4、登校
「ホームルームが始まるのは8時40分だから、平日はその時間までに登校して欲しいにゃ。」
私は馬車を降りて、玄関まで歩きながら、茶トラのきなこからレクチャーを受けていた。
「分かったわ。」
「ちなみに私達の言葉は、他の人には猫の鳴き声にしか聞こえないにゃ。」
「え?」
「でも、猫と話せる魔法使いは多いから、あなたが私達と会話してても変には思われないから安心して大丈夫にゃ。」
「それは良かったわ。」
猫と会話していても変な人とは見られず、しかも内容は他人には分からないのなら、それはとても好都合だった。
「授業は選択式だにゃ、最低1日1コマ座学を履修すれば、後は課外実践で単位にできるものがあるにゃ。」
「つまり、公式ギルドからの依頼をこなせば、単位を取りつつ、お金を稼ぐことができるにゃ。」
「なるほど、つまり校内での授業は全て一限だけを履修して、その後は街に出て、ギルドからの依頼を受けて仕事をしても良いということなのね。」
「その通りにゃ。報酬の高い仕事をこなせば、1日十万でも百万でも夢じゃないにゃ。」
「ひゃくまんっ…!!」
素晴らしい数字に、私の喉が鳴った。1日百万円も貰えたら、可愛い息子を大学まで行かせてもお釣りが来る。
「16時30分までこの世界で稼いだら、そのまま、また元の世界に返してやるにゃ。息子のお迎えに行ったらいいにゃ。」
「毎日元の世界に帰れるのね。」
「まだ完璧な生き返りではないから、ぶっちゃけゾンビみたいなものだけど、日常生活に問題はないはずにゃ。」
「ゾンビ……、」
ママはゾンビ、とか、聞いてるだけでゾッとする。可愛い息子のためにも、1日も早く完璧に生き返らなくてはと思った。
「朝は8時30分に迎えに行くから、そしたらまたこの世界に来て、マテリアル学園に行って欲しいにゃ。」
「なるほど、つまりそのホームルームか、一限の間に、主人公の少女に嫌がらせして、『王子様』との恋愛を成就させないといけないのね。」
「そういうことにゃ。飲み込みが早くて助かるにゃ。」
「うーん…、」
口に出してはみたものの、なかなか気の重い仕事だった。
つまり主人公の少女は毎日朝一番に、地位の高い令嬢から苛められるのが日課となる、ということなのだ。
控え目に言って最悪だ。
これが日本の中学生だとしたら、鬱になって自殺してもおかしくないほどの案件だ。
「かわいそう……、」
もしも自分の息子が、学校に通うようになって、毎朝朝一番にいじめっ子に嫌がらせされると考えたら…、
とても耐えられなかった。鬼畜の所業である。
許されるなら、相手の子供を正座させて八時間説教してやりたくなるほど許せない。
そんなことを考えながら歩いているうちに、いつの間にか教室に着いていた。
「あそこに座ってるのが、主人公にゃ。」
三毛猫のミケに言われた方へと目を向けると、教室の一番後ろの席に、柔らかいピンク色の髪をした少女が座っていた。
淡い水色の瞳は、自信無さげに揺らいでいて、なるべく目立たないように体を竦めているのが見て取れる。
「彼女の名前はエミーリア・アーレント、この世界の主人公にゃ。」
「庶民の出身で、伯爵が街の女に産ませた子にゃ。1ヶ月前、急に伯爵家に引き取られて、貴族の通うこの学園に放り込まれることになって、ビクビクしてるにゃ。」
(無理ーー!!)
私は声に出すのだけは何とか堪えて、心の中で絶叫した。
(あんないたいけな子に、毎日意地悪するなんて、絶対無理!!いくら息子のためとは言え、日給五千円の為とは言え、お母さんにはあまりに難しい仕事だわ!!)
私は一旦教室から出ると、茶トラのきなこを胸に抱えた。
「ねえちょっと、私あんな子に嫌がらせするなんてできないわ、ようはあの子と王子様をくっつければ良いだけなんでしょう?嫌がらせとかしなくても、二人の恋を応援すれば良いんじゃない?」
私はきなこにだけ聞こえるような小声で相談した。
「どうしても嫌がらせできないって言うなら仕方ないけど、その場合、日給五千円じゃなくて、王子様から主人公への好感度を1アップさせるごとに、千円、の歩合制での報酬になるにゃ。」
「1ポイント千円…、」
つまり学園だけで五千円貰うには、毎日王子様からの好感度を5ポイント上げなくてはならない。
なかなか厳しい条件に思える。
でもどちらにしても、王子様と主人公の恋が成就しなくては、私は完全に生き返ることはできないのだ。
やるしかない。
お金に関しては、足りない分は外で稼ぐしかないだろう。
可愛い息子のためにも、私はこの難しい条件をなんとかクリアしないといけないのだ。
「分かった、頑張るわ。」
こうして私は、異世界でクエストをクリアしつつ稼ぐという難題に向き合ったのだった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
途中まで書きましたが、他の話を書きたくなってしまったので、そちらを完結させた後で、またこちらの続きも書き始めたいと思います。
続きを気にしてくださった方、ありがとうございます。また再開しましたら、見ていただけたら嬉しいです。