はじまりはじまり
リーヴァは暫く泣きじゃくっていたが、落ち着くと今度は空腹を思い出した。
「アーテ、お腹すいた。」
「お食事ですね。承知しました。すぐにお持ちします。お部屋で召し上がりますか?」
「うん。」
そうしてリーヴァが部屋に戻って待つこと数分。
「お嬢様、アーテです。」
「うん、入って。」
アーテは手ぶらで部屋に入ってきた。
「申し訳ありません。料理人たちはおろか使用人も皆、どこかへ出かけているみたいで…」
「あ…」
そう、ここは全人類が滅びた世界。料理人などとっくにいなくなっていることをリーヴァは忘れ、アーテは気づかないでいた。
「アーテ、今ので思い出したわ。ちょっと訊きたいことかあるのだけど。」
「はい、何でしょうか?」
リーヴァは目が覚めてからのことを話した。誰もいなくなっていること、そして何故か自分とアーテだけがいること。
「左様ですか…旦那様と奥様はお忙しいでしょうから分かりますけど、使用人たちがお嬢様1人を取り残してどこかへ行ってしまうなんて…。」
「ねえ、そういえばあなたは今までどこにいたの?気付いたらいたけど。」
「えっと……申し訳ありません、よく覚えてません。仕事中に外で突如強い光が起こって、気付いたらお嬢様の元にいました。」
その光についてはリーヴァもよく考えてみると覚えていた。しかし彼女たちは、それが全人類を滅ぼした王国軍の最終兵器などとは夢にも思わなかった。
「うーー、考えていても仕方ないわ。料理人たちがいなくても厨房に行けば何かあるでしょ。ちょっとつまみ食いに行きましょ。」
「え、ちょっと待ってください、お嬢様!」
こうして厨房に侵入したリーヴァはいくつか作りかけの料理を失敬し、アーテに視線で怒られていた。
しかしこれからどうすればいいのか。リーヴァは悩んでいた。今は取り敢えず空腹を凌げたものの、これからの食事は誰が作るのだろうか。
「アーテ、あなた料理はできたかしら?」
「できますけど、ここの料理人の皆さんほどのものは流石に…」
「そう…」
やはり料理人たちに戻ってきてもらうしかない、とリーヴァは思った。しかし戻ると言ってもどこからだろう。料理人たちだけじゃない。執事たちやメイドたち、何より両親はどこへいってしまったのだろうか。
「みんなに会いたいな。」
その言葉は引き金となった。口に出したことで、アーテが紛らわしてくれた彼女の中の寂しさはまた勢いを取り戻して戻ってきたのだ。
そしてそれは再び彼女の中の魔力を揺り動かす。
今度はさっきとは違う。量が違う。先程消耗した魔力を1とすると、今度は数百の魔力が体の中から失われていく。
そして再び奇跡は起こる。彼女を中心に美しい若草色の光が屋敷中を包んでいく。彼女の優しくて暖かい魔力が屋敷に満ちていく。
そんな中、リーヴァとアーテしかいなかった厨房に光の粒が集まり、人の形を成していく。最終兵器によって滅びた筈の料理人たちが戻ってきたのだ。
「あれ?俺たち何を…。ん?お嬢様にアーテさん、どうしたんですか2人そろって。ってやべっ!昼食の時間じゃねーか!申し訳ありませんお嬢様、すぐにお食事をご用意します!」
料理人たちが大急ぎで昼食の準備を始める中、リーヴァとアーテはただ呆然としていた。
最初に気付いたのはアーテだった。
「お嬢様、見てください!」
「何、どうしたの?」
アーテに連れられ厨房を出ると、屋敷にはいつも通り使用人たちが慌ただしく動き回る光景が広がっていた。
「もしかして…!」
リーヴァは走り出した。目指す場所は決まっている。もしいるとしたら、彼らはそこにいるに決まってるからだ。
目的の部屋の前にたどり着くと、リーヴァは一呼吸置くこともなく、ドアを勢いよく開ける。ノックをしていないなんてマナー違反に気付くことができるような状況ではないのだ。
「お父様、お母様!」
リーヴァが叫んだ先には2人揃って書類の相手をする彼らの姿があった。偉大な父ガウェイン・マグリット公爵と愛する母アンナ・マグリット公爵夫人である。どうせ自分の結果であちこちと揉めているのだろう。
「リーヴァ、どうしたの?そんなに慌てて。」
「何だ、用があるならノックをしないと駄目じゃないか。何かあったのか?」
父と母が心配そうに声をかける。2人とも慌てた様子の愛娘を見て何事かと不安なのだ。
「お父様…お母様…ちゃんといる…うわあああ…」
愛する両親の姿を見て号泣するリーヴァ。1日のうちにこんなに何度も泣きじゃくることになるとは思わなかった。
「お嬢様、一体どこへ?…!」
遅れてやってきたアーテも2人を見て立ち尽くす。
「アーテか。丁度良いところに来た。リーヴァの様子がおかしいのだ。何があったのか知ってたら教えなさい。」
「旦那様…奥様…」
「どうしたアーテ。何があったのか教えなさい。いやその前にリーヴァは大丈夫なのか?」
「はっ、お嬢様、大丈夫ですか⁉︎」
「うぅ〜〜」
周囲の心配を他所にリーヴァは泣いていた。
リーヴァを何とか自室に運んで落ち着かせたのち、ガウェインがアーテに問う。
「アーテ、リーヴァに何があったのだ。私が納得のいく説明をしなさい。」
「私から説明します。お父様。」
そしてリーヴァはこれまでの経緯を話した。
「何と、にわかには信じ難いがリーヴァが言うのなら間違いなかろう。うむ、しかし私たちはどこへ行っていたというのだ。」
「…僭越ながら、心当たりがあります。」
口を開いたのはアーテだった。
「皆さまがお姿を現す直前、お嬢様を中心に光が広がり、それが屋敷全体に広がっていきました。皆さまがこうしておられるのは、お嬢様が何らかの魔法をお使いになったためではないかと。」
「魔法?そういえばアーテが戻ってきた時もお父様やお母様たちが戻ってきた時も少し魔力を使ったような。」
「……アーテよ、その光とはどんな色であった?」
「え、ええと、明るい緑色だったと思います。」
「……!そうか、これは驚いた。」
「お父様、何か分かったのですか?」
「リーヴァよ、聖女の物語は分かるかい?」
「もちろんですわ。魔王によって全ての国民が死に絶えたルードス王国に突如として1人の少女が現れ、その魔法で亡き者となった筈の人々を生き返らせた。そして彼女は聖女と呼ばれ、生涯を人々を救うことに捧げたと。幼児でも知っている昔話ですわ。何故それが今重要なのです?」
「その聖女が死者を蘇らせる魔法、すなわち復活魔法を使ったとき命の輝きというべき若草色の光がこの国を覆ったという。」
「お父様、それってもしかして…」
「そうだ我が娘よ。にわかには信じ難いが、お前は復活魔法の使い手のようだ。」