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赤井キャプテンと大原先輩と小野先輩と

「誰だろう?」


 音無さんが小首を傾げる。当然、俺にはわからない。だが、野球部のグラウンドに来たと言うことは関係者だろう。もしかしたら部の先輩かもしれない。


「野球部の先輩じゃない?」


「あぁ! たしかに! じゃあ、あのちっさいのは琴音さんかな」


 そういえば、音無さんは野球部のキャプテンと知り合いだと言ってたっけ。それにしても、先輩をちっさいの呼ばわりとは、なかなか失礼だ。思いながら、三人の女生徒を見ると、たしかに一際小さな人がいる。ぴょんぴょん跳ねながら、こちらに一生懸命手を振っている。


 俺と音無さんが手を振り返すと、突如として、三人が猛ダッシュでこちらに走り出した。一番大きな先輩、中ぐらいの先輩、小さな先輩の三人が到着し、何やら嬉しそうな表情でこちらを見ている。


 パァン! 不意に、小さな先輩が誕生日で使うようなクラッカーを取り出して爆発させた。ぐにゃぐにゃした長い紙テープが何本も飛び出して来てグラウンドに落ちる。小さな先輩はそれを自ら急いで拾った。何をしているのだか。俺と音無さんは困惑して見ていた。


「入学おめでとー!」


 ゴミを拾い終わった小さな先輩が弾けるような笑顔でそう言って、彼女の両脇に立っている二人も「おめでとう」と拍手をしてくれる。どうやら歓迎してくれているようなので、俺たち二人は「ありがとうございます」とお礼を述べた。すると、一番小さな、ポニーテールの髪の先輩がにこやかな表情のまま再度口を開いた。


「ボクは野球部主将で三年生の赤井 琴音って言います! よろしくね! この二人は二年生の……ええと、」


 主将の赤井先輩が言葉に詰まると、二年生の先輩二人が一歩前に出る。


「あたしは二年の大原 真里奈。よろしくね」


「私は二年の小野 つむぎ。よろしくね」


 背の大きな先輩から自己紹介をしてくれる。なるほど、二年生の背の高い方が大原で、小さい方が小野か。そして一番小さな赤井キャプテン。これは覚えやすい。


「おい、あたしの自己紹介文パクってんじゃねぇよ!」


 自己紹介が終わるや否や、大原先輩が小野先輩に文句を言った。睨みをきかせる大原先輩に対し、小野先輩も睨み返す。


「は? パクってないけど? 一年の前で殴り合いたい?」


「こらー。喧嘩しないで!」


 ここで、赤井キャプテンが二人を制した。大原先輩は不満そうに口を尖らせ、小野先輩はぷくくと大原先輩を小馬鹿にするように笑っている。なんともまぁ、仲の良さそうな二人だ。


「一年の葛西 陽菜乃です」「同じく、音無 優衣です」


 よろしくお願いします、とこちらも挨拶をすると、二年生の先輩二人の目線が音無さんに集中するのがわかった。品定めをするような目で見つめている。音無優衣という名前を聞いたからだろう。雑誌に載るほどの有名人は注目度が違う。


