6、冒険者登録
「デジレ王子様、お騒がせして、大変申し訳ありません。」
慧眼を解いた私は、時間の動き出した教室で、まずはデジレ王子に深々と謝罪をした。
「何があったのだ?」
「特に何も。ただお話していただけですわ。」
私の言葉に嘘はなかったけれど、私の意地悪そうな表情は、まるで苛めていたのを白々しくとぼけているかのように見られた。
「ほう……。」
案の定デジレ王子は、私のことをうろんげな目で見ていた。
「お前は?」
「は、はいっ!」
デジレ王子がエミーリアを見る。視線が合わさった二人は、一目でお互いに胸をときめかせているようだった。
ステータスを確認すると、お互いに目が合っただけで、好感度が+2ずつ上昇している。幸先は明るかった。
「まあ、何か困ったことがあれば言うが良い。」
デジレ王子はそれだけ言うと、颯爽と自分の席に戻って行った。
深くは突っ込まずに、けれど味方であることはきちんと印象付けて去っていく姿は、私から見てもなかなか好感が持てた。
ホームルームが始まり、担任の先生の自己紹介と、授業の説明と履修案内が説明された。
科目表を確認し、ひとまず平日は毎日一時限目を履修すれば、ある程度まんべんなく単位が取れることを確認する。
本音を言えば、全ての時間を街に出て働くことに費やしたかったけれど、それをしてしまっては、ヒロインと王子を結ぶという一番の大仕事ができなくなるので仕方がない。
どの教科を履修するのか悩んでいるクラスメイト達を尻目に、私は全て一時限目のみに履修願いを提出して、早々に街へと繰り出すことにした。
先生から配られたプリントには、課外授業として、外での仕事を単位換算する仕組みについても書かれていた。
完全に校内での座学だけではなく、実践も単位計算してくれるというのは初めて見る仕組みだったけれど、今の自分にはものすごくありがたかった。
「外で稼ぐには、何が一番良いかしらね?」
街を歩きながら、私はどんな店が並んでいるのか、見て回った。
パン屋、花屋、酒場、食堂、服屋、防具屋、本屋、肉屋、魚屋など、様々な店が軒を並べている。
一番手っ取り早いのは、どこかの店で店員として雇って貰うことだけれど、販売員は大抵さほど報酬が良くないのが難点だった。
「そういえば、さっき公式ギルドの仕事をこなせば、高収入もあり得るって話してたけど、あれってどういうことなの?」
「ギルドなら、そこにあるにゃ。」
私の質問に、きなこはそう言って目の前を指した。
「ここ?」
そこには、やや立派な石作りの建物が建っていた。看板には、『冒険者ギルド』と書かれている。
「ギルドって、冒険者ギルドのことだったの?」
ゲームや小説でしか見たことのない看板に、胸が高鳴った。
「他にも商工ギルドとかはあるけど、ここが一番稼ぎやすいと思うにゃん。」
「どうやって稼ぐの?」
「まず冒険者登録をすれば、レベルに応じたクエストを選べるようになるにゃん。クエストを成功させれば、それに応じた報酬が、ギルドから支払われるにゃ。」
「すごい、本当にゲームみたいね。」
冒険者なんて、子持ち主婦からは一番縁遠い職だし、そもそも物語の中くらいしか存在しない職というイメージがある。
クエストとクリアして報酬は、ゲームによくある楽しみ方だった。
最近仕事と子育てばかりで時間に追われていて、旅行もゲームもまともにできていなかったので、この冒険者という職業は輝いて見えた。
「でも、学生が冒険者になんてなれるの?」
「大丈夫にゃ。瞬間移動を使えば、かなり遠くの地域でもすぐに行って帰って来られるにゃ。」
「瞬間移動が使えるのね!」
子供を送り迎えしていた時、瞬間移動が使えればと何度も思っていた。
特に雨の日の送り迎えは大変で、一瞬で保育園と職場と家に移動できればと、日々考えていたのだ。
「夢のようねっ…!」
「じゃあ、冒険者登録するかにゃ?」
「ぜひお願いするわ。」
私はわくわくしながら、ギルドの受付へと行って、手順に沿って冒険者登録をさせて貰った。
「冒険者ステータスは、別ウィンドウで確認できるにゃ。」
「そうなのね。」
きなこに教えられた通りにステータスを確認する。
【セレナ・リファイディング
冒険者レベル1
HP:26
MP:16
職業:悪役令嬢/冒険者
特技:なし
持ち物:なし】
「うん、レベル1ね。あれ?HPとMPが増えてない?」
「今日は結構歩いたし、頭も使ったから、鍛えられたにゃ。」
「鍛えると、ステータスの上限が上がるんだ?」
「そうにゃ。」
「へー。」
数字で自分の状態が分かるというのは、なかなか楽しかった。
「これで、私はレベル1の冒険者のクエストを選択できるようになったの?」
「そうだにゃ。初期レベルのクエストは、掲示板でも確認できるにゃ。」
「なるほど。」
見ると、薬草集めや、害獣駆除、ペットの世話から家事代行まで、冒険者とは関係ないような物も合わせて、様々なクエストが貼り出されていた。
報酬はそれぞれ、千ギル、一万ギル、と様々である。
「1ギルがそのまま1円だと思って大丈夫にゃ。」
「それは助かるわ。」
「レベルが上がれば、伝説の竜を退治するとかいうクエストも受けられるようになるにゃ。」
「ドラゴンスレイヤー…!」
ファンタジー小説のような内容に、私の胸は高鳴った。
ひとまずこうして、私の悪役令嬢兼冒険者としての生活の基盤がなんとか整ったのだった。