契約解除?
「じゃ、俺仕事行ってくるな」
俺は雅に合鍵を渡す。
優希に渡した鍵はそのまま引き出しに入れたままだった。
これを再び使う日が来るとは……。
「ごめんね。お仕事頑張ってね」
今日は雅も武本先輩もシフトに入っていない。
俺はいつもと同じように店に行き仕事に精を出す。
最近店の売り上げも順調。
生徒も少し増え、新しく入ってきた講師の人達の研修を行う。
俺が担当している店にも何人か配属され、少しは時間が取れるようになりそうだ。
「片岡君、ちょっと……」
険しい顔で俺を呼ぶ店長。
何だろう? まさか契約解除とか無いとね?
恐る恐る事務所に入り、椅子に座る。
「最近仕事頑張っているね」
「はい、おかげさまで忙しいですが、やりがいもありますし、楽しいですよ」
本音を言うと店長のキラーパスが無ければもっといいんですけどね!
「片岡君、今年度一杯で契約を解除しようかって話が支社で上がっていて……」
な、何だって! 俺結構頑張ってるじゃないですか!
シフトの穴埋めも、研修も、すごい頑張ってるのに!
「な、何でですか! 俺、何かしましたか!」
思わず大声を出してしまった。
「ちょ、落ち着いて最後まで聞いてくれ。来年度から正社員にならないか?」
正社員。契約じゃない、正社員。
「……正社員?」
「そう。人事部から連絡があって、来年度も新卒の採用予定があるんだけど、中途採用で片岡君もどうかって打診があってね」
ほうほう。やっと俺の力を理解してくれる人が出てきたという事ですね。
まぁ、条件次第で正社員になってもいいですよ!
「ありがとうございます! あの、雇用条件とか詳しく教えてください!」
「はいはい、これ雇用条件。新卒の人とは違う内容らしいから、しっかりと目を通してね」
内容を確認し、隅から隅までしっかりと目を通す。
給与、公休、賞与、定期考査など結構細かく書かれている。
「あの、返事っていつまでに?」
「三月上旬までには欲しいかな」
「分かりました。それまでに必ず返事をします」
俺は渡された雇用条件の紙を手に持ち、心躍りながら更衣室に行く。
用紙をロッカーに入れ、仕事に戻る。
正社員、契約じゃない正社員!
やった、やったぁ! ついに独り立ちの時がきたー!
が、誰に言う?
先輩? 雅? 大学のメンバー?
……言えないな。しばらくは、胸の中にしまっておこう。
その日は成瀬さんと会う事もなく家に帰る。
彼女も他の店舗を任せているので最近忙しい。
早く新人を使えるようにして、忙しさを平均化しなければ!
「ただいま!」
明かりのついている部屋。
温かい部屋。いい匂いのする部屋。
「お帰り。ご飯にする? お風呂にする?」
出迎えてくれた雅。
エプロンをつけており、笑顔で俺を迎えてくれた。
――
「お帰り。ご飯にする? お風呂にする? それとも、しちゃう?」
――
一瞬優希の声が頭をよぎった。
少しだけ胸が痛い。いまだにあいつは俺の心に住みついている。
きっと出ていく事は無いんだろうな……。
「お腹すいた。何か作っていたの?」
「うん、今日はカレーにしようかなって」
うっ、カレーか……。
嫌な思い出は中々記憶から消えない。
カレートーストに始まり、成瀬さんが作った時の記憶もよみがえる。
よりによってなぜカレー……。
キョトンとした雅の表情。
ここで悟られる訳にはいかない。
「直ぐに出すから、着替えて待ってて」
「あいー」
家着に着替え、テーブルとにらめっこしながらその時が来るのを待つ。
どうやって攻略するか。一気に流し込むか、米を大目に盛るか……。





