久しぶり
アリスと魔王ネルフィが話を始めてもう数十分は経っている。リーヴァは少し、いや、かなり心配になってきた。
「アリス、酷いことされてないといいけど。」
「お嬢様、アリスならきっと大丈夫ですわ。」
アーテはリーヴァのことも心配していた。確かにとんでもない状況ではあるが、かといってリーヴァに余計な負担を負わせたくないのだ。
すると、ドアが開いてアリスが出てきた。
「アリス!」
「リーヴァ!」
リーヴァは思わずアリスに駆け寄った。
「大丈夫だった?何か酷いことされてない?」
後半は小声で尋ねるリーヴァ。
「うん、大丈夫だよ。それよりネルフィからリーヴァに話があるって。ね?」
アリスがそう言って振り返った先には、真っ直ぐリーヴァを見つめるネルフィの姿があった。あと何故か目が赤いように思える。泣いていたのだろうか?
「貴様、リーヴァとかいったな?」
「私⁉︎は、はい、そうです。」
「敬語でなくて良い。貴様に用がある。」
「え、えっと……何?」
「我と一緒に来い。」
「……え?」
「貴様は復活魔法の使い手らしいな。」
「…………ええ、そうよ。」
「ではそんな貴様の力を見込んで頼みがある。我の国を生き返らせろ。」
リーヴァとしてもこの頼みは想定内だ。本当ならば自分の国であるルードス王国を優先したい。だが相手は魔王だ。機嫌を損ねればこの国の住人以外の全ても滅びかねない。
「……分かったわ。でもせめてお父様と、陛下に連絡させて。私の魔法はとても貴重な力だから、そう簡単に使い道を決めるわけにはいかないの。」
「問題ない。」
するとネルフィは指を鳴らした。
「たった今、貴様のお父上とこの国の王に手紙を送った。貴様を借りる旨は伝えてある。」
あらゆる魔法を極めた存在ともなるとこの程度は容易なのだ。
「よし行くぞ。」
「あの、待って。」
リーヴァとて言うことは聞くつもりだったが、頼みを聞いてほしいこともあった。
「あの、実は……」
「何だ、連れて行って欲しい奴でもいるのか?」
「うん。」
「分かった。構わん。」
「え……いいの?」
「ああ。どうせアリスとそこのメイドだろ?」
ネルフィはアーテを指差した。
「そうだけど……よく分かったわね。」
「だってアリスは本人が貴様のことを親友と言っておったし、」
次の瞬間、ネルフィは爆弾発言をする。
「そこのメイドは恋人だろ?2人の間の雰囲気で分かる。」
その瞬間、その場にいた人間のうち、2人は汗を流しまくり、1人は明らかに負のオーラを纏っていた。
「リーヴァ……アーテ……本当?」
「ええっと……」
「ではさっさと行くぞ。」
ネルフィが再び指を鳴らす。すると次の瞬間、リーヴァたちはどこか別の場所に転移していた。
「我の城だ。開いてる部屋ならいくらでもあるから好きに使え。では早速……と言いたいところだが、後にしよう。しばらく部屋で休んでろ。」
先程と同じようにネルフィが指を鳴らすと、リーヴァたちが城の中のどこかの部屋へと転移した。
「説明してください。」
現在、アリスが腕を組んで仁王立ちし、リーヴァとアーテは床に正座させられていた。
最初に口を開いたのはリーヴァだった。
「昨日の晩アーテに告白して、その、恋人に、なりました。」
「待ってアリス、私が先に言い出したんです!お嬢様が好きだって。」
「なるほどね、分かったわ。勘違いしないで欲しいけど、私は2人の仲をどうこうしようとは思ってない。むしろ応援してるよ。」
「え?」
「でもね、私は抜け駆けされたことにはすっごく怒ってるわ。」
「ぬ、抜け駆け?」
「アーテ、あなただけ一足先なんてずるいと思わない?別に協定組んでたわけでないけどさ。」
