辞令
そして翌日の朝、出勤前に病院へいってみる。
昨日よりは顔色いいかな?
「おっす」
「おっす。来てくれたんだ、待ってたよ」
何か期待するかのような眼差しで俺を見てくる。
「ほら、これ持ってきた」
雅は袋をあさり、ベッドに備え付けられたテーブルに置き始める。
「そうそう、これが一番欲しかったの! さすが純平、私の事よく知ってるね」
取り出されたのは耳かきと爪切り。
俺も昔入院したことがあったけど、これが欲しかった。
「まーなー。ほら、これも読んでみてくれ、良い暇つぶしになるよ」
「ありがとう。これ食べる?」
出てきたのはカットされたリンゴ。
「これは?」
「朝食の残り」
「折角だからいただこうかな」
雅と半分にしてリンゴを食べる。
本当だったらここに先輩もいるはずなんだけどな……。
「じゃ、俺仕事だからもう行くよ」
「うん。お仕事頑張ってね」
「おうよ。一社会人として頑張って来るさ」
雅に見送られ、俺は廊下を歩く。
早く退院できるといいな。
また時間があったらお見舞いにこようっと!
――
そんな日が続き、雅の退院の日がやってきた。
本来は親が来る予定だったが、雅のご両親と何度か病室で俺と鉢合わせ。
病室で何度か話す事もあり、すっかり仲良くなってしまった。
そして、退院の日は俺が雅を実家まで送る事になる。
ま、一回行った事あるから別にいいけどさ。
季節も春から夏に変わり、今年入ってきた新入社員もみんな頑張っている。
既に何人が退職してしまったが、しょうがない。
理想と現実の差は実際にしてみないと分からないしね。
世間では夏休み。だが、俺には夏休みが無い。
成瀬さんも一緒に講義室に缶詰だ。
「片岡さん、忙しいですよね?」
「んー、まー、それなりに」
「今年の夏は何か予定あるんですか?」
「特に無いかな」
「良かったら花火見に行きません?」
花火か。
去年はなんだかんだで見に行かなかったし、今年は見に行こうかな。
「二人で?」
「仕事終わってからなので、みんなで行こうかなって」
何となく成瀬さんに気を使われている気がうする。
二人だとちょっとね……。
「みんなで花火を見るのもいいかもね。幹事を任せても?」
「もちろん」
成瀬さんが幹事となり、夏にみんなで花火を見に行くことになった。
夏祭りに打ち上げ花火。
きっと楽しいくなるんだろうな。
そんなある日。
「片岡君、ちょっと会議室にいいかな?」
俺を呼び出したのは人事部長。
何だろう? まさか首って事は無いよね?
広めの会議室に俺と部長。
なんだろ、最近真面目に仕事しているし、それなりに頑張っている。
へまは……、たまにしかない。
「あの、俺なにかしましたか?」
「あー、そんなに緊張しないで。社員になってからも仕事頑張っているみたいだね」
「はい、頑張ってます!」
「突然なんだが、辞令が出た。秋から本社に行ってほしい」
はい? 本社? え? 転勤?
「転勤ですか?」
「そうなるね。また、こっちに戻ってくると思うけど、今一番片岡君の力を伸ばしたいんだ。行ってくれるね?」
本社。いつかは来ると思った転勤。
この地を離れる事になるのか……。
ここではいろんなことがあった。
大学のメンバーもまだいるし、馴れた土地を離れるのは少し寂しい。
でも、俺の人生は俺が作り、自分の力で進んでいかないと。
「分かりました。頑張ってきます」
「ありがとう。まだ、この事は内密にね」
転勤か……。
雅も先輩も来年には就職する。
優希や北川、大原、細村ともさよならか。
ま、みんな就職したらバラバラだし、いつか来る時が必ずある。
たまたま俺が先にいなくなるだけだ。
残りの期間、悔いのないようにがんばらないとな。





