①
大陸中央にあるスレイヤー王国にも春がやってきた。
暖かな日差しが空から降り注ぎ、王都に住む人々を優しい光で包み込む。
「ふぁ~~」
食堂でのんびりとお茶を啜りながら、黒野カゲヒコは大きなあくびをした。
かつて賢者と呼ばれていた男には当時の面影はなく、どこにでもいるのんきな青年にしか見えない。
「春ってのはどうしてこう、眠くなるのかねえ……」
壁にかかっている時計を見ると、時間はすでに昼の3時を回っていた。昼食を食べ終えてからすでに2時間が経過している。食事が済んだにもかかわらずいつまで経ってもイスから立とうとしないカゲヒコに、厨房から出てきた店主の男が呆れた様子で声をかける。
「まったく、お前は今日も仕事をせずに何をダラダラとしていやがる」
「見ての通り、お茶を飲んでるんだよ。お客様に向かって何を言ってるんだか」
「茶の一杯で2時間も居座るような奴は客じゃねえよ! 食い終わったならさっさと出て行きやがれ!」
「あー、うまい。お茶うまい。こんなハゲのヒゲヅラが淹れたとは思えないくらい、すっごく美味い」
「褒めるのか貶すのかどっちかにしやがれ! 叩き出されてえのか!」
食堂の店主が怒鳴るが、カゲヒコはどこ吹く風とばかりに受け流してお茶を喉に流し込む。
「もう、二人ともケンカしないでくださいよ。はい、カゲヒコさん。これ、私からのサービスです」
「おお、サンキュー」
ウェイトレスの少女が皿に入ったスコーンを出してくれる。それを一粒かじるとジャムの甘い味が口いっぱいに広がった。
「こら! サーナ、カゲヒコを甘やかすなよ!」
「えー、いいじゃないですか。カゲヒコさん、ネコみたいで可愛いんですもん」
「30近い男に可愛いもねえだろうが! まったく、悪い男に引っかかりやがって!」
たしなめる店長に、サーナと呼ばれたウェイトレスが可愛らしく舌を出した。二人の言い合いをよそに、カゲヒコはマイペースに菓子を口に運ぶ。
「スコーン、うめー。甘い甘い」
スコーンをかみ砕きながら、ぐでー、とカゲヒコは食堂のテーブルに突っ伏して身体を伸ばす。
そんな怠惰を極めたような青年の姿を、店主は白い目で見下ろした。
「こんな働きもせずにダラダラしている奴のどこがいいんだよ! おい、カゲヒコ。うちの店員に手を出しやがったら承知しねえぞ!」
「手を出すって……」
カゲヒコはサーナの姿を上から下まで眺めてみる。
紫がかった銀髪をツインテールにしたウェイトレスは、カゲヒコの腰あたりまでしか背丈がない。胸や腰にもほとんど肉が付いておらず、はっきり言って幼児体型である。
「峰不二子とまでは言わないけど、もうちょっとおっぱいが大きくないと手を出す気にはならないな」
「誰だよ、ミネフジコって」
「ひどいですよー、カゲヒコさん! 私だってちゃんと成長してるんですよ!」
カゲヒコの言葉にサーナが抗議をしながら、「ふんっ!」と胸を張る。その拍子に左右でくくった髪がピョンと跳ねる。
「うーん、そうか?」
「ひゃあっ!?」
カゲヒコはサーナの胸を触ってみた。幼いウェイトレスの胸はバナナの皮一枚くらいしか膨らんでおらず、はっきり言って柔らかさよりも硬さが目立つ。
「んー、やっぱり子供だな……ふぎゃっ!」
「手を出すなって言ってんだろ!」
「いやん! もう、カゲヒコさんってば……まだお昼ですよう」
カゲヒコの頭を店主がトレイで殴る。セクハラを受けたサーナは、身体をくねらせて「いやん、いやん」と悶えている。
「痛えな……本気で殴りやがって」
「自業自得だろ! それ食ったらさっさと仕事しろよ! サーナ、馬鹿の相手をしてないで皿を洗ってこい」
「はーい。カゲヒコさん、また来てくださいね」
「へいへい」
ひらひらと手を振ってウェイトレスを送り出し、カゲヒコはボリボリとスコーンをかじる。
「ん……」
スコーンを食べ終わると、皿の底に折り畳まれた紙が入っているのに気がついた。周りに注意しながら、カゲヒコは素早く紙を開いて目を通す。
『聖竜の瞳 トラヤヌス侯爵邸』
「りょーかい。それじゃあ、店主の言う通りに真面目にお仕事しようかね」
カゲヒコは紙を丸めて口に放り込み、そのままゴクリと飲み込んだ。厨房の奥で皿を洗っているサーナとさりげなく目配せを交わして、食堂から出て行った。
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