「うぅ……ごめんなさい。」
「えっと……2人とも何の話?」
1人だけ状況が分からないリーヴァ。
「リーヴァ、この際だから私も勇気を出して伝えます。私もあなたのことが好きです!」
「…………ええええええええ!!!!!」
完全にパニック状態になるリーヴァ。
「待って待って待って、え、ウソ、アリスも私のことが⁉︎でもそんな急に……そもそも私には既にアーテという恋人が……」
「あら、私は別に構いませんよ。」
「…………ええええええええ!!!!!」
アーテの発言でさらに混乱を極めるリーヴァ。
「私とてアリスがお嬢様を好いていることは気づいていましたし、抜け駆けしてしまったのも事実です。それにその程度で私のお嬢様への愛は揺らぎません。アリス共々、愛し尽くしてくださいな。」
すごい満面の笑みで言い放つアーテ。先程までアリスVSリーヴァ・アーテだった筈が、いつの間にかリーヴァが孤軍奮闘する形となっていた。
「そんな……急に言われても……」
リーヴァの返答はとても弱々しかった。昨晩アーテに想いを伝えたときのリーヴァは何処だろう?
「まあ流石に私も急すぎたかな?」
「私もやりすぎました。お嬢様、」
「……ふぇ?」
「今すぐ答えろなんて言いません。どうかご自分のお気持ちをよーく考えて、1番ご自分が望む答えを見つけてください。」
「私もアーテも、リーヴァの選んだ道を応援する。だから躊躇わないで。」
2人の言葉には疑う余地はなかった。彼女たちは間違いなくリーヴァの選ぶ答えに従うつもりだった。
「うん……私……絶対に答えを出す。後悔しないように……ちゃんと考える。」
もはや泣きかけながら、リーヴァはそう答えた。
「おーい、そろそろいいか……て、どうした貴様?酷い顔だぞ。」
ネルフィがリーヴァを呼びにきたとき、リーヴァは完全に泣き腫らした顔だった。
「うん、ちょっと泣いちゃって。大丈夫だから、気にしないで。」
「お、おう……。」
少し動揺したネルフィだったが、気を取り直してリーヴァを目的の場所へ連れて行った。
「ここは我に謁見するための場所だ。ここからなら城も王都も見渡せる。試しに貴様の復活魔法を見せてみろ。」
「……任せて。」
リーヴァは意識を集中させ、魔法を行使する。まずは手始めに城の中の魔族を全員生き返らせるつもりだ。加えて、彼女も救おうとしていた。
ネルフィが迎えに来る少し前。
「…………これがネルフィの過去よ。私たちの国を救った聖女は彼女のお姉さんだったの。」
アリスはリーヴァたちにネルフィの過去を全て話していた。あまりに不憫なネルフィと、自分たちの祖先の愚かさにリーヴァとアーテは泣いていた。
「うぅ〜、ひぐっ、あの子、そんな事が……」
「あの王族、碌な奴がいないんですか、うわ〜〜〜ん!」
「リーヴァ、そこであなたに頼みがあるの。」
「……へ?」
「イブさんを生き返らせて。あなたならきっと出来るわ。イブさんの遺体はその後ネルフィが埋葬した。ここでなら彼女を生き返らせることができるでしょう?お願い!」
「……分かった。先人の尻拭いきっちりやってやるわ!ネルフィ、待ってなさい!」
そして現在、リーヴァはイブを救おうとしていた。だがそれは困難なことだった。イブは生前ネルフィに言っていた。復活魔法は2つの要因で魔力の消費が変化すると。
1つは人数。一度に何人も生き返らせようとすると、より多くの魔力を持っていかれる。
そして2つ目が、時間だ。死んでから時間が経過している相手ほど、復活に多くの魔力が必要になる。イブの死がおよそ100年前。人間の感覚で言えばとても昔の人物だ。生き返らせるには魔力が足りないと、ネルフィは思っていた。
