2、しゃべる猫
「おい、目覚めた途端に飛びかかって来たぞ…?」
「まさか、怒っているのか…?」
目の前の猫は、戸惑ったように話し合っていた。
「え…?ねこチャン…?」
話す猫、その衝撃以上に、私にはある怒りが沸き上がった。
「猫なのに、どうして語尾がにゃんじゃないの!?」
「語尾が、にゃん…?」
私の剣幕に、二匹の猫はタジタジと後ずさった。
「そうよ!しゃべる猫なんだったら、ちゃんと、○○だにゃんって感じで話してくれなきゃ、全国のしゃべる猫愛好家の皆様の常識を裏切っちゃうでしょう!?」
「そんな常識知らないにゃん…、」
「そう、それよ!やればできるじゃない!」
渋々ながらも、私の意見を聞いて、ちゃんと「にゃん」を付けて話し初めてくれた茶トラの猫に、私は満足して頷いた。
「それはそうと、私達はあなたに文句があるんですけど?」
「語尾に、にゃん、は?」
三毛猫はいまだに普通に話してきたので、睨みながら注意する。
「…文句がある、…にゃん。」
「よし、」
三毛猫も無事に「にゃん」を付けてくれて、私はようやく安心した。これでやっと、しゃべる猫と話をしているという気分が出てきた。
「ところで、文句って何?私何かしたかしら?」
「それにゃ!」
私の質問に、茶トラが食いぎみに答える。
もう語尾の「にゃん」をアレンジして使いこなしているあたり、なかなか飲み込みが早い。
「あなた、死ぬ前に小学生の女の子を助けたでしょう?それにより、こちらの予定が狂ったのよ…にゃん。」
三毛猫の「にゃん」はまだまだ指導が必要そうだった。
「女の子を助けたのが問題…?どういうことなの?」
それはそうと、三毛猫のセリフは聞き捨てならなかった。
「あの女の子は、死んだ後に我らの世界の『悪役令嬢』として生まれ変わる予定だったにゃん。」
「でもあなたが助けてしまったから、『悪役令嬢』の中身がいなくなってしまいましたわ、…にゃん。」
「『悪役令嬢』がいないと、『主人公』が『王子様』と上手く親密度を上げることができなくなって、結婚できなくなるにゃん。」
「『主人公』と『王子様』が結婚できないと、我らの世界は結実できず、崩壊する運命にあるにゃん。」
「これでつまり、あなたのした事が困ったことだと、理解できますか…にゃん。」
茶トラと三毛猫は交互に説明をしてきたけれど、私にはどうにも納得できなかった。
「は?女の子が死なないと世界が崩壊するって、何それ、女の子かわいそうじゃない?」
「仕方ないにゃん、一人必ず異世界から転生者がいないと、成り立たない世界にゃんだから。」
「だからって…、」
「仕方ないから、他に誰か殺さないといけないにゃ。」
「何言ってるの?悪魔なの?そんなの許されるわけないじゃない!」
「じゃあ、あなたが代わりに『悪役令嬢』になってくれたら、他の誰も殺さないでいてやるにゃん。」
「何その取引!?嫌よ!悪役令嬢なんてできるわけがないじゃない!」
「大丈夫、ほんの少し主人公に嫌がらせして、最終的に王子が主人公を好きになるように仕向ければ良いだけにゃん。」
「でも……、」
自慢ではないが、私は生まれてこのかた、いじめられたことはあっても、他人をいじめた経験がないのだ。
嫌がらせをしろなどと言われても、どうすれば嫌がらせになるのかさえ分からなかった。
「特別に、悪役令嬢してくれたら、生き返らせてやってもいいにゃん。」
「生き返らせて…?私やっぱり死んじゃってるの?」
「そうにゃ。このままこちらの条件を飲んでくれないなら、死んだままで終わりだにゃん。」
「そんな……、」
「一日8時間、悪役令嬢してくれたら、後は元の世界に返してあげてもいいにゃん。」
「本当に生き返らせるのはまだ無理だけどね、…にゃん。」
「それって?」
「我らの世界はまだ完成されていないから、まだあなたを完全に生き返らせるだけの力はないにゃん。」
「でも、生きているのと同じように動くようにだけならできるわ、…一年程度なら、…にゃん。」
「世界が完成したら、…主人公と王子が無事結婚できたなら、あなたを完全に生き返らせることができるにゃん。」
「つまり、あと一年以内に、主人公と王子様とやらをくっ付けない限り、私は完全に死んでしまうっていうことなの?」
「そういうことにゃん。」
あまりの内容に、愕然とした私に、茶トラはのんびり前足で顔を洗いながら答えた。
「で、どうするにゃ?我々の条件を聞いて、悪役令嬢の中身になってくれるにゃん?」
可愛い見た目で話されるにはそぐわない、過酷な内容と、選択肢のない返事に、私はがっくりと項垂れるしかなかった。