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本編2「嫉妬」

 どうして剣を腰に差してしまったのか、自分でも分からなかった。

 我が子だ。たった六歳の。甘えん坊で、気さくで、要領が良くて、優しく、賢く、強かな、我が子だ。

 すでに中級魔法までを体得し、自身の身の丈ほどの剣を軽々しく振るう、自慢の我が子だ。

 神童と呼ばれ、天才となり、最近では勇者の再来と言われている。そして本人も、その運命を受け入れている。

 小さな村の中で、きっと誰よりも、そして誰からも愛されている、自慢の我が子。

 それでも驕らず、欠片ほどの慢心も抱かず、さらに上を目指し、鍛錬を続けている。


 間違いなく、自慢の我が子、だった。


 そう思い続けてきた、六年間だった。


 昨日の夜だ。あり得ない衝動に、体が震えた。我が子に、殺意が芽生えるほどの嫉妬心を抱いてしまった。

 きっかけは、些細な出来事だった。

 浴室で見た、見てしまった、裸の妻と、裸の我が子。

 両手を広げ、仁王立ちするあいつの体を、身重で腹の膨れた妻が両手で洗っていた。

 扉を開けた時の光景だ。

 普通の光景なはずだった。

 予想通りの光景だった。

 思い出しただけで吐き気がする。

 なぜだ?

 未だに分からない。

 息が詰まった。

 見知らぬ男に奉仕する、身重の妻。

 そう見えてしまった。

 自慢の我が子。

 

「俺が洗ってやるよ」


 そういって、俺は妻から我が子を奪った。

 笑えていただろうか。

 気づかれてはいないだろうか。

 一瞬にして燃え上がり、未だに胸の内側を延々と焦がし続ける、嫉妬の炎。

 そのまま首を絞めて、殺してしまいたかった。

 

 出来る訳が無い。自慢の我が子だ。


 あいつはどんな顔をしていたんだろう。

 しっかりとは思い出せなかった。思い出したくも無かった。


 俺は眠れなかった。妻を滅茶苦茶に抱きたかった。汚れているように見えた。

 全部、あいつのせいだ。


 自慢の我が子。


 夜が終わる頃を待った。六年間押さえつけていた、目を背けていた全てが、溢れ出していた。


 理解の得ない、多大なる不信。


 解き明かすしかないように思えた。そうしなければ、俺はきっと壊れてしまう。

 勘違いだろう。思い違いだ。目に映る世界の全ては、正しさに満たされている。

 俺だけが、俺の心だけが、場違いな思考で埋め尽くされていた。

 きっと、そうだ。

 狂っているのは、俺だ。

 それで良いんだ。

 ただ、納得したかった。

 俺が間違っていることを、証明して欲しかった。


 窓の外に、朝焼けが広がる。あいつはもう起きているだろう。毎朝、修練の為に森へ向かう。

 俺はしばらく息を潜める。すぐに微かな物音が聞こえた。カサカサと物静かな音だ。きっと眠る俺たちに気を使っている。そういう我が子だ。知っている。

 ゆっくりと、ドアの開く音が聞こえた。俺は妻を起こさぬようにベッドから降りて、寝室を出た。

 

 向かう先は、きっとあの場所だろう。森の奥の奥にある、僅かばかり開けた場所。

 一度だけ、妻に唆されてあいつについて行った事があった。心配だからと。すでに中級魔法を体得し、村の中で一番の剣使いになっているあいつの事が心配だからと。


 立派な母親だ。笑い話だ。息を切らしながら、六歳の息子の背中を必死に追いかける気の狂った父親さえいなければ。

 プライドがズタズタになった。六歳の息子に気を使われた。行って帰るだけで、昼を過ぎていた。もう二度と行かないと誓っていた。


 きっと我が子は、あの場所に居る。


 俺はゆっくりと間を開けて、ドアに近づき外の気配を探る。風の音さえしなかった。

 あいつはきっと身体に魔力を付加させ、すでに村さえも通り抜けているだろう。父親の俺ですら、もうどれほどに強いのか分からなかった。


 なにも無ければ、それで良い。

 俺が間違っているという、事実が欲しい。

 不意に昨日の光景を思い出した。

 胃液が喉を焼く。


 家を出る直前、ドアの横に立て掛けていた剣を、腰に差した。


 なぜそんな事をしてしまったのか、俺は理解したくなかった。  



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