなさい。」
「え?」
「いいから、早く。」
「は、はい。」
リーヴァがアリスを連れてきたのは例のダンスホールだった。
「あの、リーヴァ様、何を。」
「私ね、さっきここで復活魔法使って失敗したの。」
「え?」
「でもね、何となく原因が分かったかもしれないわ。」
「ほ、本当ですかお嬢様⁉︎」
「ええ、アリス、アーテ、見てなさい。特にアリス、今から私はあなたのためにこの魔法を成功させて見せるわ。」
「え?私のため?」
「ええそうよ。だからね、1つあなたにお願いがあるの。」
「何ですか?」
「自分の思ってること、きちんと、正々堂々と伝えなさい。いいわね?」
「あ、あの、リーヴァ様、何を」
「いくわよ!」
そういってリーヴァは再び復活魔法の行使を試みる。今回は大丈夫。さっき上手くいかなかったのは、自分のためだけに使おうとしたからだ。
アーテや、両親や、使用人たちの時も、確かに会いたいという欲はあった。しかしそれ以前に、彼らに何かあったら、今無事なのだろうかと、彼らを思いやる気持ちがあったのだ。対して先程はどうだろう。自分とは縁のない人間だからと、相手を思いやっていなかった。ただ自分の名誉のためだけに復活魔法を使おうとしたのだ。上手くいかなかったのはそのためである。
かの聖女も、人々を救うために復活魔法を使ったという。きっと彼女も、この魔法の真髄を理解していたのではないだろうか。
(今回は違う、私はアリスを助けるために、この復活魔法を使うんだ!)
その瞬間、暖かい光が学園中を包み込む。リーヴァはとてつもない量の魔力の消費を感じたが、その程度どうってことない。それだけ彼女の魔力は膨大だ。
やがて光の粒があちこちで人の形を成していく。学園の人間が蘇っているのだ。実は、彼らは死亡時には殆どが教室で授業を受けていたのだが、リーヴァの魔法にとってはその程度の位置の変化は誤差なのだろう。
人々は意識が戻ると、いっせいに騒ぎ始める。その中に、リーヴァのお目当ての人物がいた。
「な、何事だ!僕は確かに教室で授業を…」
「ルージズ王子!」
リーヴァはアリスたちを連れて王子のもとへ向かっていく。アリスは戸惑っており、アーテは静観している。
「リ、リーヴァ、貴様!なぜここにいる!謹慎処分にしたはずだ。そうか分かったぞ、僕に謝りに来たんだな?今更謝ってももう遅い。だいたい貴様の暴挙が原因でアリスは心を病んで自殺したのだぞ!僕の婚約者を死なせておいてよくもおめおめと顔を出せたものだな!」
リーヴァに対して怒鳴り声を上げるルージズ。そして元婚約者のリーヴァの存在に、その他大勢の方々が騒ぎ始める。
一方リーヴァはえらく落ち着いていた。
「別にあなたとの婚約などもう未練はありません。私が相応しい相手でなかっただけのこと。それと、アリスが自ら命を絶ったのはあなたが無理矢理彼女を口説こうとしたせいでしょう。政治とは縁のない世界で暮らしていた平民にとって、あなたの妻という役割がどれほど重たいものか考えられないのですか?」
「き、貴様あ、よくもまあそうペラペラと言い訳を」
「そうよね、アリス?」
「は?ア、アリス⁉︎」
そうしてリーヴァの背中に隠れていたアリスが前に進み出る。彼女も、リーヴァが自分にどうしろといっているのか察していた。死んだはずの人間の登場に、その場は混乱の渦だ。
「お久しぶりです、殿下。」
「ど、どうして君がここにいるんだ?君は確かに2週間前に死んだはず……そ、そうか、分かったぞ。神が可哀想な君を哀れんで奇跡をもたらされたのだな、そうだ、そうに決まっている。」
「私を助けてくれたのはリーヴァ様です。というか、殿下も、この場にいる皆様も、みんなリーヴァ様に救われてますよ。」
「ど、どういうことだい、アリス。何故君がそいつの肩を持つ?そいつは君に酷いことを」
「その件はもう和解しました。気にしていません。」
「な……ま、まあいい。君がそれでいいなら。そうだアリス、もう一度考えてくれ。君を愛している。だから、僕の妻に」
「お断りします!」
「何⁉︎」
公衆の面前で振られるルージズ王子。聴衆の中には驚くもの、嘲笑するものなど様々だ。
「私はあなたのことなんか好きではありません!それに未来の王妃などという立場も欲しくありません!私はただ魔法を学びたかっただけなんです!」
「なっ………」
アリスはルージズに本音をぶつけた。流石にこれだけの人数の前で言えば、ルージズも諦めざるを得ないだろう。リーヴァの計画通りである。
「よく言ったわ、アリス。」
「リーヴァ様、私……。」
「いらっしゃい。もうこんな所にいても意味はないわ。アーテ、帰るわよ。」
「承知しました。」
「ま、待て、どういうことだ!説明を……」
リーヴァはアリスの手を引き、ルージズの叫び声を無視して学園を出て行った。どのみち父から言いつけられたここでの仕事は果たしたのだ。もう用はない。
リーヴァがアリスを連れてきたのは、マグリット公爵家の屋敷だった。
「あ、あの、リーヴァ様、ここは?」
「私の家よ。ねえアリス、ここで暮らさない?」
「え………えええ⁉︎どどど、どういうことですか⁉︎」
「あの学園は居心地が悪いでしょ?どのみち私も謹慎中だし、せっかくだから2人仲良く退学しましょ。魔法を学びたいなら家庭教師を手配するわ。ここならあの学園ほど疲れることはないし、あなたも魔法を勉強できるから学園側も文句は言わないだろうし、いい考えでしょ?」
「え、いや、その、いいんですか⁉︎」
「もちろんよ。その代わり将来マグリット家の為に働いてもらうわ。あまり政治だの貴族だのとは縁のない仕事を用意するから安心して。」
「どうして、どうして私のためにそこまでしてくれるんですか。」
アリスとしても、リーヴァの提案に断る理由なんてこれっぽっちも無かった。だからこそ、彼女がそこまで自分のことを思ってくれる理由がわからない。
「私ね、入学式であなたを見たとき、綺麗だなって思ったわ。」
「へ⁉︎」
「それでね、才能に頼らず努力するあなたのことを素敵だと思ったわ?」
「そ、そんな、努力だなんて。私はただ楽しくて勉強してただけで。」
「そういうところが素敵って言ってるのよ。それでね、そんな努力家のあなただからこそ、私は幸せになって欲しいの。」
「リーヴァ様……」
「ああ、それと、そのリーヴァ『様』っていうのやめましょう。敬語禁止、リーヴァでいいわ。」
「え⁉︎そ、そんな恐れ多い。」
「いいのよ気にしないで。だからねアリス、私と、その、お友達になって、ください。」
アリスの目からは自然と涙が溢れていた。絶望しか感じられなかった異世界で、こんな嬉しい気持ちになれたのは初めてだと思った。
「うん!よろしく、リーヴァ!」
アリスは泣きながら、満面の笑みを浮かべてリーヴァにハグをした。
つーわけでヒロインも攻略しました。
ざまあされるのは王子だけで十分です。
ルージズ王子には腐っても構わないので他に良い相手を見つけてもらいましょう。
書かねえけど。