ネルフィの理屈は正しい、普通の人間相手なら。
リーヴァの魔力は底無しである。というか学園時代にアリスに勝っていたのはそこだけだった。
「うおお、何だ⁉︎このとてつもない量の魔力は?貴様、本当に人間か?」
「ネルフィ!」
「な、何だ?」
「私は大して偉くもないけど、それでもルードス王国を代表して謝ります。私たちはあなたのお姉さんの想いを踏みにじった。その贖罪、今私がここで成し遂げます!」
「待て、何をするつもりだ!」
「はあああああああ!」
「ぐっ!」
その瞬間、あまりに強い光が城全体を包み込んだ。いや、正確に言うと、城の中のある一点が、特別強力な光を放っていた。
光が収束すると、そこには肩で息をするリーヴァがいた。
「はあ……はあ……終わったわよ。」
「お、おい貴様、大丈夫か?頭おかしいぐらい魔力を失ってるぞ。」
「大丈夫……よ。」
「そうは言っても……」
そんなネルフィの耳に聞き慣れた声が聞こえる。
「ネルフィ?」
「え?」
振り返った直後、ネルフィは目の前の事象を処理できなかった。ただ、それがどう言う状況かを察した心が、理解よりも先に涙を流した。
「お姉ちゃん?」
魔王となってから、威厳を保つためにその呼び方はしないようにしていた。
「ネルフィ、私どうして?」
「お姉ちゃん!」
混乱するイブに構わず、ネルフィはイブに抱きついた。だいぶ身長に差があり、ネルフィの顔がイブの胸に埋まるようになっている。
「お姉ちゃんだ、お姉ちゃんがいる!うぁぁーーーーー!」
「ちょっとネルフィどうしたの?ていうか私なんでここに?私死んだんじゃ?」
「イブさん……ですか?」
まだ息の整っていないリーヴァが声をかける。
「えっと……あなたは?」
「お初に……お目にかかります。私は……リーヴァ・マグリット。あなたと同じ、復活魔法の使い手です。」
「!」
イブはだいたいの事情を察した。そしてリーヴァのことを心配し始めた。
「リーヴァ、私が死んでからどのくらい経っていますか?」
「ひゃ……100年くらいです。」
「100年⁉︎そんなに時間が経ってたら魔力がいくらあっても足りないんじゃ……」
「ご心配なく……私……魔力だけは豊富なので。」
「そうなの……でもあなたすごい疲労よ。すこし休みなさい。」
「はい、分かりました。」
リーヴァは言われた通り少しの間息を整えていた。やがて落ち着くと、イブが話しかけてきた。
「妹が世話になったみたいね。おまけに私まで助けてくれて。」
「いえ、元はと言えば私たちが悪かったんです。当然のことをしたまでです。それに、お礼なら私にではなくアリス、私の友人に言ってください。彼女がネルフィの心を開いてくれたんです。」
「そうだったの。分かったわ。あとでお礼を言わないと。ネルフィ、あなたにお友達ができてお姉ちゃん嬉しいわ。」
「と、友達などとは一言も!」
ようやく泣き止んだネルフィが抗議する。側から見ても仲のいい姉妹だ。
そんな和やかな光景の中、リーヴァがあることに気づく。
「ん、何か聞こえない?」
「んんーー!んんんーーーー!」
誰かの声が聞こえる。まるで口を塞がれているような声だ。
「あっちかしら?」
リーヴァは声のする方に向かう。そこにあったのは魔王の玉座だ。その裏に、彼女はいた。
「んんんんーーーー!」
リーヴァと同年代の少女が、猿轡をされ、両手両足を縛られていた。その傍らには剣があった。
「え、何⁉︎どうしたのあなた⁉︎ネルフィ、この子何者?何でこんなことに?」
慌てるリーヴァに対し、ネルフィはキョトンとした様子で答える。
「あ、勇者忘れてた。」