「ええと、二人はここで何をしてたの?」


 赤井キャプテンがグラウンドを見回して俺たちに問う。何をしていたのはこちらの台詞だ。とっくに練習時間のはずなのに、上級生たちが来ないために先に始めていたのだから。


「先輩たちが来なかったので、二人で三打席勝負してました」


 素直に説明する音無さん。それを受けて、キャプテンは「あちゃー」と額を右の手のひらで押さえた。


「優衣、今日は全校で部活のない日だよ。つまり、練習禁止日」


「え!?」


 え!? 音無さんが声を上げて驚くのに対して、俺は心の中で驚きの声を上げる。だって、今朝、音無さんは今日から部活解禁日だって言ったのだ。


「あ、あー。そういえば、そうだったかも」


 音無さんは数秒間、何かを思い出すように動きを停止させてから俺の方を向いて、ごめん、と両手を合わせる。


「なんてこったい」


 俺はすっ転んだ。もしかして、音無さんって少し抜けているのだろうか。


「あはは。だから今日はもうおしまい。勝手にグラウンド使ってるところ先生に見られたら、怒られちゃうからね」


 と赤井キャプテンが言う。なんだ、せっかく野球ができると思ったのに。少し残念だが、それでも、音無さんと楽しい勝負ができたから良いとするか。


「ところで、三打席勝負ってなに?」


 会話に割り込むように、大原先輩が俺たちに訊いてくる。小野先輩も「気になるね、それ」と大原先輩に続いた。


「先輩たちが来なかったので、ここにいる葛西ちゃんと、三打席勝負をしたんです。アイスクリームを賭けて」


 音無さんが答えると、興味深そうに大原さんが目を光らせる。


「へぇ。で、どっちが勝ったの?」


「……三打席目にセンター前打たれて、私が負けました」


「え!? 音無優衣の球をヒットに!?」


 大原先輩がびっくりして俺を見る。と同時に、小野先輩とキャプテンも驚いた顔で俺に注目した。品定めをするような視線がむず痒い。


「い、いやまぐれですから!」


 弁解するが、大原先輩は止まらない。俺の頭からつま先までをじっくり眺めるようにして、最後に俺の顔をまじまじと見てくる。


「陽菜乃ちゃん、どこの野球チーム出身? 軟式? シニア?」


「や、野球は……やったことはなくて」


「やったことない!? マジで!?」


 真偽を確かめたいのか、大原先輩の視線が音無さんの方へ移った。音無さんは大きく頷いて肯定する。


「マジです。キャッチボールとバッティングセンターのバッティングしかしたことないらしくて。でも、私は本気で投げました。それを打たれました」


 決してマジではないのだが、そういう設定でやらせていただいている。音無さんが言うのを聞いて、先輩方三人は喉を唸らせた。小野先輩が俺と音無さんを交互に見ながらにやりと笑う。


「怪物投手と、光のように現れた天才か……今年は良い一年が入って来たね。コトさん! 早く部室から入部名簿持って来て! 逃げられる前に!」


「は、はい!」


 小野先輩に指示されたキャプテンが部室棟へと走り出した。普通なら立場が逆では? と思ったが、何も言わずにおく。小さな身体で必死に走っていくキャプテンを見送って、俺たち四人がグラウンドに残される。


「さて……コトさんもいなくなったことだし」


 キャプテンの姿が見えなくなった頃、大原先輩が俺と音無さんの方へ振り向き、口角を不自然に上げた。ぎょろりと剥いた目が俺たちを捉え、まるで獲物を見るかのような目線に、俺は恐怖を覚えた。


「おい、お前らちょっと野球上手いからって調子乗ってんな。締めてやるから来いよ」


 ドスの効いた声で、大原先輩は俺の右肩をぽんぽんと軽く叩きながらそう言った。小野先輩を見ると、くすくすと悪戯めいた微笑を湛えている。後輩いびりだ。俺はそう察した。身体が強張るのを感じる。息を呑みつつ、隣にいる音無さんを見ると、俺と同じように、顔に緊張の色が見えた。


 大原先輩と小野先輩に先導されて歩く。その間、大原先輩と小野先輩は何も喋らず、息の詰まるくらいの恐怖と沈黙がそこにあった。人の良さそうな先輩だと思っていたのに、まさかキャプテンの前だから猫を被っていただけなんて。これから、一体何をされるのだろうか。


 これからどんな仕打ちが待ち受けているのかを考えながら歩いていると、突然に、二年生の先輩二人は足を止める。周りを見ると、ここは人気のない、グラウンド近くの通り道だ。ここなら、何をしても、誰にもバレないだろう。後輩いびりやイジメは、こういった場所で行われるものだ。せめて音無さんだけでも許してもらおうと、頭をフル回転させて案を練るが、良い案が浮かんで来ない。


 ずいっと、大原先輩が俺の眼前に距離を詰めてくる。そして大原先輩は俺の右の腕を掴み、俺の右手に何かを無理やり握らせて来た。硬く、冷たい……そして丸い。正体の見えないそれに怯えつつ、手を開いて中を確認すると……中にあったのは五百円玉だった。


「ぷぷぷ」


 俺がぽかーんとしていると、突然に、大原先輩が吹き出した。それに釣られるように、小野先輩も大声で笑い始める。呆気にとられる俺と音無さん。正直に言って、何が何だか分からなかった。


