夜、電話、涙
『もしもし! 陽菜乃!? なんで早退しちゃったの?』
夜。電話口の優衣ちゃん。心配そうな声。布団に包まる私。
「別に。なんでもないよ。具合が悪くなっただけ」
『そ、そうなの……? でも、朝は元気そうだったのに』
「うん、急にね。何も言わずに帰ってごめん」
『今は? 今はどう? 具合良くなった? 明日は学校に来れそう?』
私はうんざりした。誰が行くもんかと鼻で笑う。
「……もういいよ」
『え?』
「もう、学校には行かない」
『な、なんで!? なんでそんな……』
私は閉口した。私が黙ると、優衣ちゃんも黙る。しばらくの間、沈黙が流れた。
『……あのね、今日、昼休みにさ、色々聞いたの。陽菜乃の噂』
たっぷり一分ほど流れた沈黙を優衣ちゃんが破る。言葉を選ぶようなゆっくりとした口調だった。
そうか。とうとう優衣ちゃんの耳まで届いてしまったか。私は小さくため息をつく。きっと、今日昼休みに優衣ちゃんを呼び出した二人が話したのだろうと思う。でも彼女たちは何も悪くない。だって、クラスのみんなからしたら、私はクズ野郎の犯罪者なのだから。
「うん」
『嘘だよね、あんなの。私怒ったよ。そんな子じゃないって、そんな下らない噂を証拠もないのに流しちゃダメだよって』
「本当だよ。その噂」
良い機会だ。これで優衣ちゃんとの縁もばっさりと切ってしまおう。あと腐れや悲しみの残らぬように。
「その噂が私の正体だよ。騙してごめんね」
『……嘘だ! そんなの……嘘でしょ? だって、陽菜乃はそんな人じゃない!』
「……はぁ。なんでそんなのわかるの? 私と優衣ちゃんって会ってそんなに経ってないしさ。なんか私と仲良しな感じ出してるけど、やめてほしい」
吐き捨てるように私は言った。ずきずきと痛む胸。今は無視しよう。
『陽菜乃……? どうして……』
ぷつり。私はここで電話を切った。最後の優衣ちゃんの言葉は潤んでいる気がした。でも、どうでもいい。もういいや。私にはキラキラした、幸せな高校生活なんて無いんだ。そうでしょ? 神様? 私はこの狭い部屋の中で、ずっと、うずくまっていればいいんでしょ?
枕に頭を突っ込む。ずぶ濡れの枕は私を無言で迎え入れてくれた。このままゆっくり呼吸を忘れたのなら、眠るように逝けたなら、それはどんなに良いだろう。
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