「ドッキリでしたー! 本当に締められると思ってビビった? ビビった?」


 おちょくるように言う大原先輩と、けらけら笑う小野先輩を見て、俺はようやく状況を理解した。ほっとする安堵感と、はめられたことへの悔しさとが同時に押し寄せて俺はがっくりと項垂うなだれた。「もう、やめてくださいよ!」と抗議をする。


「び、びっくりしましたぁ……」


 音無さんは心底ほっとしたような表情で笑っている。俺たちの反応を見て、二年生の先輩二人はますます盛り上がった。


「あはは、めっちゃ焦った顔してたね!」と大原先輩。


「動画撮っとけば良かったぁ」と小野先輩。


 やられたことにはやられたけれど、面白そうな先輩方で何よりだ。気づけば音無さんも、にこにこした笑顔で「大原先輩の演技上手かったです」などと称賛している。


「ところで、この五百円は何ですか?」


 俺の右手に握られた硬貨を見せながら先輩たちに訊くと、小野先輩が近くに設置されている自動販売機を指差しながら答える。


「真里奈がジュース奢ってくれるんだって」


 真里奈というのは大原先輩のことだ。マジか。俺と音無さんが大原先輩に注目すると、先輩は照れたようにそっぽを向いて、小刻みに頷いている。


「ま、まぁ……暑いし、喉乾いたでしょ?」


 その隣では、大原先輩の挙動を面白がっているのか、小野先輩がにやにやと声を出さずに笑っていた。

 こういう先輩のご厚意は遠慮をせずに受け取っておくものだ。俺と音無さんははしゃぎながら自動販売機で各自に飲み物を買った。俺はオレンジジュースを、音無さんは麦茶を買って、お釣りを大原先輩にお返しする。


「ありがとうございます。いただきます」


 音無さんと揃ってお礼を言うと、大原先輩は満足そうな表情をしている。そこに割り込んで、小野先輩が大原先輩を睨んだ。


「先輩ヅラしちゃってさぁ。後輩たち、次は私が奢ってあげるからね」こちらに振り返って、小野先輩はにこりと笑う。


「じゃあ私ら、次から喉乾いたら自販機の前に立ってることにしますね!」


 俺が冗談交じりにそう言うと、三人はケラケラと笑ってくれた。


 ジュースを飲みながらグラウンドに戻ると、赤井キャプテンがキョロキョロと辺りを見回しながら立っていた。俺たちの姿を確認すると、手を大きく振ってくれる。


「四人とも、探したよ! どこに行ってたの?」


「いやぁ、可愛い後輩たちにジュースを奢ってやってたんですよ」


 キャプテンの問いに対して自慢げに答える大原先輩。それを聞いて、キャプテンは俺と音無さんの持っているペットボトルを見た。そうして、少し不満げに頰を膨らませた。


「あーずるいずるい! ボクが奢ってあげようとしたのに!」


 地団駄を踏むキャプテンを見て、二年生二人はけらけら笑った。この部の先輩には奢りたがり屋が多いらしい。どうやらまだまだ無料ジュースをゲットできそうだと、俺はゲス笑いを浮かべた。


「まぁ、とりあえず、二人には入部名簿を渡しておくからさ、名簿に電話番号とかメアドとか書いて、それとクラスで配られた入部届けと一緒にボクに提出してね。ボクは3年A組にいるから、いつでも来てよ!」


「ありがとうございます」


 キャプテンから俺と音無さんに名簿なる一枚のプリントが手渡される。見ると、部内で共有するらしい個人情報の記入欄に加えて、得意ポジション(守備の時に守る場所、ピッチャー、キャッチャーなど)やアピールポイントなど、野球部らしいものも見られた。


「あ、それと。陽菜乃ちゃんは、良ければボクとRINEを交換しとこうよ」


 キャプテンがポケットからスマホを出しながら提案してくれる。


「すみません。スマホは部室に置いてきてしまって」


「そうなんだ! じゃあ、部室に行こうか。……と、その前に、軽くグラウンド整備しなきゃだね!」


 そういえばそうだった。キャプテンの言う通り、俺と音無さんは倉庫から道具を取り出して、音無さんとの勝負に使用したグラウンドの整備を始めた。先輩たちも手伝ってくれ、整備はほんの十分ほどで終了した。


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